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幸せの見つけ方―大正妖恋奇譚  作者: 麻路なぎ


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19 おでかけ

 電車に乗ったのは初めてだし、浅草に来たのも初めてだ。

 浅草は璃翠よりも沢山の人が行き交っていて、驚きよりもめまいをおぼえた。

 男性の多くは洋装で帽子を被っていて、女性はワンピース姿が目立つ。

 もちろん着物の人も多いけど、皆とてもおしゃれに見えた。


「す……すごいですね人の数……」


 言いながら私は、昴さんが着ているマントの裾を掴んだ。


「そうだね。色んな言葉が聞こえるから、観光の人も多いだろうね」


 そうか、ここにはとても有名なお寺と仲見世があるんだっけ。

 それに芝居小屋とか映画館とかあると聞いたような気がする。


「四年前の震災で沢山の建物が壊れたけど、人は強いね。何事もなかったかのように復興して日々を過ごしてる」


 四年前……大正十二年にあった大きな地震で、東京は大きな被害が出た。

 沢山の建物が壊れ、燃えて、沢山の人が死んだ。

 私はおつかいで外に出ていたけど、大きな揺れは今思い出しても怖くなる。

 

「ここも大きな被害があったんだけど。凌雲閣は壊れちゃったし、仲見世も酷いありさまだったと聞いた」


「りょううん……?」


 耳慣れない言葉を聞き、私はマントを掴んだまま彼の顔を見上げる。


「ああ、そう言う名前の背の高い建物があったんだよ。十二階建ての、とても背の高いビル。でも地震で壊れてそのまま」

 

「そんなビルがあったんですね」


 言われてみれば聞いたことあるかもしれない。

 私は自分が住んでいた町や、奉公先の町の周りのことしか知らずに生きて来たからな……

 字もろくに読めないから新聞も雑誌もあんまり読めない。だから東京に住んでいながら東京の情報にはとても疎かった。


「あの時にあった劇場や映画館はみんな壊れたそうだけど、形を変えて営業していると聞いたからここなら楽しめるだろうって思ったんだ」


 あぁ、そうか。みんな地震で一回壊れてしまっているのか……

 そう思いながら私は辺りを見回すけれど、一度壊れたとは思えないほど活気づいている。でも言われてみれば建物の多くは新しげだから、壊れたのは本当なんだろうな。

 

