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幸せの見つけ方―大正妖恋奇譚  作者: 麻路なぎ


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13 楽しい想い出の積み重ね方

 朝食の席で、いつも楽しそうにおしゃべりをしているぼたんちゃんとめいこちゃんは妙に大人しかった。

 

「お母さんに怒られたのよ」


 と、後で美津子さんが教えてくれた。

 ……もう一緒に寝ようなんて言わないでおこう。

 そうよね、私は女で……昴さんは男だった。

 でも利一さんと昴さんは全然違うし……そういえば、私、昴さんに名前を呼ばれたことないのがちょっと気になる。

 食後に、昴さんはとし子さんに呼ばれていたけど何を言われたのか教えてもらえず、夜になっても昴さんは帰ってこなかった。

 いつものように遊郭に行って寝ているんだろうか。

 広いお屋敷に私ひとり。昨日は昴さんがいた。でも今はいない。

 昴さんの布団はそのまま畳まれて、私の部屋にある。

 ……片付けていいかわからなくてそのままにしちゃったけど、どうしよう、あれ。

 そう思った時、廊下から物音がした。

 足音だ。足音がこっちに近づいてくる。

 そして私の部屋の前でそれは止まり、扉を叩く音が響いた。

 ……ってなんで?

 なんでここに来るの?

 戸惑いつつ私は立ち上がり、扉をゆっくりと開けた。

 廊下には寝間着姿の昴さんが、ランプを手に俯いて立っていた。

 驚いて何も言えないでいると、昴さんが口を開いた。


「申し訳ないけど、今夜もここで寝ても大丈夫?」


「え? あ、え、でも……」


 私としてもその方がいいけど……今日も遊郭で寝られなかったんだろうか。

 どうしよう……悩んでいると、昴さんは顔を上げ、私をじっと見つめる。

 そんな、子犬みたいな目で見つめられると断りにくい。 

 悩んだ末、私は扉から少し離れて昴さんを招き入れた。


「ど、どうぞ」


「ありがとう」


 そう言って昴さんは中に入ると、ランプを棚の上に置き、布団を敷き始める。


「あ、すいません、私やります」


 慌てて私は昴さんに近づくけれど、彼は首を横に振った。


「これくらい自分でできるよ。それより」


 と言い、彼は敷布団を敷いた後私の方を見たかと思うと頭に触れてきた。


「あ……」


「たぶん、こうした方がいいと思うんだ。僕の為にも君の為にも」


 何を言っているのかわからず戸惑っていると、昴さんは私の頭から手を離す。

 どういう意味だろう?


「あ、あの……」


「何」


「どういう意味ですか? 私に何かあるんですか……?」


「恨みは人を鬼にする。君は強い恨みを抱いているみたいだから、鬼になるかもしれないって話」


 確かにそんな事を言われたけど……それって私にその兆候があるって事よね?

 それは怖いんだけど……?


「そんなに怯えた顔をしなくても大丈夫だよ。そうならないように、僕が邪気を祓ってるから」


 邪気を祓ってる……?


「あ、あの、頭に触っていたのって」


「朝になると君の鬼化が進んでいたから」


 そして昴さんは私に背を向け、掛布団を手にする。


「でも、今朝は大丈夫だったからそれなら一緒にいたほうがいいのかと思った。まあ、とし子には若い女性と同じ部屋で寝るなと怒られたけど」


 今朝、ぼたんちゃんが大騒ぎしていたのを思い出して、私の顔が熱くなるのを感じる。


「でも、君が鬼になるよりはいいと思って」


「そ、そんなに危ない感じなんですか……?」


 震えた声で言うと、昴さんはこちらを振り返り私の顔を見つめた。

 無表情で何を考えてるのか全然読めない。

 

「……今はね。でも人は生きていくのに必要のないことなんて忘れるものだから。楽しい想い出を積み重ねていけば過去の事は薄れていくよ」


 楽しいことを積み重ねていけば……か。

 忘れられるだろうか。

 私の中にはまだ、利一さんが部屋に現れたときの記憶が鮮明に残っている。

 でもそれは、あれから一週間も経っていないからだろう。


「あ、あの」


「何」


「楽しい想い出って何でしょう……?」


 何をして想い出を積み重ねていけばいいのかわからない。

 私の問いかけに昴さんは目を大きく見開き、そして困ったような顔になる。


「えーと……ど、どこかでかけるとか?」


「連れて行ってください!」


「……え?」


 私の言葉に、昴さんは驚いた顔になった。

 さっきからころころと表情が変わるのがちょっと面白い。


「私、友達もいないし、一緒に出掛ける相手なんていないです。だから、連れて行ってください!」


「え、あ……京佳とか美津子とかいるじゃない。彼女らに言えば……」


「ふたりともお仕事がありますし、いつお休みなのか知らないです。っていうか美津子さんにはこの間喫茶店に連れて行ってもらいました」


「僕も仕事はあるよ。軍部に行くことあるし、子爵としての仕事も、祓い師の仕事もあるから忙しい……」


「日曜日は? 日曜日はお時間ありませんか?」


 自分でも信じられない位、積極的な言葉が唇から溢れだす。

 たじたじになった昴さんは目を泳がせながら言った。


「え、あ……明後日は休みだけど……」


「お願いします! 嫌なことを忘れるためにも」


 昴さんはしばらく悩んだ後、諦めたように頷きながら言った。


「……君が鬼になるのは僕としても防ぎたいから……わかったよ。付き合うよ」


「ありがとうございます!」


 私は言いながら頭を下げる。

 考えてみたら、奉公先を飛び出してまだ一週間も経っていないのに、京佳さんとお買い物に行き、美津子さんに喫茶店に連れて行ってもらって、昴さんとお出かけすることになるなんて。

 毎日働き通しだった日々からしたら夢みたいだ。


「……行きたい場所、あるの?」


 そう言われ、私は押し黙る。

 行きたい場所なんてあるわけがない。

 だって、何も知らないから。

 私の様子を見て察したのか、昴さんは、視線を泳がせて言った。


「考えておくよ」


「す、すみません、私から言い出したのに」


「いいや、君、ずっと奉公先にいたんだから、どこに行くかとかわからなくて当然だよね」


 と、言われてしまい私は頷く。

 奉公先以外の世界を私は知らない。だから出会うものの多くは未知なるものだ。


「明日、午前中少し出かけるよ。夕方から仕事だから、それには一緒に来て」


 そう言えば土曜日に仕事に行くって、前に言っていたっけ。


「わかりました」


「それじゃあもう寝よう。ランプ消すよ」


 そう言って、昴さんは私に背を向ける。


「は、はい」


 私はランプが消える前にベッドに入り込む。

 するとすぐに闇が室内を包んだ。

 足音と布団に入る音が聞こえた後、昴さんの声が響く。


「おやすみ」


「あ……おやすみなさい」


 今夜も一緒に寝られなら、私を恨みが支配することはないだろう。

 昨日は大丈夫だったんだから、きっと今日も大丈夫。

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