28話 反応
「そんなことが……」
陽色は衝撃で、口元を手で押さえた。
清那は顔をピクリとも動かさず、天翼は手を膝の上に置いて地面をじっと見つめていた。
漣はぼうっと外を見ていた。
「結局のところ、俺はどこまで行っても臆病者で、あいつの呪縛から逃れられてないだけだ」
右京は嘲るような雰囲気で、微笑んだ。その笑顔は、とても痛々しかった。
「ごめんな、陽色ちゃん。右京が女嫌いになったのは俺のせいだ。俺が全部悪い。幾らでも責めてくれ」
漣はぐっと頭を下げた。その顔は何時になく真剣で、清那たちを驚かせた。
「いや、お前が言わなかったとしても、おんなじ結果にはなった。選択したのは俺だし、お前が責められる謂れはない」
右京はただそう言って、首を振った。
「すまん……少しだけ、1人にさせてくれ。1分だけでいい。速攻で戻すから」
右京は自分の手で、目を覆いながらそう言った。
清那、漣、天翼、日奈はそれに従った。次々と椅子から立ち上がる中、陽色は座ったままだった。
「陽色ちゃん……」
「すみません、少しだけ残らせて頂きます」
漣が出るように促そうとすると、陽色はそれを拒否した。
「…………出来るだけ、早めにね」
「大丈夫です」
漣がそう言い残して保健室を出て行くと、陽色はそれに頷いた。
保健室には、二人だけが残された。
「何で出て行かなかったんだ?」
「右京くんが、辛そうにしてたからです」
「それを戻すために一人にしてくれって言ったんだよ」
右京は悲痛そうな顔をして、陽色に言った。
「それは違います。私は言いましたよ。もっと人に頼って欲しいって」
「俺は人に頼り過ぎなんだよ。自立をしないと……」
陽色はスカートを手で握り締めながら、首を振った。右京はそれでも別の方向を向いたままだ。
「いい加減にしてください!」
陽色は椅子から立ち上がって、右京の顔を掴んで、しっかりと自分の方を向かせた。
「自立の意味を履き違えないでください! 自立っていう言葉の中に、いつ人に頼ってはいけないなんて付け足されたんですか?! 自立なんて精々、人に頼りながら、出来ることは自分でやる程度の意味しかないんです!
どうしようもなく、気分が沈んでしまった時は、それは人に頼るべきなんです! そんなの、一人でなんとかしようとするラインを越えてます!」
陽色は泣きそうな顔をしながら、右京に訴えかけた。
「誰だって、人に頼っても良いんです。右京くんはそれが出来なさ過ぎなんです。だから、もっと、頼ってください……」
陽色はそう言って、椅子に座り直して、また俯いてしまった。
右京はそんな陽色の姿を、ただ呆然と見つめていた。驚きが大きかった。陽色がこんなに叫ぶことは今まで一度たりとも無かったからだ。
「…………俺は、女が嫌いだ。本性は仮面の下に隠し、裏切りと欺瞞でその身体が出来上がっている。誰かと付き合うのなんて、どうせ自分のステータスの為でしかない。一方的に信じてた方だけが傷付く。
なのに…………、勝手に、向こうから寄って来るんだ! 俺はもう傷つきたくないから、逃げて、避けて、遠ざかっているのに! みんながみんな勝手なんだ! もうちょっと、人の事を考えて……」
右京はそこで言葉を切って、呻き出した。その頬には涙が流れている。ベッドの布団を握り締め、すっかり皺が寄ってしまっている。
「大丈夫です。あなたは優しいんです。だから傷付きやすい。けど、右京くんには、友達がいます。とても優しい――あなたの力になってくれるような。だから、もう少し、周りの人も見てみてください」
陽色は椅子から立ち上がって、右京の頭を抱き締めて、そう言った。その手は右京をあやすように一定のリズムで、右京の頭を弱くポンポンと叩いている。
「俺は……、俺は!」
「はい、分かってます。女嫌いということは。私がいくら優しくしても、接しても、すぐには振り向いてくれないのは。でも、私はあなたと関わるのは止めません。だって、仕方がないじゃないですか。好きになってしまったものは」
