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幸せの見つけ方―大正妖恋奇譚  作者: 麻路なぎ


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27 会えない

 昼食をいただいて帰宅し、しばらくすると昴さんの言うとおり来客があった。

 だけど私は、その来客と顔を合わせることができなかった。

 考えた末、今はまだりおお嬢さんと顔を合わせられない、と思ったからだ。

 昴さんに頼み、体調がすぐれない、ということで断ってもらうことにしたけれど……昴さんは女性に弱いから大丈夫だろうか、と心配になる。

 私はというと、自室にこもり無心で裁縫をしていた。

 加賀子爵のお嬢さんであるしのぶさんが、この間のお礼にとくれた反物だ。

 正絹の反物で、濃い赤地に白い椿が描かれている。

 昴さんが仕立て屋に出そうかと提案してくれたけど、私はそれを断り自分で縫っている。

 縫っている間は無心になれるし、余計なことを考えなくて済むからだ。

 しばらくすると、扉を叩く音を響いた。

 思わずびくっ、と身体が震えて針が指先に刺さる。

 痛みが走るけれど私は反物と針を置き、慌てて立ち上がり扉へと向かった。


「はい」


 返事をしながら恐る恐る扉を開けると、そこには昴さんだけがいた。


「君にこれを渡してほしいと」


 そして差し出されたのは紙袋だった。

 さほど大きくない、茶色の袋だ。


「あ、ありがとうございます」


 私は紙袋を受け取り、ゆっくりとその口を開けた。そこに入っていたのはかりんとうの袋だった。

 新宿にあるお店のもので、お客さんがたまにお土産でくれて、お嬢さんがこっそり私にもくれたものだ。

 わざわざ新宿にまで買いに行ったのだろうか。

 会えばよかったかな。

 でも……まだ私はりおお嬢さんに会えない。

 会えばきっと、私はお嬢さんに八つ当たりをしてしまうし憎しみに心を支配されそうだから。


「ねえ、指先から血が出てるみたいだけど」


 昴さんの言葉に私はハッとして指先を見る。さっき針を刺したところだろう。

 血の玉が指先についている。

 とっさに私は指先を舐めた。

 すると血の、独特の味が舌にひろがっていく。

 あぁ、血ってこんな味がするんだ。

 じゃあ人を食べたらどんな味がするんだろうか?


「……かなめ」


 ぐっと肩を掴まれて、びくっとして私は昴さんを見上げた。

 彼は怖い顔で私を見ている。

 な、何だろう……私、なにかしただろうか?

 驚き口から指を離すと、昴さんは私の指先へと視線を向ける。


「……血が、止まってる」


 え、そんなわけ……


「あ……」


 見ると確かに血は止まり、傷口もどこだかわからなくなっていた。


「え、あ、あれ……?」


 何があったの?

 確かに血が出てて……あれ?

 混乱していると、昴さんの声がかかる。


「ねえ、お茶を淹れてくれる?」


「あ、は、はい。わかりました」


 昴さんの言葉に現実に引き戻されて、私はかりんとうの袋を抱えてその場を離れ台所へと向かった。





 その日から、昴さんが家にいることが増えた。

 お仕事で日中はいないものの、日暮れには必ず帰ってくる。

 それどころか私と京佳さんの買い物にまで早く帰宅して付いてきた。

 週の半ばの水曜日。

 昼過ぎに遊郭で待ち合わせた京佳さんは、昴さんの姿をみて笑っていた。


「女の子には興味がないと思っていたけど、全然うちに寄り付かなくなったのは彼女がいるからなの?」


 町を歩きながらからかうように京佳さんが言うと、昴さんは首を横に振った。


「僕は彼女に特別な感情なんてないよ」


「あらそうなの? てっきりいい仲になったのかと……」


「違います。そんな事はないです」


 私も昴さんと同じように否定したものだから、京佳さんは不思議そうな顔になる。そして、頬に手を当てて、


「あら残念」


 と言って、小さく息をついた。


「てっきり昴さんにも遅い春がきたのかと……」


「僕は結婚するつもりないよ。そんなの相手が不幸になるだけだ」


「じゃあなんで今日、付いてきたの? 最初、かなめちゃんを私の所に連れてきたとき、あなたは遊郭で昼寝していたじゃないの。てっきり彼女のことが心配なのかと」


 京佳さんに言われて、昴さんは黙ってしまう。

 確かに最初京佳さんに引合された時、昴さんはさっさと奥に入っていってしまっていたっけ。

 なのになんで今日は付いて来たんだろうか。


「別に深い理由なんてないよ。僕のことは気にしなくていいから」


 と言い、私たちから少し離れてしまった。

 いったい何があったのだろうか。

 私も不思議には思うけれど、心当たりなんてあるわけがない。

 京佳さんは笑いながら言った。


「興味がないわけじゃないと思うけどなぁ。何かないとわざわざ今日付いてきたりはしないでしょう」


「そう、なんでしょうか……」


 私にはよくわからない。

 付いてくると言われて断る理由はなかったから一緒に来たけれど。

 そもそも私たちの買い物に付いてきても楽しいことなんてないでしょうに。

 今日の一番の用事は、以前お願いした着物の受け取りだ。

 それにこれから寒くなるので冬に着られる着物などを古着屋さんに行って見たり、反物を見に行ったりする予定だった。

 いくつかの店を回る間、昴さんは黙って私たちのあとに付いてきて、増えていく荷物をもってくれた。

 お菓子を売っているお店では目を輝かせて色々と購入していたのが面白かった。

 本当に甘いものが好きなんだな……

 夕暮れになり、京佳さんと別れて帰路につく。

 頼んでいた着物は、青地に矢絣の着物であずき色の女袴も買っていただいた。

 女学生みたいでちょっと憧れのあった着物だ。

 どこかに着ていくわけじゃないけれど、着るのが楽しみで心が軽くなる。

 私は、少し後ろを歩く昴さんの方を振り返って言った。


「昴さん」


「何」


「私の無理を聞いていただいて、ありがとうございます」


「急にどうしたの」


「あの時……劇場の前で昴さんに声をかけられていなかったら私は……」


 きっと利一さんを殺して、楽しいこともなにもないまま一生を終えていたと思う。


「あんな往来で、連れて行ってくれと叫ぶ君をおいていくほど僕は薄情じゃないよ」


 確かに私が昴さんに会った場所は劇場の前で人がたくさんいたっけ……

 よく考えてみたらその状況でおいていけるわけないか。

 私でもとりあえず連れて帰るだろうな。それには苦笑いするしかない。


「それに、色んなものを買っていただいて……」


「あの男からの金だし、君に仕事を手伝ってもらった報酬だよ」


 利一さんからいくら受け取ったのかわからないけど、それにしてもけっこうな金額になるんじゃないだろうか。

  

「家事もやってくれているし、相応の報酬だと思うけど」


「私にできることなんて、家事くらいですし……お仕事のお手伝いだって、大したことしてませんし」


「僕としては助かってるよ……家で寝るようになるとは思わなかった」


 そして、昴さんは私の横を通り抜けてしまう。


「早く帰ろう。荷物を置いて食事にいって風呂に入らないと遅くなる」


「そうですね。すっかり日が暮れるの早くなりましたし」


 私は慌てて昴さんの後を追いかけ、彼の隣に並んで歩いた。

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