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幸せの見つけ方―大正妖恋奇譚  作者: 麻路なぎ


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24 むかしばなし

「九年前の秋……僕はひとり部屋で寝ていて両親は妹たちと一緒に寝ていた。夜中に不穏な気配を感じて目が覚めたから、僕は両親の部屋に向かったんだ。その扉の向こうに何がいるのかすぐにわかった。おぞましい存在がその中にいるって。それで恐る恐るその扉を開けたら……血の海の中にそいつは立っていた」


 昴さんはとても静かに語っていく。

 なのにその内容なとてもおそろしくて、その落差に私は違和感を覚えた。

 なんでこんなに感情を出さずに話せるんだろうか。


「額にふたつの角がある美しい鬼は、僕を見て笑っていた。そいつは動けない僕に近づくと、僕の首に手をかけて言ったんだ。『俺を殺しに来い』と」


 その時また風が強く吹いた。

 子供たちが風に驚き歓声を上げているのが聞こえてくる。


「こ、殺しに来いって……」


「そいつは僕を殺さずそのまま姿を消した。その後のことはあんまり覚えていなくて。離れに駆け込んで、気がついたら全部終わってた。それ以来僕は夜が怖くなった。思い出すんだよ。ばらばらになった妹たちの死体の姿を」


「ひっ……」


 ばらばらって……想像もしたくない光景だった。

 四年前の大震災でたくさんの人が死んだ。その時に死体を見たけど……そんなに観察することはできなかったから死体をちゃんと見た経験はほとんどない。ましてやばらばらの死体なんて見たことは一度もなかった。


「血の海の中、うつろな目をして僕を見るんだ。もちろん喋るわけがない。なのに……妹たちは『痛い』って泣いて叫ぶんだ」


 そして昴さんは両手を胸の所まで上げてじっと見つめる。

 なんで鬼は昴さんだけを生かしたんだろう。

 何か意味があるのか、それとも気まぐれなのか。


「も、もしかしてこの間……寝てる時に苦しんでいたのは……」


「その夢を見たから。いつ鬼が来るかわからない恐怖と、妹たちの夢は僕から眠りを遠ざけるんだ」


「怖いん……ですか? その鬼って……」


 鬼は昔話でしか知らないし、昔話に出てくる鬼はいい鬼から人を喰う鬼までさまざまだ。

 そう考えると鬼って私たち人間の生活に深く関わっているのかもしれない。

 私の言葉に昴さんは首を横に振る。


「今まで何人もの鬼を殺したけど、怖いってことはなかったな。あの鬼だけだよ、恐怖を感じるのは」


 そんなに恐ろしい鬼が今もどこかで生きてるんだ……

 その鬼はまた現れるのかな。

 やだ……鬼がでたら私、絶対に殺される。

 そう思うと足がかたかたと震えだす。

 こんな恐怖の中、ずっと昴さんは生きてきたのか。

 話だけでも充分恐ろしい鬼だとわかるのに、昴さんはその鬼を目撃して家族を皆殺しにされたんだ。


「本当なら親が死んだ時点で他に身寄りのない僕から爵位なんて取り上げられていただろうけど、うちは特殊な事情……祓い師として深く政府や皇室、幕府なんかと関わってきたから僕は爵位を継がされて、仕事をすることになった」


 そ、そんなすごい家だったんだ……

 えーと……ちょっと待って。昴さんの家族が亡くなった時昴さんは……


「じゅ、十二歳……ですよね……?」


「そんなの彼らには関係ないよ。彼らが恐れているのは政府や軍部の中枢の人間が鬼となり、要人を襲うことだ。鬼の多くは銃も刀もきかないから、僕を手放せないしわざわざ僕を士官学校に放り込んで軍人にまで仕立て上げて僕を囲い込んでいる」


「そんなこと起こりそうなんですか……?」


 政府の中枢っていうのがどういう意味なのかわからないけど、そんなところにいる人たちがもし鬼になったら大変なことになるんじゃないか、てことくらい、私にもわかる。


「二年前、とある会社の社長一家と使用人たち十数人が殺される事件があったんだ。汚職の罪を着せられてクビになった社員ふたりの犯行で、彼らは鬼となりと社長宅を襲った。同じことが政府や軍部で起こることはあり得るだろうね」


 二年前の事件は聞き覚えがある。

 といっても一家皆殺しにされて、犯人もその場で殺された、程度だけど。

 ということは……


「そ、その時の犯人は……」


「ひとりは僕が殺したけど、ひとりはまだ生きてる」


 そして昴さんはこちらを見る。

 うつろな目には何が映っているんだろうか。


「ぼたんとめいこの父親だよ。ぼたんの父親はあの時に僕が殺した。だけどめいこの父親は鬼となりとまだどこかで生きてる」


 そのとき、地面の砂を巻き上げるように風が渦巻いた。

 ぼたんちゃんと……めいこちゃんの父親が鬼になった……?

