29話 甘い物
「皆さん! ケーキバイキングに行きましょう!」
陽色が保健室のドアを大きな音を鳴らして開けると、目を輝かせながら廊下に待機していた漣たちに言った。
「お、おう……昼飯もまだだけどな」
「その前に昼ご飯じゃない?」
漣と日奈は2人で同じ内容を言ってしまった。こういった勢いづいた人たちを抑える役割の人たちは、こういう時に最も必要とされる。
「右京くんが行きたいって言ってるんです!」
陽色が頬を膨らませながら言い返す。
「あぁ…………予想通りっちゃ予想通りだな。そういや言ってたな、ケーキバイキングにしては安めの所見つけたって」
「でしょ? 行きましょうよ」
漣が右京の言葉を思い出したようで、腕を組みながらそう言うと、陽色は漣の方を物凄い勢いで向くなり、賛成を求めた。
「……良いんじゃない? 右京の気分転換になるなら」
「私はそれが昼ご飯で良いよ!」
天翼が睨み合い出した3人に苦笑しながら言うと、清那もそれに賛成したようで、手を上げてそう言った。
「お前らがそれで良いなら、それで良いよ」
漣はそんな二人を見て、やれやれといった様子で息を吐いた。
「良いのか?!」
陽色の後ろから右京も出てきて叫んだ。先程まで落ち込んでいた人とは決して思えない反応だ。
すっかり元気になった右京を見て、漣は思わず顔を綻ばせた。
「よし、行くか」
「うん!」
漣がそう言うと、右京は笑顔で頷いた。
丁度その時、養護教諭が帰ってきた。
「あぁ、もういいの?」
「はいっ! ケーキバイキング行ってきます!」
「元気なのは良いことだ。甘い物を堪能出来るのは、若いうちだけだ。精一杯楽しんでこい。それこそ、若者の特権だ」
養護教諭は眼の前の六人に笑いかけた。
「ほんじゃ、行くぞ。ありがとうございました」
「うん。行ってこい」
漣がお礼を言いながら立ち去ると、養護教諭は腕組みをして、保健室のドアに寄り掛かった。
「青いねぇ……」
養護教諭はそう呟いて、快晴の空を見上げた。
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教室に荷物を取りに戻っている六人はある事について話していた。
「右京くんって、本当に甘い物が好きですよね」
「あぁ、そうだな」
前を歩く陽色が振り返りながらそう言うと、右京は少し微笑んで返した。
「みんな……気を付けろ。しばらく甘い物はいらない気分になるからな」
「ケーキバイキングって、右京が行くと少し心配になるんだよね。店潰さないか」
「というよりも、僕は右京の体が心配なんだけど」
漣と清那、天翼は続けてそう言った。漣は本気の顔で、清那は右京をジトッとした目で見ながら、天翼は少し笑いながらだ。
「なんだ? 皆俺を寄って集って。そんなおかしいか?」
「「「うん、おかしい」」」
右京が不思議そうな顔をすると、三人は声を合わせて答えた。
そんな三人に圧されて、うっと右京は言葉を詰まらせた。
「そういえば、ありましたね。すごいこと」
「あぁ、私も思い出した」
陽色が顔を傾けながら言うと、日奈も同じように続けた。
「ん? なんかあったか?」
「休み時間、訪ねるごとに毎回飲み物が甘い物で、昼休みは甘い菓子パン。放課後にパンケーキっていう甘い物尽くしの日」
「私も思わず氏王くんにツッコミかけたかな……」
右京が首を傾げると、陽色が空中に視線を彷徨わせながら答えた。日奈も苦笑していた。
「そんな事もあったな。あの日は……ストレスが確か……」
「あぁ! 誰かに付き纏われまくって苛ついてたんだった! 結局、あれ誰だったんだ?」
「え、それ私じゃないですよね?」
「その時には諦めて受け入れてたろ」
「あぁ、そうでしたね」
陽色は安心したように、胸を撫で下ろした。自分がストレスの原因になっていないことが、安心できたらしい。
「本当にあれ、誰だったんだ?」
右京は心の底から不思議に思っていた。
「(誰だったんですか?)」
「(同じクラスの女子。綾瀬にやられた所を助けられたってやつ)」
「(あぁ! そこに繋がるんですね。だいぶ期間空いてないですか?)」
「(陽色ちゃんが来たことで再燃したらしい。私もいけるって)」
「(なるほど……。こればっかりはどうにもなりませんね
)」
「(そうなんだよ)」
陽色と漣はコソコソと話した。右京に直接聞かせると、心を痛めてしまいそうなので、出来るだけ聞こえないように、という配慮だった。
もっとも、その本人はケーキのことで頭がいっぱいで、そんな話に興味すらなかった。
皆がそんな右京を見て、元気になったのは良いことと、そう笑っていた。
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「ちょっと! 食べ過ぎですって!」
「いや、まだいける!」
「もうやめてください!」
ケーキバイキングで、山盛りのケーキを積んで右京は食べていたが、陽色が必死にそれを止めさせようとしていたのは、また別のお話だ。




