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幸せの見つけ方―大正妖恋奇譚  作者: 麻路なぎ


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16/49

16 真相

 町を闇が包みぼんやりとした外灯が、ぽつん、ぽつん、と通りを照らしている。

 私は狸を抱きかかえ、昴さんの斜め後ろを歩いていた。

 誰もが無言だった。

 子爵のお嬢さんは自分が会っていた男が狸だと知ったらどうするんだろう……?

 私の事じゃないのに、変に緊張してきた。

 子爵の家に着くと、昴さんは裏門の戸を叩いた。

 するとしばらくして、使用人と思しき男性が姿を現す。


「笠置ですが、しのぶお嬢様にお目通りをお願いしたい」


「え、あ……か……笠置様。少々お待ちください」


 慌てた様子で男は戸を閉める。そしてしばらくすると戻ってきて、私たちを中に招き入れた。

 裏から入ったけれど、通されたのは表玄関だった。

 子爵の家……すごく大きいな。

 内心びくびくしながら、私は狸を抱えて辺りを見回した。

 昴さんの家よりも広い、二階建ての大きなお屋敷だった。

 洋館と和風の家がくっついたような建物だ。

 玄関に入ると出迎えたのは着物姿の、四十歳位と思われる男性だった。


「昴君」


「やあ、加賀さん。例の件を解決しに参りました」


 昴さんは言いながら被っていた帽子を取る。

 加賀子爵は驚いた顔をして、私と私が抱える狸を見た。


「昴君……その女性と……狸?」


 呟き、子爵は怪訝な顔になる。


「む、娘に会いたいとのことだが……」


「えぇ。僕たちとしのぶお嬢様だけで話をさせていただけますか」


「……だいじょうぶ、なのか?」


 不安げな顔になる子爵に、昴さんは頷き答える。


「えぇ。問題は解決いたしますから。あとでご報告いたします。ただ、その前に話をさせていただきますか」


 すると、子爵はしぶしぶ、といった感じで頷き、私たちを招き入れた。

 案内されたのはたぶん応接室……かな。

 机に大きなソファーが置かれた広い部屋だ。

 昴さんがソファーに腰かけるので、私も隣に腰かける。

 でも、狸をどうしたらいいのかわからなくてそのまま抱きかかえていた。

 狸はというと、黙り込んで下を俯いている。緊張してるのかな……

 ほどなく使用人の女性がお茶を運んできてくれた。

 そしてその使用人と入れ替わるように、ワンピース姿の女性が姿を現した。

 たぶん、私と年齢はさほど変わらないだろう。

 長い黒髪をおろした、二重の瞳の可愛い女性だった。

 天真爛漫、といった雰囲気の彼女は、昴さんの方を見て頭を下げた。


「笠置子爵様。ご機嫌麗しゅうございます」


「ごきげんよう。しのぶさん」


 言いながら昴さんは立ち上がり、胸に手を当てて軽く会釈を返したので、私も慌てて立ち上がり頭を下げた。


「あら、女性連れなんてお珍しいですね。それに……その狸は……」


 しのぶさんは私が抱える狸をじっと見つめる。


「あら、その前足の傷は……ぽん吉?」


「えぇ、この狸のことで話をしに来たのです」


 そう告げて、昴さんはソファーに腰かけたので私もそれに倣う。

 しのぶさんは私たちの向かいにあるソファーに腰かけて、不思議そうに昴さんの方を見た。


「それで、この子のことで話とは?」


「あぁ。ほら、お前が話すんだ。決着をつけられるのはお前だけなんだから」


 と言い、昴さんは私が抱きかかえていた狸をそっと抱えて、床におろした。

 狸はしばらく俯いていたけれど、ゆっくりと顔を上げてしのぶさんを見上げた。


「しのぶさん」


 その声を聞き、しのぶさんは一瞬驚いたような顔になる。

 だけどすぐに笑顔になり言った。


「なあに、陽吉さん」


 今度は狸の方が驚いた様子でお嬢さんを見る。


「え、あ……な、なんで……」


「だって、その手の傷。不思議なところに傷があったし、神宮の辺りに住んでいると言っていたからもしかしてって思ったの」


 これってつまり……どういうこと?

 しのぶさんは、いつからか会いに来ていた青年が狸だと気が付いていたってこと?

 それなのに追い返さず家族にまで会わせたって事……?

 なんだかすごい話になってきた。


「確信したのは先日、貴方を家族に会わせたときよ。明らかに皆、戸惑っていたから」


 そして、お嬢さんは顔を伏せた。


「昔話で、人に惚れた狸が夜な夜な人に化けてその人の元に通うけれど、その人の家族には姿を見ることができなかったって話があるの。だから、陽吉さんは人ではないって思ったの」


 そ、そんな昔話あるんだ……

 さっきまで私、すごく心配していたけど思っていたのと違う方向に話が展開して驚きっぱなしだ。


「しのぶ……さん……」


「きっと、人の姿で来ているのには理由があると思ったの。狸の姿じゃ目立つものね」


 その言葉を聞いて、狸は小さく頷く。


「お、俺は……その、お嬢さんにお礼をしたくて。狸じゃ、そんなのできないし、目立つし……言葉も通じないから……」


「あら、今はお話できるじゃないの」


「そ、それは……俺、普通の狸じゃ……なくなっちゃった、から……」


 言いながら狸は震えている。

 普通の狸じゃなくなった。つまり、あやかしになったってこと。

 ドキドキしながらしのぶさんの反応をみると、彼女は手を叩いて嬉しそうに言った。


「あら、じゃあ貴方は特別な狸なのね」


 確かに特別……かな。

 普通の狸じゃないものね。人に化けて、会話ができる化け狸。

 昔話じゃ成敗されちゃう気がするけれど。

 しのぶさんは立ち上がると、戸惑った様子の狸の前にしゃがみ込み狸を抱え上げた。


「あ……」


「貴方を神宮の森に帰した時、大丈夫か心配だったけどまたこうして会えて嬉しいの。週に一度、会いに来てくれて色んな話をしたわよね。楽しかった。ねえ、また会いに来てくれる?」


 しのぶさんの言葉を聞いて、狸は震えながら頷く。


「で、でも……怖くないの? だって俺……」


「何が怖いの? だって貴方は私を傷つけはしないでしょう?」


 すると、狸はぶんぶんと首を縦に振った。


「しないしない。絶対にしないから」


「じゃあ、また会いに来て。私は狸の姿でも人の姿でも構わないから」


 そのしのぶさんの申し出に、狸は泣きながら頷いた。

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