 あ、そういえば少し前にめいこちゃんが言っていたっけ。

 鬼の夢を見るとか……

 それって実際にふたりを襲った鬼のことで……父親だってこと……?

 ひどい、そんなのひどすぎる。

 気がつくと私の視界がゆがんでいた。 


「ふたりの父親は犯行のあと家に戻り家族を殺した。僕が呼ばれて駆けつけたとき、ぼたんの父親が家に戻っていてそちらは殺せたけれど、ぼたんしか生き残っていなかった」


「そ、そんな……」 


「そのあとめいこの家に行って……もう鬼はいなくなっていて血の海の中にめいこだけが生きて気絶していた」


 めいこちゃんの話は夢じゃなくて現実で……しかも鬼となった父親はふたりの家族を皆殺しにしたってこと……?

 そんな恐ろしい目にあっていたなんて…… 


「な、なんでそんなことに……」


「鬼は人を喰うからね。殺すのは当たり前だよ」


 淡々と昴さんは語る。

 その時、境内で遊ぶ子供たちが声を上げて散っていった。

 ひとり残った子供は数を数えている。

 かくれんぼうだろう。

 子供たちは大して広くない境内の中に隠れ場所を探している。


「本当はふたりとも孤児院に行くはずだったんだ。なのになぜか僕から離れなくなってしまって。妹たちとも重なるし僕はふたりの『いっしょにいきたい』て言葉を受け入れていた。僕はまだ士官学校にいたし揉めたけど、この立場が役にたったよ」


 なんて言って昴さんはにやっと笑う。

 その笑顔がなんだか怖かった。


「政府や軍部は、あの社長一家殺害事件が起きたことでなおさら僕を手放せなくなったんだ。だから政府は僕の言う事を聞いたしふたりを養子にすることができたよ。まあ、敬次郎ととし子の存在が大きかったのは否めないけど」


「あ、あの……鬼に対抗できる人って他にいないんですか……?」


 酒呑童子……だっけ。あの鬼を倒したのは何人もいたはずだし、昔話ではお坊さんとかがお経を唱えってって聞くけれど……それではだめなんだろうか?

 けれど昴さんは首を横に振って私の言葉を否定した。


「僕の家族が死んだ時点で他にはいないはずだよ。そもそも死にやすい仕事だしね。一族はいたと聞いたけれど皆殺されたらしい」


「そ、それじゃあ……昴さんの家族が殺されたのは……」


 鬼に対抗しうる存在を殺すため?

 やだ……怖いことばかりが頭に浮かぶ。

 その私の問に昴さんは答えず、静かに話を続けた。


「そんないわくが色々とある僕だから縁談なんてないし、誰も近寄りたがらない。困ったときは頼るくせに」


 そして自嘲するように笑う。

 困ったとき……この間の加賀子爵みたいに困りごとがあった時、ってことよね。

 

「あ、あの加賀子爵やさっきの方は……」


「そういえば加賀子爵は変わらないかな。もともと深い付き合いがあるわけじゃないけど、家に来ることもあるし。彰吾はどうでもいい。あいつは僕のことを心配しすぎて暴走するから」


 話してる内容にしては穏やかな話し方をしているのに、桐ヶ谷さんのことになると昴さんの言葉が乱暴になるのは気のせいじゃないだろう。

 仲、いいんだろうな。ちょっとうらやましい。

 私には友達と呼べる相手、いないから。

 

「すみません……そんな個人的なこと聞いてしまって……」


「あのまま彰吾と置いておいたらあいつが喋っていたよ。適当なことを話されるくらいなら自分から話したほうがいい」


 確かにあの感じだと桐ヶ谷さんは知ってること全部喋りそうよね……

 でも私が聞いてよかったんだろうか……?

