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幸せの見つけ方―大正妖恋奇譚  作者: 麻路なぎ


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32/49

32 屋敷

 人は闇を恐れ、街を明るくするためガス燈を通りに設置するようになった。

 賑やかな商店街は、空に星が浮かんでも眠ることはなく、酔っ払った人たちが気持ちよさそうに歩いていく。

 私はマントで頭と顔を半分覆い、昴さんに支えられながら賑やかな夜の通りを歩いていた。

 昴さんの屋敷は商店街の一画にあるから、どうしても人通りの多い場所を通らなくてはいけない。

 見られたらどうしよう。

 そんな恐怖を抱えながら、私は俯き屋敷へと向かって急いだ。

 見慣れた屋敷の門が視界の隅に映り、ほっとして私は顔を少し上げた。

 月明かりのなかに建つその見慣れたお屋敷に安心感を覚えるけど、私、ここにいていいのかと不安になる。

 ここで九年前、昴さんの家族は殺された。

 あの鬼によって。

 私がやったわけじゃない。私は何も知らないけれど、あの人の血が自分に流れていると思うとぞっとする。

 なんでおっかあは、あの鬼とそんなことになったんだろう。


「ちょっと待ってて」


 と言い、昴さんは私から離れると門に貼った御札を剥がした。

 その時、バチバチ! と、火花みたいなのが散ったような気がした。


「あの鬼がめいこに会いにこないとも限らなかったから、念のためつけておいたけど必要なかった」


 そう呟いた昴さんの手の中で、剥がされた御札は燃えて跡形もなく消えてしまう。

 いったいどうなってるんだろう……

 まるで手品みたいだけど違うのよね。


「あの……」


「何」


「私、中に入っても大丈夫なんですか……?」


 不安を感じて尋ねると、昴さんが手を差し出してきた。


「ここが君の居場所じゃないか」


 そう、だと思いたい。

 だけど……色々と知ってしまった今、私はこの門をくぐっていいのかと不安になってしまう。

 そもそも昴さんと一緒にいていいんだろうか……

 だって私は……


「かなめ」


 きつく響く声にびくっとして、私は顔をあげた。

 昴さんは怖い顔で私を見つめ、私の腕を掴んだ。


「余計なことは考えないほうがいいよ」


 そして、昴さんは私を引きずるように門をくぐっていった。

 虫の音が賑やかな庭を通り、玄関扉の前に立つ。 

 普段は気にしたことのない茶色い扉が、大きな壁に思えた。

 中に入るとほのかに灯りがともっていた。

 玄関の靴箱の横に、細長い鏡がある。

 なので、おのずと自分の姿が目に入った。

 そこにいたのは、まるで昔話の山姥のような白っぽい髪に、血のように禍々しい紅い目をした私の姿だった。

 これが……私……?

 思わず私は悲鳴を上げた。


「いやぁー!」


 髪も目も明るい茶色だったはずなのに、なんでこんな色になるの?

 私はその場に座り込み、マントの裾を掴む。

 なんでこんなことになるの? これじゃあ私……本当に人じゃなくなってしまうじゃないの。

 昴さんとのやり取りを思い出して、身体が震えてくる。


『私が鬼になったら、私を殺してください』


 私は確かにそう言ったし、昴さんも、もし私が鬼になったら殺すと言っていた。

 私、殺されるの? このまま鬼になって私……


「かなめ」


 昴さんが優しく私を呼ぶけれど、私は顔をあげられなかった。


「み、見ないで下さい」


 そんなの今さらだってわかってるけど、こんな恐ろしい姿、見られたくなかった。


「こんな……こんな姿が見られたくないです……」


「僕はどうとも思ってないよ」


 声がすぐ近くで聞こえてきて、昴さんが私の隣に座り込んでいるのがわかる。


「でも……こんな姿で私……」


「髪と目の色が違うだけで、君は君でしょ。君が鬼なら僕はとっくに死んでいるよ」


「……殺されるのは私の方ですよね。私は昴さんを殺したくないし、殺せません」


 言いながら頬を涙が伝いおちてくる。

 だめだ、溢れる感情をどうすることもできない。


「僕も君を殺せないよ」


「それじゃあ私が鬼になったら、私を殺せないじゃないですか」


「……そうだね」


 てっきり否定されると思ったのに。私は泣きながら顔をあげた。

 昴さんの表情は陰になってしまっていてよく見えないし、私の視界は歪んでいるから余計わからない。

 昴さんがどんな顔をしているのか、どんな思いで私をここに置いているのか知りたい。でも、怖い。


「とにかく、僕は君を殺せないし、ここじゃあ何もできないから中に入ろう」


 中に入ったらなにか変わるの?

 私、本当に元の姿に戻れるの?

 昴さんは元に戻せる、みたいなこと言っていたけど……

 私は溢れてくる涙を拭い、鏡を見ないようにしてマントを被ったまま履物を脱いだ。

 昴さんに引っ張られるように自室に入ると、昴さんがランプに火を灯してくれる。


「着替えてくるから待ってて」


 そして昴さんは部屋を出ていってしまった。

 ひとりきりになり、静けさが部屋を包む。

 どうしよう……私も着替える……?

 このままマントを羽織って震えていても仕方ないと思い、私は昴さんのマントを剥いだ。

 このマント、だいぶ汚れてるな……洗わないと。

 そう思いながらマントをたたみ、震える手で服を脱ぐ。

 この部屋には、大きな鏡がないから自分の姿は目に入らない。

 私は寝間着に着替えたあと、ベッドに座って膝を抱えた。

 どうしよう私。

 このままここにいていいのかな。

 こんな姿……誰にも見られたくない。このまま私、鬼になってしまうのかな……

 そう思うと身体の震えが大きくなっていく。

 私は人だ。

 鬼じゃない。

 鬼になんてならない。

 そう思っていたのに……いざ自分の変わり果てた姿を目にしたら、そんな自信はどこかに消えてしまった。

 私、鬼になるのかな。

 めいこちゃんたちのお父さんみたいに、私は人を殺すのかな……

 そんなの怖い。そうなる前に殺して欲しい。

 でも私は、死ぬ勇気なんて持ち合わせていない。 

 考えても答えなんてでないまま時間は過ぎていき、扉を叩く音がして私はびくっと震えて扉を見つめた。 

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