30 なんで
「なんで、私を連れてきたんですか……?」
震える声で告げ、私は涙目で昴さんを見つめた。
昴さんが私をここに連れてきた理由が全然わからない。
鬼が私を食べたがる理由だって心当たりがない。
「鬼は君を喰いたがると思ったからだよ」
昴さんは淡々と、無表情に告げる。
けれど私を見ようとはしなかった。
「な、んで……」
なんで鬼が私を狙うの。
「その前に、お客さんが来たからまずあれの相手をしないと」
言いながら昴さんは、神社の本殿を見上げた。
私もつられて顔をあげるとそこに誰かいた。
満月を背にして、男が本殿の屋根に腰掛けてこちらを見ている。
長い銀色の髪に青い着物を着た青年。昴さんよりは年上だろうけど……暗いからよくわからない。
そして特徴的な、額に生えた二本の角。
鬼が……もうひとり?
自然と私の全身に鳥肌が立つ。
怖い。私でもわかる。あの鬼は……危ない。
「本命が現れるとは思わなかった」
そんな昴さんの呟きが聞こえてくる。
その時風が吹いた。
枝が揺れて葉がこすれ合い音をたてる。
その鬼が見ているのは昴さんではなく私だった。
て、なんで?
何で、鬼が私を見るの。
「かなめ」
鬼がそう、口を開いた。
私の名前……知ってるの……?
「気配がしたから来てみれば、そういうことか」
そう言って、鬼は笑う。
「やっぱりそうなんだ」
淡々と昴さんが呟くのが聞こえてくる。
「嶺樹。あれが、僕の家族を殺した鬼だ」
その名前に、私は目を見開いて昴さんを見た。
れいじゅ。
それは私が知っているおっとうの名前と同じだ。
おっとうは異人だと、おっかあは言っていた。
私は改めて本殿の屋根に座る鬼を見る。
でもあれは鬼だ。異人じゃない。いや、ある意味異人かもしれないけど……
でもれいじゅ、なんて名前、そうそういるだろうか?
「そ、それってどういう……」
わかるけど理解したくなかった。
だってそうなると……私は……私は人ではないと認めることになるんだもの。
鬼は昴さんに目もくれない。ただじっと、私の方を見ていた。
「文は死んだのだろう」
その言葉で疑惑が確信へと変わっていく。
それは私のおっかあの名前だ。
震えて言葉を発せない私に、鬼は手を伸ばしてくる。
「一緒に来い、かなめ」
「あ……」
私は思わず後ずさり、そして尻もちをついてしまう。
「人が憎いのだろう? だから俺はお前を見つけ出すことが出来た」
違う。憎くなんてない。
確かに少し前まで私は利一さんから受けた仕打ちに苦しんでいたけど……でも、京佳さんや美津子さん、めいこちゃんたちや昴さんたちのお陰で楽しい日々を過ごせるようになった。
だから苦しかった記憶は少しずつ薄れてきている。
「そ、んなこと思ってない……」
震える声で私は答え、尻もちをついたまま後ずさった。
「ならばなぜ、そんなに鬼化が進んでいる? 憎しみの心があるから鬼になったのだろう。鬼は人と生きていくことはできないんだ」
「ち、ちがう。私は鬼なんかじゃない。鬼なんかにはならないんだから!」
震える声で言い、私は耳を塞いで首を横に振る。
そうだ、私は鬼になんてならない。
誰がなんと言おうと。
「僕は彼女をお前に渡すつもりは全くないよ」
昴さんが鬼から私を隠すように、私の前に立つ。
「あぁ、誰かと思えば……あの時の童か」
「僕はお前を殺す。それがお前の望みだろう?」
「そんな約束もしたなぁ……」
「僕はその約束を果たす。だから僕は、彼女をお前に渡さない」
「その子は鬼、なのにか?」
笑いを含んだ声が、私に現実を突き付けてくる。
違う、私は鬼じゃない。
人だ。私は……人なんだから。
「彼女は鬼にならないよ。僕がそばにいるんだから」
すると愉快そうな笑い声が風にのり聞こえてくる。
「せいぜい愉しませてくれ、祓い師。お前の血はさぞ甘美だろうな」
そして激しく風が吹き、砂が舞い上がって私は思わず目を閉じた。
次に目を開いたとき、鬼の姿は消えていた。