 まだ出会って二週間しか経っていない私が。


「うちにいればそのうち知ることになるし。うちで四人も死んだのは近所の人も知っているから。犯人については伏せられてるけどそんな家に皆寄り付かないし人々は好き勝手なことを言い合う。だから下手なことを耳にするよりいいよ」


 私はまだ噂を耳にしたことはないけれど……

 たしかに人々からてきとうなことを聞かされるよりも、本人から聞いたほうがいいだろう。

 それにしても内容が衝撃すぎる。

 昴さんの家族、ぼたんちゃんとめいこちゃんの家族。

 そして、どこかにいる鬼の存在。

 話の内容を私は処理しきれない。


「いつか僕の前にあの鬼が現れるかもしれない。それでも君はここに居続けたい?」


 思いもよらない問いかけに、私は目を見開き昴さんを見る。

 彼はじっと私を見ていた。

 なんの表情もない顔で。


「え、あ……」


「鬼は怖いよね。身体が震えているけど大丈夫?」


 大丈夫……じゃない。

 昴さんの話からすると、昴さんの家族を殺した鬼はいずれ昴さんの前に現れる、かもしれない。

 その時私はどうなる……?

 あのお屋敷で一緒に暮らしている私は……

 考えただけで怖くなる。


「うちにいたくないのなら、どこか紹介くらいできるよ」


「い、嫌です。どこか別の場所に行くのは」


 考えるよりも先に口が動いていた。


「ど、どこか違うところに行くなんて考えられないです。鬼は……確かに怖いけど……」


 言いながら私は下を俯く。

 すると足が震えているのがよくわかった。


「私には……家族いないし、知り合いもいないし頼る相手もいないです。それに……あそこで昴さんに出会わなければ私も鬼になって利一さんを殺していたかもしれないわけですよね? そうです! わ、私が鬼にならないように見張ってくださらないと困ります!」


 どんどん声が大きくなり、私は顔を上げて昴さんを見た。

 

「君が鬼になったらを僕は君を殺すけど、それでもいいの?」


 殺す、という言葉に私はたじろぐ。

 死ぬのは怖い。でも鬼になったら……私は私でいられるの……?

 話を聞く限りたぶん、鬼になったら私は私ではなくなって、たくさんの人を殺してしまうんじゃないだろうか。

 めいこちゃんたちの父親のように。


「お、鬼になったら私は昴さんのことも誰のこともわからなくなるんじゃないですか……?」


「それは僕にはわからないよ。他の鬼たちは鬼の本能に取り憑かれ、家族も恋人も構わず殺していたけど」


「じゃあ……私もきっと自分のことがわからなくなりますよね……だったら……その時は私を……殺して下さい」


 私は鬼になりたくない。

 だけどもし憎しみに囚われて鬼になってしまったら……

 私はぎゅっと、拳を握りしめて真っ直ぐに昴さんを見つめた。

 昴さんの目がすっと、細くなる。


「……僕としてはそうならないようにしたいよ」


 そんな昴さんの呟きは風の中に消えていく。

 私はずい、と彼に迫り声を上げた。


「わ、私も嫌です! だから……昴さん、私に楽しい想い出を作れと言ったじゃないですか! まだ想い出足りないです!」


 私の声に驚いたのか、昴さんは目を丸くして私を見る。


「まだ昴さんと出会って二週間ほどです! まだたくさん時間はありますから、だから私はたくさんの楽しい想い出を作って憎しみの記憶なんて忘れます! だから私は鬼になんてならないです!」


 そうだ。

 まだ京佳さんと頼んだ着物を取りに行ってないし、お出かけだってしていない。

 見たいところはたくさんあるし、したいことだってたくさんあるはずだ。

 私は鬼になんてならないんだから。

 すると昴さんの顔がなぜか悲しげな顔になり、私から視線を外してしまう。

 なんでだろう。


「僕は君を利用しようとしてるのにね」


 り、利用ってなに?

 私になにかあるの?

 昴さんがに手を伸ばして来たかと思うと頬をはさみ、顔を近付けてくる。

 風が吹き葉と枝ががさがさと揺れる中、彼は真っ直ぐに私を見つめて言った。

 

「君が鬼になったら殺してあげる。だから僕に君を殺させないで」


「あ、当たり前です。私は、絶対に鬼になりませんから」


 そうは言ったものの出た声は変に上ずっていて震えていた。

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