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幸せの見つけ方―大正妖恋奇譚  作者: 麻路なぎ
14/49

14 見えない男

 土曜日。

 夕方近くになり、私は昴さんに連れられて街を歩いていた。

 仕事、と言っていたけれど、どんな仕事なんだろうか。


「あ、あの、今日はどちらに行くんですか?」


「加賀子爵の家」


 誰かはしらないけど、華族ってことはわかる。


「そこの家の娘が、家族に男を紹介してきたらしい。娘の行動から、そこに誰かいるのは確かなんだろうけど、家族も使用人も、その男を見ることができなかったと」


「……え、それってどういう……」


 私が尋ねると、昴さんは肩をすくめた。


「さあ。人じゃないのは確かだろうね。心配した加賀子爵から相談されて、それでこの間話を聞きに行ったんだけど、毎週土曜日の夜に、その男は娘のところを訪れているらしい」


「あ、それで土曜日に……」


「そう。正体を突き止めてほしいと。僕としては、人の目に映らないあやかしなんて放っておけばいいと思うけど、そうもいかないらしい」


「いや……見えないって怖くないですかね……?」


 見えない相手を紹介された家族は、さぞ驚いただろうな……

 私の言葉に、昴さんは首を傾げた。


「見えない相手ならなにもしてこないよ。それなのに怖いの?」


「み、見えないから怖いんですよ。だって何されるかわからないし……」


「見えない相手はなにもしてこないよ。そんな力ないから」


「そ、そうなんですか?」


「そう、だから僕は放っておけばいいと言ったんだけど、そうもいかないらしいから、今日行くことにしたんだ」


 普通の人はそう思うよね。

 どうも昴さんは私たちと感覚がずれている。


「それで私を連れて行くのは……」


「僕は女の子の扱いなんてわからないから、向こうの娘さんと顔を合わせた時のためにね」


 そういうことか……でも、私、華族のお嬢さんの扱いなんてわからないけどな……

 そう思いつつ、夕暮れの通りを歩いて行く。

 すれ違う人の顔も見えにくい時間。

 なんだっけ、たそがれ時っていうんだっけ。

 でも、おっかあは別の呼び方していたな。

 確か……逢魔が時。この世ならざる者に遭遇する時間。

 そう言えば、この時間に外に出ちゃ駄目だっておっかあに言われた気がする。

 あやかしが現れて攫われてしまうからと。

 昔はそういうあやかしの話が怖かった。でも成長するにつれてそんな話は忘れてしまって、日々の生活に追われるようになっていた。

 そして今、私は子供の頃に聞いた昔話に出てくる存在と接している。

 なんだか不思議な気分だ。

 皆昔話だと思っていた鬼だとかあやかしが、実在するなんて。

 

 目的の場所に着いた頃には日が暮れて、街灯が淡い光を放っていた。

 静かな住宅街の一画に、その屋敷はあった。

 昴さんの屋敷よりも大きい、かな。

 洋風と和風を合わせたようなそのお屋敷は、塀に囲まれている。

 裏門が見える場所に立ち、昴さんは懐中時計を見て言った。


「日が暮れると現れるらしいから、もうすぐ来るんじゃないかな」


「その人、ふつうの人には見えないんですよね? 私も見えないんじゃぁ……」


 その問いに昴さんは何も答えず、視線を巡らせる。


「あぁ、あれだ」


 と言い、昴さんは通りの向こうを見つめた。

 言われて私もそちらに視線を向ける。

 若い、スーツ姿の男がこちらに向かってくるのが見える。

 綺麗な顔立ちの、二十歳前後と思われる男性だ。

 他に人影はないから、あれが例のお嬢さんに会いに来ると言う男性だろうか?


「って……え?」


 私には、はっきりとその男が見えた。

 男は足取り軽くこちらに歩いてくる。


「あ、あの……」


「何」


「向こうから来る、黒いスーツの男性……」


「うん、歩いてくるね」


「あの人が、見えないっていう人なんですか?」


「そうだよ」


 やっぱりそうなんだ。

 でも、私に見えるの何で……?


「君にも見えるんだ」


「は、はい……何ででしょう……?」


「さあ。それはともかく、お嬢さんに会う前に止めないとだから行こうか」


 と言い、昴さんは男の方へと歩き始めた。

 私も慌ててその後を追いかける。

 昴さんは男の前に立つと、男は驚いた顔をして立ち止まり、昴さんを指差して言った。


「え、あ……ま、まさか……」


「君が、加賀子爵のお嬢さんの元に通っている男だよね」


 淡々と昴さんが告げると、男は口をパクパクさせる。


「う、あ……あ、あの……」


「別に、祓おうってわけじゃないよ。ただ話を聞きたいだけだから。見ただけで君の正体なんてわかるからね。なんで人間の娘になんか会いに来てるの?」

 

 そう昴さんが問いかけると、男はだらだらと汗を流し始める。

 正体、わかるんだ……

 何ものなんだろう、この男。

 

「とりあえず、尻尾、見えてるよ」


 その昴さんの言葉で私も気が付いた。

 男の背後から、茶色で先端の黒い尻尾が見えている。

 あれ……あの尻尾は……もしかして狸?

 男が驚いた様子で後ろに手をやったとき、塀の向こうから声が響いた。


「ねえ、来てるの?」


 若い女性の声だ。もしかして、噂の子爵のお嬢さんだろうか。

 その声に驚いた男は、目を丸くして来た方へと振り返り走り出す。すると昴さんは何か唱え、男の方に手を向けると、男はその場に転んでしまった。

 それを見て、私は思わず走り出す。


「だ、大丈夫ですか……?」


 そう声をかけたとき、転んだ男から、ぽん、と音が聞こえ煙が包み込んだ。

 そして、その煙が消えたときそこに男の姿はなくて、変わりに一匹の狸がうずくまっていた。

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