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幸せの見つけ方―大正妖恋奇譚  作者: 麻路なぎ


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26 会いたいと言う人

 その日の昼、すっかり通い慣れた洋食屋さんでの食事の最中に突然昴さんは言いだした。

 

「ねえ、君に会いたいと言っている人がいるけどどうする」


 昴さんの話はいつも突然で前触れがないから驚いてしまう。

 私に会いたい、なんて人がいるんだろうか? 心当たりがまったくない。

 私は小さく首を傾げて尋ねた。


「それは……誰ですか?」


「りおって子」


 その名前に心臓がどくん、と音を立てた気がした。

 りお……奉公していたお店のお嬢さんだ。

 私よりひとつ年下の十七歳で、私に字を教えてくれたり着物をくれたり遊びに連れて行ってくれた人。

 そして……利一さんの妹。

 会いたい気持ちと会いたくない気持ちが同時に生まれて、私は固まってしまう。

 りおお嬢さんは女学校に通っていて、天真爛漫で太陽みたいな人だ。


「え、あ……な、なんで」


「この間会いに行って来た。君がいなくなったことで人さらいだとか騒がれても困るしね」


 奉公人ひとりがいなくなったところでそんなに騒ぐのかな……でも、警察に誘拐とか言われても困るか。人さらいの噂もあるものね……


「その時にお嬢さんに声をかけられて、君に会いたいと言われたけどどうする? 会うなら今日来るし、会わないなら断るし」


「え、えーと……」


 昴さんは女の子の扱いがわからない、のではなくて人との関わり方がわからないんじゃないだろうか?

 だからいつも話が突然なんじゃないかな。

 今日来ることを今日知らされたらさすがに心の準備なんてできない。


「会わないなら帰すだけだよ。君が突然いなくなったことで心配してご両親に捜してほしいと頼んだらしいけど、冷たくあしらわれたとか言っていた」


 あ……そうなんだ……

 私がいなくなって利一さんが捜しに来た。それは怖かったのにおかみさんたちが私を捜そうともしない、という話を聞かされると哀しくなってしまうのは勝手だろうか。

 子供たちのかくれんぼうみたいに見つけてくれるわけじゃないのね。

 でもお嬢さんは私を捜そうとしてくれたんだ。

 それは嬉しい。

 でも……ちらつくのは利一さんの顔だった。

 二週間前のこととはいえ、あの夜の事はまだ記憶に残っている。

 きっとお嬢さんは何も知らないよね……

 なんで奉公先を出たのか聞かれたら私、何にも言えないし思い出したくもないんだけど。

 そう思うと何も言えなかった。

 完全に黙り込んでいると、テーブル越しに昴さんの手が伸びてきて私の頭に触れた。

 触れられたところが暖かく感じ、心の中のモヤモヤが少しすっきりした気がする。


「あ……」


「あの奉公先の話になると君から憎しみの気持ちが溢れだすから、黙って追い返そうとも思ったんだけど」


「そ、それはさすがにちょっと……」


「一度は断ったんだ……だけど女性に縋られると僕は断れない」


 そして昴さんは私から手を離して顔を伏せてしまう。

 まあ、そういう方だから私を家に連れ帰り、血縁者でもないめいこちゃんたちを引き取ってるんだよね。

 それが昴さんのいいところというか、問題のあるところというか。

 どうしよう、私。

 りおお嬢さんに対して私は悪い感情はない。

 ただ利一さんのことがちらついてしまうから嫌だと思ってしまう。


「嫌なら断るよ。その為に今日は一日屋敷にいると決めてるし。最近家にいる事多いな、そう言えば」


「あの、昴さんがお屋敷にいるならお食事作りますか……?」


「別にいいよ。食事は外で済ませられるんだから。お金なんてあっても使うところが限られるし、僕は長く生きるつもりもないから気にしなくても大丈夫だよ」


「そ、そ、そう言う問題では……」


 長く生きるつもりはない、と言われるとちょっと悲しくなってしまう。

 生きたいと願っても


「そ、そうおっしゃるならいいですけど……あの、長く生きるつもりはない、と言われるとちょっと嫌だと言うか……」


「そうかな。実際僕はいつ殺されるかわからないし」


 そうなんだろう、ってことは理解できるけれど、なんでこうも淡々と話せるんだろうか。


「し、死なれたら私、困ります」


「ちゃんと残せるものは残るから大丈夫だよ」


 だからそういう問題じゃないんだけど、どう言ったらいいのかもわからない。

 昴さん、もしかして自分の命を軽く考えてる……?

 だからこう淡々と自分の死について語るんだろうか。

 私は自分が死ぬのは怖いし、昴さんが死ぬのも怖いんだけど。


「私は、昴さんがいなくなるのが嫌なんです。だから……生きてほしいです」


 精一杯考えてそう告げると、昴さんは小さく首を傾げて不思議そうな顔になった。


「そうなの」


「あ、当たり前です。身近にいる人が死んで喜べるわけないです」


「……」


 私の言葉に昴さんは黙り込んでしまう。

 そんな変なことは言っていないはずなんだけど……

 おっかあが死んだと知って私は悲しかったし、今でも嘘なんじゃないかって思ってしまう。

 位牌を引き取ってきて部屋においているけれど、どこか受け入れきれないもの。


「私は昴さんに生きて欲しいです」


 改めて強調すると昴さんはしばらく黙ったあと、


「生き残るようにするよ」


 と言い、昴さんはライスカレーをスプーンですくった。


「そうして下さい。だから、お屋敷にいらっしゃるのであれば私にお食事を作らせて下さい」


「僕は君の負担になるようなことはしたくな……」


「やらせてください。私にできることなんて少ないですし、少しでもやることがある方がいいんです」


 そう強く言うと、昴さんは手を止めてしばらく黙った後、頷いて答える。


「わかったよ。でも毎日はいる約束できないからとりあえず日曜日だけお願いするよ」


「それでもいいです」


 日曜日だけ。

 それはそれで不満に感じるけど家にいることがわかりやすい日曜日ならいいか。

 それ以外の日はわりと昴さんは家にいないし、帰って来る時間もまちまちだから。


「じゃあ来週からお願いするよ。今日は来客があるし。君は例のお嬢さんに会うかどうか決めなくていいの」


 言われて私は、今日、りおお嬢さんが屋敷に来る、という事実を思い出す。

 どうしよう……

 会う? 会わない?

 決められない私は決められないなりの答えを口にする。


「い、いらしたら決めます」


 だって今は決められないから。

 昴さんは私の答えに、


「そう」


 とだけ言い、ライスカレーを口へと運んだ。

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