32話 夏休み初日 続き
唐突に本編を始めましたが、申し訳ないです。なんとなくで書いていることがバレてしまう……。
「どうかしたか?」
「いや! 何でもないですっ!」
右京は固まった顔の陽色を見て、心配そうに声を掛けた。陽色は我に返って、急いで否定した。些か過剰とも思える首振りと手を横に高速で振るのも同時に。
「? そうか」
「そうですよ! ほら、次は何処に行きましょうか?!」
「あ、あぁ……そうだな」
不思議そうな右京に、陽色はやや強めに背中を押しながら他の所に行こうと促した。右京は少し驚きながらも、それに従って何処に行くか考え出した。
「とりあえず、服でも買うかな。寝巻きが必要だろう? 家で使ってるのはなんかな」
「分かりますよ〜。何か家の生活見られてるようで嫌ですよね。じゃあ、洋服店に行きましょうか」
「そうだな」
陽色の言葉に、右京は笑顔で頷いた。その顔に陽色はたじろぎつつ、ぎこちない歩き方で洋服店に向かった。
陽色は、右京がよく笑うようになったと思った。
ケーキバイキングの時と言い、今と言い。普段はもうちょっと仏頂面が多めなのにな……と少々の疑問を覚えた。
彼女は、右京が懐に入れた人に関してとことん甘いという性質を知らなかった。陽色が完全に右京の仲間と認識された瞬間が昨日であっただけで、本当はいつでもこうなる可能性が高かった。
もちろん、陽色は漣達と共に行動することが多かった為、右京の笑顔を目撃することは他の人と比べて多かった。
そんな右京に、陽色は可愛いやら嬉しいやらで、心は浮足立っていた。
そんなこんなで、洋服店に着いた。
居るのは学生ばかりで、大人の姿は少ない。陽色は桔梗学園の生徒が居たら大変だなと思いつつ、足を踏み入れた。
幸い、女性客はあまり多くなく、ゆっくりと選ぶことが出来た。
暫しのカップルのような行動を、陽色は存分に楽しんだ。
密かに周りの人からは、レベルが高めのカップルだなと思われていたことを、彼等は知らない。
陽色も決して見目が悪い訳ではなく、寧ろ良い方ではあった。必然的に、注目は多くなる。
それを陽色は右京が注目されているものと思い、右京はいつもよりも見られてるなと思う程度であった。つくづく、自分に向けられる視線の意味が分かっていない人達であった。
そんな二人は、気にせずに服を身体の前に固定しながら、鏡を見たりしていた。
「まぁ良いか。こんなところで」
「そうですね」
一応買う商品が決まると、二人はレジに向かった。手早く代金を支払って、店を出た。
「ふぅ……どっかで休むか」
「どこが良いですかね……あ、地図がありますね」
「探すか」
「そうしましょう!」
右京は陽色と共に、案内図へと歩み寄った。
見てみると、やはり休めそうな場所は外ばかりで、外気温を考えるとあまり現実的ではない。
「あ、これどうですか?」
陽色が指を指して、右京に問いかけた。
「ん? 良いんじゃないか? ちょっと涼しそうだな」
「ですよね」
「じゃあ行くか」
「はい」
陽色が指さした所を見れば、噴水広場だった。そこは屋外ではあるものの、屋根が付いており、涼むことは出来そうだった。
二人は歩いて行き、ベンチに座って、一息ついた。
噴水の水の音は心地よく、ゆっくりと休めそうな気がした。右京にとっては。
陽色にとっては、並んで座るベンチが予想以上に距離が近くて、ドギマギしていた。
「今日は本当に偶然会えましたね……」
「そうだな。何かに操作されているとしか思えんのだが……」
「それは気の所為じゃないですかね、流石に」
「…………」
「……え?」
「冗談だ」
「あぁ! びっくりした!」
驚いた反応の陽色に、右京は微笑みかけた。陽色は一瞬だけドキッとして動きを止めると、呆れからか溜息を吐いた。
「そんなにか?」
「そうですよ! ていうか、右京くんって冗談言えたんですね」
「……お前は俺をなんだと思ってる」
「ボケる漣くんにツッコむ係」
「…………正解だ」
「ほら」
陽色はムッとした表情の右京に、笑顔でピースを向けた。そんな陽色に、右京はまた笑いかけたのだった。
「…………ほんとに急に笑うのやめてくださいよ〜。私の心臓が止まります」
「なんでだ? 別に大丈夫だろ」
「いやいや……一応私はあなたに告白してるんですけど」
「あぁ……そうだったな」
「はい……」
顔を顰めた陽色に、少し申し訳無さそうな顔をした右京だった。右京はバツが悪く思い、頭をかいた。
「…………お前は、まだ俺のことが好きなのか? 俺はあんなに醜態を晒してるが……それに、お前なら俺なんかよりも良い人は捕まえられるだろ?」
