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幸せの見つけ方―大正妖恋奇譚  作者: 麻路なぎ


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18/49

18 準備

 翌日、九月末の日曜日。

 緊張のせいか私は早くに目が覚めた。

 薄暗い室内を見回すと、昴さんの姿は見当たらなかった。布団を動かした様子はまったくない。

 まさか書斎で寝たのかな。それともいつものように遊郭に行ったのかな。

 私はとりあえず木綿の着物に着替えて部屋を出る。

 もし寝ていたら悪いから、私は書斎を確認せず廊下をゆっくりと歩いて玄関に向かった。

 昴さんの靴はないし、外出するときにいつも着ているマントもないから出かけたんだろうな。

 いつも雑巾がけをしているめいこちゃんやぼたんちゃんの姿が見えないってことは、まだ起きていないんだろうか。

 勝手口のほうに向かうと、ちょうどそこの扉が開いてとし子さんと美津子さんが姿を現した。

 

「あ、かなめさんおはよう」


「おはようございます」


「おはよう」


 挨拶をして私は割烹着を着て、美津子さんに足早に近付いた。私が頼れる人は今、美津子さんしかいない。


「あ、あの」


「何?」


 きっと私、必死な顔をしているんだろう。

 美津子さんは驚いた顔で私を見つめてくる。


「美津子さんにお願いがあるんですが……」


 言いながら私はちらっと、とし子さんの方を見る。

 なんとなくとし子さんに聞かれるのは恥ずかしく、そんな私の行動を気が付いたのか美津子さんは黙って私の腕を掴み、廊下へと引っ張っていった。


「それでお願いって何?」


「あの……今日、出かけるんです。浅草に」


「あら、楽しそうじゃない。でも誰と行くの?」


 その言葉に私は詰まってしまう。

 言えない。昴さんと、って言えない。

 この間子供たちに、結婚、って騒がれたのが頭をよぎり、恥ずかしさで言葉に詰まってしまう。

 完全に固まってしまった私を見つめ美津子さんはしばらく考えた後、何かに気が付いたように目を見開いて、そして笑った。


「あ、わかったかも。じゃあ服と髪と……化粧もしましょうか?」


「け、け、け、化粧?」


 驚きすぎて声が裏返ってしまう。

 化粧はしたことがないわけじゃないけど……もってない。

 奉公先で、お嬢さんとお出かけするときにした事があるだけだから二回くらいしかしたことがない……かな。

 そんなお金なんて持ってないし。

 

「化粧、って……」


「せっかくだし、おしゃれしていきましょう。手伝うから」


「す、す、すみません、お願いします」


 私は深く頭を下げた。




 朝食のあと片づけをし、美津子さんと一緒に部屋に行く。

 そもそも選べるほどの服はないから、赤地に白い桔梗が描かれた着物に、美津子さんから白地の帯を借りる。

 椅子に腰掛けたあと、美津子さんが髪の毛を梳いてくれた。二つに分けた髪を耳の横で三つ編みにして、くるん、と巻いて耳の横でとめる。

 ラジオ巻き、という流行りの髪型らしい。

 机の上に置かれた鏡の中の自分がどんどん変わっていく。

 それに白粉や口紅といった化粧をしてもらい、じっと鏡を見ると、なんだか別人みたいな自分がいた。

 は、恥ずかしくて見てられない。

 下を俯くと美津子さんの声がかかった。


「かなめさんて、すぐ下を向いちゃうわよね。せっかく美人さんなんだから顔あげて?」


 そして肩にぽん、と手が置かれる。

 び、美人……?

 そんなわけがない。

 異人の子供だから顔つきも少し皆と違うし、髪の色も目の色も薄いから、気味悪がられることも多かった。


「そ、そんなことないです……」


「そう? 背も高いしかっこいいと思うけど。ほら神楽歌劇団の役者さんみたい。男役の人って背が高いし、かなめさんより高いんじゃないかな?」


 神楽歌劇団は女性ばかりの歌劇団で、男の役を女性が演じる。

 一度、奉公先のお嬢さんと見に行ったことがあるけど、言われてみればたしかに男役の人は背が高かった。

 娘役さんとならんで、男役の人はけっこう大きく見えたし……

 そうよね、私より背の高い女性いるよね。

 考えてみたら当たり前か。東京には沢山の人がいるんだから。

 ちょっと気分が変わり、私は改めて顔をあげて鏡を見た。

 美人とか言われたけど、さすがにそれはよくわからない。

 二重の大きな瞳に、茶色い髪。

 朱色の口紅がなんだか艶めかしい。


「そうそう。歩くときも顔を上げて? じゃあ私、お仕事行ってくるから頑張ってね」


「あ、はい、ありがとうございました」


「いいのいいの」


 美津子さんは笑って手を振り、私の部屋を出て行った。

 部屋にひとりになって、私は大きく息を吸う。

 自分から言いだしたとはいえ、すごく緊張してきた……

 そういえば何時に家をでるのか聞いてない。

 たぶん、昴さんは書斎にいるはずだ。

 どうする、私。時間を確認するといつの間にか八時になっていた。時間が経つの早い……

 どうしようか悩んでいると、扉を叩く音がした。


「は、はい」


 緊張した声で返事をして、私は立ち上がり扉をへと近づく。

 そして、そっと扉を開けた。

 そこにいたのは、いつもと同じ、黒いスーツ姿の昴さんだった。

 彼は私の顔を見て、黙り込んでしまう。

 ……え、何かあった?

 そんなに見つめられると困るんだけど……

 どうしようかと悩んでいると、彼は首を横に振り言った。


「えーと……ごめん、褒めればいいんだろうけど、何を言えばいいのかわかんなくて」


 そ、そういうこと?

 何か変なのかと考えちゃったけど……

 私は慌てて、


「そ、そんな、無理してなにか言おうとしなくてもいあです」


 と、上ずった声で言った。

 褒められたらそれは嬉しいけど、無理に言おうとしなくてもいいも思う。

 すると、昴さんは悩んだような顔になり、私から視線をそらしてしてしまう。


「いいや、えーと……可愛い……のかな」


 そんなことを言われたら恥ずかしい。

 私は恥ずかしさに俯いて、小さく言った。


「あ、あ、ありがとうございます」


 その時、廊下を歩く音がばたばたと響いた。

 驚き顔を上げると、めいこちゃんとぼたんちゃんのふたりがこちらに近づいてきて私達を見上げて言った。


「あれ、かなめちゃんと昴様どこか行くの?」


「あ、かなめちゃんお化粧してるー!」


 目を輝かせるふたりに私は何で言っていいかわからず固まっていると、昴さんがさんはふたりの頭を撫でて言った。


「出かけてくるから」


「うん、わかりました!」


 ふたりは笑顔で頷き、廊下を駆けていく。

 朝から元気だな……

 ふたりの背中を見送った頃、昴さんの声がかかる。


「そろそろ行くよ」


「は、はい、わかりました」

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