右京はその腕を振り払おうとした。陽色はそんな右京をやんわりと止めながら、ただ静かにそう告げた。
「気を付けてくださいね。私の行動の8割は、下心から出来てます。あなたの心の少しでも占めれるように。少しでも私の事を考えてくれるように」
右京が陽色の顔を見上げると、陽色は笑って右京の目を見た。
「恋の部首は“したごころ”、なんです。だから恋に“したごころ”は付き物なんですよ? 精々、これが本当の気持ちかどうか考えて、苦しんでくださいね?」
陽色は続けてそう言った。
右京の目には、その笑みが蠱惑的な、それでいて可愛げのある不思議な笑みに映った。少し心臓が跳ねたのを感じて、胸に手を当ててみるが、その鼓動は変わらない。
疑問を覚えながらも、陽色の顔をしっかりと見つめた。
「ありがとな、柊」
「どういたしまして、右京くん」
右京の礼に、陽色は微笑んで返した。
「教えてくれたことですし、お昼ご飯奢りましょうか?」
「え、良いのか?! じゃあ……ケーキのバイキングがこの近くのホテルであるんだ。1人2000円の」
「安いですね! 行きましょう!」
「お前、マジかよ……」
目を光らせた陽色に、右京は引き気味で頷いた。
「それにしても、甘いもの好きですね〜」
「うん、好きだぞ!」
陽色が感心するように言うと、右京は良い笑顔で陽色に答えた。
「うぐっ! 分かってますよ……ケーキのことですよね。はぁ……」
陽色は呆れ半分といった様子で、顔を赤らめたのだった。
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保健室の外で、そんな話し声を聞いていた4人の雰囲気は少し軽くなっていた。1人を除いて。
「なぁ。俺ってさ、あいつの親友だと思ってたけど、俺が居ても居なくても、変わらなかったんじゃないかって最近思うんだよ」
漣はただ、真顔でそう言った。廊下の窓を開けて、大きく窓枠に寄り掛かっている。
そんな漣の方を振り向いて、天翼は驚いた表情をする。そして、溜息を吐いた。
「……漣。本当にそんな事を思ってるなら、右京に謝った方が良いよ」
天翼は少し怒っていた。やはり、こいつは右京の気持ちに気付いてたいなかったか……という呆れがあった。
「右京がどうして女嫌いという仮面を被ってまで、学校に出て行ったかと思ってるの? 少なくとも、一つの要因としては確実に漣の存在があったと思うよ、僕はね。
今の状況は、漣が親友じゃないから、本当の気持ちを吐き出した訳じゃないっていうのぐらいはわかるだろ? 案外、こういうのは距離があんまり近過ぎないぐらいが一番話しやすいものなんだ。
そして、なんたって、男友達の間には確実と言っていい程、プライドが行動を左右する。親友であっても、これは有効だよ? それぐらい漣は右京に近い人だよ」
天翼は廊下の壁に寄り掛かりながら、保健室のドアを眺めた。
「ま、そんなもんだよな」
漣はそう言って、頭をガシガシとかいた。
「それで、日奈ちゃん。親友の好きな人のトラウマの原因を聞いて、どう思った? あいつは単純な奴じゃない。十分良い奴ではあると思うぞ?」
「……そうね。それは分かったわ。ただ、それと陽色が幸せになれるかどうかは別でしょ? また女嫌いが発動して、いつ嫌われるか分からない。だから、私はまだ、陽色の恋路は応援出来ない」
漣が身体を戻して日奈に向かって言うと、日奈はその場に座り込んでそう言った。目には強い光が宿っている。
そんな日奈を見て、漣はフッと笑った。
「まぁ……そんな人が居ても良いんじゃない? 恋に熱くなる人の代わりに、めちゃめちゃに冷静な人が居ても」
そう言って、3人は黙り込んだ。
清那はそんな3人を見ながら、キョロキョロと視線を彷徨わせている。
「え、ねぇ……私は? 私のコメントは?」
「あ、大丈夫です」
「何が大丈夫なの?!」
清那は冷たい反応を返した漣に叫んだのだった。その叫び声は、誰もいない校舎の中で、やけに大きく響いた。