「そ、それでどこに行きますか……?」


「……演芸場。楽しい方がいいと思うし」


 言いながら、昴さんは帽子のつばに手をやり帽子を目深に被った。

 演芸場ってなんだろう。

 どんな場所かよくわからないけれど、楽しい、と昴さんが言うなら楽しいんだろうな。


「わかりました。とても楽しみです」


 微笑みそう昴さんに声をかけると、彼はあらぬ方向へ視線を向けて、


「行こう」


 と言って歩き出した。




 字があまり読めない私はきっと、昴さんから離れたら道に迷ってしまう。

 そう思い、私は彼のマントの裾をぎゅっと掴んだ。

 周りには色んな看板や幟がたってるけど……漢字が多くて意味がわからない。

 着いた建物はとても華やかで、でも字が余り読めない私にはなんだかよくわからなかった。


「あの……ここは……?」


「演芸場。落語とか、手品とかが見られるんだよ」


 落語も手品も存在は知っていても見るのは初めてだ。

 午前中は演芸場でたくさん笑った。落語って面白いんだな。話し方や動きで男や女を演じ分けたりしてすごかった。

 他に手品を見たりして私はずっと見入ってしまいたくさん拍手をした。

 そこを後にしつつ、私は昴さんに向かって笑顔で言った。


「どれも初めて見ましたけどすごく面白かったです!」


「それならよかった」


 と、短く答えて昴さんは私から顔を反らしてしまう。

 外に出ると、人通りが増えた気がした。時間的にはお昼の時間だ。

 店の呼び込みの声が響き渡り、定食屋さんなどにお客さんが入っていくのが見える。

 それに料理の匂いが漂って来てお腹が鳴る。


「お昼、行こうか」


 と言い、昴さんは私の腕を掴んで歩き出した。

 浅草の町ってすごいな。人も多いしお店もたくさんある。字が読めたら何のお店かわかるのにな……

 皆は当たり前に読めるのかな、字。

 せめて小学校をでていれば私にも読めたんだろうけど、私はおっかあのために途中で小学校をやめるしかなかった。

 そして奉公にでて、こんなふうに自由に歩き回る生活なんてなかったからなんだか不思議な気持ち。

 奉公先を飛び出して、まだ一週間くらいしか経ってないよね……なのにすごい変わりようだ。

 食堂にいきお昼を食べたあと、活動写真を見に行った。

 大きなスクリーンに映った映像の内容を弁士、と呼ばれる人がセリフや動きで説明してくれる、今とても流行っている娯楽だった。

 楽しい時間は過ぎていくのがとても早い。

 活動写真を見たあと、浅草寺の前にある仲見世を歩いた。

 お店が多くて目移りしてしまう。


「あの、昴さん」


「何」


「美津子さんたちにお土産買っていきたいんですが、何がいいでしょうか……」


 たくさんのお店があって何がいいかわからないし、そもそも何のお店かもよくわからない。

 私の問いかけに昴さんは辺りを見回しながら言った。


「色々ありすぎるけど……あげまんじゅうとか、人形焼とか、芋ようかんとか……」


 あげまんじゅう……人形焼……知らないものばかりだ。

 あげまんじゅうはまんじゅう……なのかな。あげってどういうことだろう。

 困った顔を私がしたからだろうか、私の腕を引っ張りそれぞれのお店を案内してくれる。

 どれも甘味だったけど……お店多すぎてどれがいいのか全然わからない……


「どれも美味しそうですね……」


「そうだね」


「昴さんはどれが好きですか?」


 参考になるかと尋ねたら、昴さんは困ったような顔をした。


「僕は甘いものならどれでもいいけど……好きなのは芋ようかんとか人形焼かな」


 芋ようかん……人形焼……

 私は所持金を思い出す。

 それはおっかあが遺してくれたもので、今日はそれを持ってきている。今日の費用はみんな昴さんが出してくれているけど、お土産くらいは自分で買いたい。

 悩んだ挙げ句、私は人形焼を買うことにした。見た目がかわいいし、これならめいこちゃんやぼたんちゃんも喜びそうだから。


「人形焼にします!」


 と言ったものの、私がひとりでお店にたどり着けるわけがなく、昴さんに連れられてお店に行き、列に並んだ。

 そのお店はとても有名らしく、私達が並ぶ前の列は長く、並んだあとも伸びていく。


「皆さん、人形焼買っていくんですね」


「……こんなに列に並ぶのは久しぶりだ」


 そんな小さな呟きが聞こえて、私は彼の方を見た。昴さんは相変わらず何を考えてるのかわからない顔をして正面を見つめている。

 その視線の先には列に並ぶ家族連れの姿があった。

 小さな女の子が飽きたのか、お母さんの着物の裾を掴んで、まだー? と声をあげている。


「……子供の頃、浅草寺に来たことがあるからそれ以来かな」


 昴さんが子供の頃って……ご家族がまだ生きていた頃……だよね。


「あの時もやたら人が多くて並んだ気がする。妹が泣き出して母があやして」


 そこで、昴さんは黙ってしまう。

 彼は目を伏せそして、首を横に振った。


「何でもない。別に並ぶのは嫌じゃない……たぶん」


「わ、私も嫌ではないですけど……ひとりだと私は耐えられないかもです」


 というか、ひとりならこんな何十人という列に近づこうともしないだろう。

 たぶん何も買わずに帰ることを選ぶ。


「あぁ……確かにひとりだと並ばないかな」


 そう呟いた昴さんの表情は、どこか遠くを見ているみたいでなんだか寂しそうだった。

 

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