右京はふと気になったことを口に出した。何も考えていない、頭に浮かんだ言葉だった。
「本気で言ってるんだったら怒りますよ?」
「え? なんで?」
陽色は膝の上に置いていた自分の手を握り締めた。陽色の怒気を孕んだ言葉に、右京は思わずたじろいだ。
「……私をここまで、好きにさせといて、別の人の方が良いって、良い加減にしてくださいよ! もう私はあなた以外を好きになることはありません! あなたが何をしたとしても、それを愛おしく、可愛く思えるほど右京くんのことが好きなんです! まだ伝えた方が良いですか?!」
「い、いや! いい! 大丈夫だ! 分かったから! もう言わない! 存分にそうしてくれ!」
陽色は右京の身体の横の背もたれを両手で押さえながら詰め寄った。ベンチの背もたれが壁に変わったら、壁ドンと同じになるだろう。右京は今までのゆったりとした雰囲気の陽色が消え去り、ただ困惑していた。ついでに、あまりにも近過ぎる顔にも、少し驚いていた。
「分かったら良いんです。すみません。熱くなっちゃって」
「……俺も悪かったと思う。お前の気持ちを考えてなかった」
「気にしないでください」
「あぁ……」
双方が謝ったことで、二人の間には何となく気まずい空気が漂った。どちらも、話し出すことはせずに、何となく噴水の水を見た。
「……手遅れなんですよ」
「何が?」
陽色は黄昏れたままでそう呟いた。右京は思わず陽色の方に向き直った。
「右京くん以外の人を好きになることは出来ないでしょうし、右京くんのどんな姿を見てもそれが右京くんの良い所だと思ってしまうんです。私の恋は、そういうものです」
陽色は右京には目線もやらずに、そう告げた。
右京は、その頬がほんのりと色付くのを見た。そして、その顔を熱に浮かされたように見つめた。
陽色は、そんな右京に気付き、不思議そうな顔して肩を叩いた。
「右京くん、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……。そろそろ帰るか」
「そうですね」
右京の言葉に、陽色は笑顔で頷いた。
二人はそのまま別れて、帰路に就いた。
右京は誰も居ない家へ帰ると、時計を見た。まだ夕方の5時。日の暮れる気配すらない。
冷蔵庫を覗き込み、夕飯の支度を始めた。
作り終わると、冷蔵庫に入れた。6時を回っていたが、紫苑は帰ってこない。
右京は風呂を入れようと、浴槽を洗い、湯を溜めだした。
そして、そのまま風呂に入り、リビングのソファで身体の力を抜いた。なんだかんだで、半日歩き回って疲れたのだった。
そうしていると、段々視界が細くなっていく。
そこでドアが開く音がした。
紫苑が帰ってきた。
「右京〜! 起きてる?!」
「……起きてる」
「良かった! ご飯たべよ!」
「あぁ」
紫苑は疲れた様子の欠片もない笑顔を浮かべると、右京に食卓につくよう促した。右京はそれを軽く無視し、冷蔵庫からご飯を運んだ。
「う〜ん! 右京が居てくれて助かるわ!」
「別に大したことじゃないけどな」
「結構すごいんだぞ!」
「知らん」
紫苑は右京に喧しいと思う程構った。右京は案の定顔を顰めつつ、夕飯を食べていた。
そんな右京に紫苑は微笑みつつ、こう述べた。
「右京。アンタはアンタのことを可愛いと思ってくれる女の子捕まえなさいよ」
「何だよ急に」
思わず怪訝な顔をした右京。
「いやいや、真面目な話。右京は割と何でもこなすクセして、やらかすことが多いから。顔が良いから余計、女は寄ってくるし。カッコいいと思って近寄ってくる女は、カッコ悪いところを見れば去ってくよ。なら、最初っからアンタのことを可愛いと思うヤツなら、悪いところ見ても別に何とも思わないからね」
紫苑は右京の目をじっと見つめた。右京の反応を探っていた。
右京は思っていることが顔に出やすい。
そして、その反応は明らかに身近にそんなことを言ってきた人がいる反応だった。
「そんな奴いる訳ないだろ」
「今は居なくても、将来的にはって話。覚えときなさいよ〜」
「はいはい」
そっぽ向いて反論する右京に、紫苑は軽く流した。それに右京は適当に返答する。
紫苑は勘付いた。
(ふ〜ん。さては陽色ちゃんだな。もう一押しって感じだな。図らずも、陽色ちゃんの応援しちゃったなー)
紫苑は一人で納得し、うんうんと頷きながら右京の料理に舌鼓を打った。
一方の右京は、悶々と考え込んだ。
(あいつが……俺にとっての良い人なのか? 俺なんかよりもいい奴はいるだろ。ただ……誰かを想っているのは、なんか……)
右京はただそう思った。




