42話 研修旅行 1日目の夜 5
右京と陽色の二人がガタガタと身体を震わせながら待っていると、予想以上に早く順番が回ってきた。
嫌なものを待っている時に限って、時間の経過は早いものなのだ。
柳田は入口の近くで、肝試しへ向かう生徒に懐中電灯を手渡している。
右京達の姿を目に入れると、唇の端だけを上げて笑った。
「はは〜ん。さては、氏王……怖いのか。男子が女子に良いところを見せる場面で、お前怖いのか」
柳田は楽しそうに笑いながらそう言う。
右京はちらりと柳田を見るばかりで、何も言わなかった。
「おいおい……スルーかよ」
柳田は苦笑いしながら、右京の服をガッチリと掴んだ陽色に懐中電灯を手渡した。
柳田は逆方向を確認して、生徒が帰ってきたことを確認すると、右京達の行く方向を指差した。
「よし、行って来い! 精々怖がることだな!」
「……だから結婚できないんだぞ」
二人は柳田の指示に従って、先の暗い道を歩き始めた。右京は歩き去る直前に、ボソッと一言毒を吐いて闇に溶けていった。
「あ、お前! 禁句だけ言って行きやがって、戻って来い! 説教だ!」
柳田が拳を上げて怒るも、既に先を行っており、戻って来ることはなかった。
右京は暗い中を歩きながら、柳田という名の騒音に耳を押さえつつ顔を顰めた。
「あいつ、うるさいな」
「いや、まぁ……柳田先生ですから」
「おぉ……先生をつけてる」
陽色の柳田“先生”という言葉に、右京は目を見開いた。
それ程までに誰も柳田に“先生”という言葉を付けるべきではないと思っていたのだった。
右京の反応に陽色は苦笑する。
「う〜ん……なんというか、一応年上の人なので。呼び捨てはなんかしっくりこないんですよね」
「ん……アイツに無駄に礼儀正しくしても意味ないと思うけどな」
右京は陽色と同様に唸りながら中々に失礼な言葉を吐いた。
二人の足元を懐中電灯と淡い月の光が照らす。お互いの顔がなんとか見えるぐらいだ。
つまり、しっかり暗いということである。
陽色は今更気づいたように、右京の顔を見た。
「それもそうって言いたくなりますけどね。っていうか、右京くん暗いの苦手じゃないんですか? 普通に話せるじゃないですか!」
「あ……お前、意識させるなよ! 怖くなるだろうが!」
陽色の言葉で思い出した様に、右京が周りを見回す。戻っていた顔の血色が再び、失われていった。
陽色はそんな様子の右京からある考えが思い至った。
(柳田先生……右京くんが怖がってることを分かっててあえて煽った……? いや、流石にあの先生がそこまで考えてるわけないか……。
いや! そんなこと考えてる場合じゃない! ヤバイよ! 怖くなってきたよ!)
陽色は即座に思考から現実に引き戻され、結局恐怖で支配されてしまった。
いつの間にか二人はガタガタ震えながら、腕を組んでいた。夏の夜だというのに、暑さも感じない二人は、寧ろどんどん体温が下がっている様な気がした。
夜の森からは、木の葉が擦れ合って鳴らす音や鳥の鳴き声が聞こえてきて、闇がどうにもおどろおどろしく感じられてしまう。
虫の声――――そんなものは鼓動の音でとっくに消え去っていた。
草むらが揺れるたび、陽色からは「ヒィッ!」という声が洩れ、右京は暗闇に怯え続けていた。
二人は腕を組んでいるだけあって、お互いの心臓の音が分かった。
二人共明らかに速かった。決して、距離が近いからという話ではない。恐怖からである。
陽色は無言のままで歩くのは良くないと考え、なんとか話を続けようとする。
「右京くん……」
「なんだ」
「吊り橋効果ってよく聞きますけど、あれって嘘だとおもいませんか?」
「今身を以て実感してるよ」
陽色の話に、右京も乗っかることにした。そうでもなければ、今すぐにでも走って何処かに行ってしまいそうだった。
――――吊り橋効果。
それは数多のラブコメで現れ、数多くのカップルを創り出してきた、人間の生存本能が成せる妙技である。
しかし、これは二人の内どちらかが正常な思考を保てていなければ、成り立つことなどないのだ。
二人共恐怖で支配されていれば、二人で怖がるばかりで相手のこと等考えることすら出来ない。
これがこの二人の現状であった。
そして二人は乾いた笑いと共に、他愛もない――意味もない――会話を続ける。
本当に内容のない話だ。
「お前、部屋で何してた? こっちはババ抜きだ」
「うわぁ、楽しそうですね。私も混ざればよかったです……。そうですね。こちらは女子会でしたよ、殆ど」
「そうか。……こっちに混ざるのは止めとけ」
「何でですか?」
「なんでも良いだろ」
「ちょ〜っと気になりますねぇ……」
「他意はない。ただ……止めとけ」
「ふ〜ん……漣くんに聞いてみることにしましょう」
「……好きにしろよ」
「好きにさせていただきます」
二人はそう会話をする。依然として二人で腕は組んだままである。
少し道の先が明るくなってきた。
二人の顔も同様に、明るくなる。青白かった顔も、血が通う。
二人は安堵の息を吐きながら、少しだけ足を速めた。会話は無理にしなくとも、先が明るい。
無理に明るくしなくても、既に先は明るいのだ。
そうして二人は森を――暗闇を抜けた。
漣と日奈が二人を迎える。柳田が陽色から懐中電灯を受け取った。
漣は二人を見受けると、笑いながら近付いた。
「どうだった? 右京」
「……もう絶対やらない」
「言うと思ったぜ」
漣は右京の青褪めた顔に、笑って肩を竦めた。
日奈も、自らの親友に近付く。
「あんた怖いのダメなのに、頑張ったね」
「必死で話しましたとも」
日奈が陽色の肩を叩きながらそう言うと、陽色は少し誇らしげに胸を張った。
そして、漣は自分の親友だけでなく、そのペアの二人組を見た。
そして、日奈ほ自分の親友だけでなく、そのペアの二人組を見た。
「「なんで二人は腕を組んでん(る)の?」」
漣と日奈は同時に二人を指差してそう言った。
右京と陽色は自分の腕に視線を落とすと、そこには結婚式の新郎新婦の様に――それ以上の強さで――ガッチリと組まれた一本と一本の腕があった。
「「あ……っ!」」
二人は間抜けた表情で、声を洩らした。
「いや、だって怖いとなんか触りたくなるだろ?」
「しょうがないでしょ?! だって怖かったんだもん!」
二人は同時に弁解を始めた。別に大してする必要はないのに、急いでするせいで余計に墓穴を掘る。
「分かった分かった。お前らが仲良くなって良かったよ」
「……そこまで焦らなくても。いや、陽色は焦るわね、そりゃ」
漣は笑いながら手で二人を宥めすかし、日奈は呆れた様子から動きを止めた。
そして、二人は互いの親友に顔を寄せた。
「「後で話は聞くからな(ね)」」
「「はい……」」
親友の有無を言わせぬ声に、二人は項垂れてそう返したのだったを




