24話 右京のトラウマ
「陽色!! 大丈夫だった?!」
日奈が泣きそうな顔で戻って来た陽色に抱き着いていた。陽色は苦笑しながら、日奈の背中をポンポンと叩いていた。
「くるし……苦しいよぉ、日奈ちゃん……」
「ご、ごめん!」
次第に強くなっていく力に流石に耐えられなくなったのか、顔を歪ませながら、小さい声で陽色が訴えると、日奈が涙目で陽色を放した。
「で、首尾は?」
「上々! 証拠押さえたし、もう来ないだろ」
「漣が怖い締め方してたしね」
「バッカ! 黙っとけって!」
「へ〜? お得意の?」
「そうそう」
「あ〜、道理で綾瀬、泣きそうになりながら急いでどっか行くわけだ」
一方の漣、天翼、清那の3人は、漣の脅迫について話し合っていた。話し合いというよりかは、物凄い追い詰め方をした漣に対して、煽ってからかっているという方が強いが。
天翼が事の顛末について、清那に報告すると、漣はかなり慌てた。隠したかったようだった。
「よ、よし! そろそろ教室に戻るか! ここにずっといるのもなんだからな」
漣が取り繕うようにそう言った。手を叩いて、わざわざ注意を引き付けるようにして言ったため、余計にその印象が強かった。
「あ、逃げた」
「からかう側がからかわれる側に回ると、弱いよね〜」
「ほんとにだよ」
「お前ら、覚えとけ」
やれやれといった様子で話し合う2人に、漣がジトッとした目で言った。やはり、自分がからかう分には良いようだが、からかわれるのは駄目らしい。
そうして、漣と天翼と清那は、陽色たちと一度別れて、教室に戻って来た。人はかなり捌けていて、残っているのはわずかに数人といった感じだった。
そこに右京はいなかった。
「あれ? 右京は?」
「いや、氏王なら戻ってねえよ」
漣が不思議そうにクラスメイトに聞くと、クラスメイトの男子は首を振って返した。
「いつもより遅くねえか?」
「そうだね〜」
「いつもなら5分で終わるのにね」
漣が訝しげに顎に手を当てると、天翼と清那も同調した。もう戻っていておかしくないのだが、まだ帰ってはいない。
漣が心配するには十分だった。
「よし、探すぞ」
「え? 別にそんなにしなくても……」
「いや……なんか危ないような気がする……」
「そう? まぁ、どっちにしても遅いのはちょっと不安だしね」
漣が思索を止めてそう言うと、天翼が宥めるように返した。漣はそれでも嫌な予感があった。それを伝えると、清那もそれに同意を示し、右京を探すこととなった。
「あれ? どうしたんですか?」
「どっか行くの?」
そこで、自分たちの教室に鞄を取りに行っていた陽色と日奈の2人が来た。二人共、少し焦った表情の漣を見て、不思議そうな顔をしていた。
「今から右京、探しに行ってくる」
「あ、そうなんですね。いってらっしゃーい」
「陽色ちゃんは行かないの?」
「大丈夫じゃないですか? 右京くんですし……」
真面目な顔をした漣が言うと、陽色はあっさりとした様子でひらひらと手を振った。漣がそんな陽色を見て、拍子抜けしたような反応をすると、逆に陽色は漣を見て、何がそんな心配なのかと言外に問うて来た。
「そっかそっか。陽色ちゃんは良いんだな〜。右京がどっかの茂みで女の子に押し倒されて、恐怖で動けずにあられもない姿になってても」
「よっし! では、探しに行きましょう! 右京くんが心配ですからね!」
漣が煽るようにそう返すと、陽色は打って変わって探すのに積極的になった。
日奈はなんだコイツという表情を隠す気もない。
「すごいね、手のひらがくるくると……」
「右京が女子に誑かされんのは許せないんだ……」
そんな陽色を見て、天翼と清那はある意味、感心の念を込めながら、愉快そうに話していた。
物凄い勢いで突っ走って行く陽色の背中を、小走りで漣と日奈が追い、更にその後ろから天翼と清那がゆっくりと歩いて行った。
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(こ、来ねえええ! どうなってんだ?!)
右京は一人、部活棟の校舎裏にて、壁に寄りかかるながら、自分の机の中に便箋を入れて呼び出した本人を待っていた。やけに遅く、交差させた長い足を入れ替えたりしながら、晴れた空を見ていた。
7月の末は、もう真夏と言っても良い。しかも、正午過ぎの十分に暑くなった時間帯で待たされているのが、右京はどうしても苛ついた。
校舎で影になっているとはいえ、蒸し暑いことに変わりはなく、シャツの襟元を前後に動かして、暑さを凌いでいた。最も、それで涼しくなるということはない。
「す、すみません……」
校舎の角から人影が曲がって、右京の方へと走り込んで行った。ショートカットの少女だ。活発そうな印象ではあるが、その肌は全く焼けておらず、真っ白い。顔はどちらかと言うと、かわいい系であり、いわゆる小悪魔系と言われるような部類だった。
その顔を見て、右京は固まった。
「部活の集まりがあって、遅れてしまって……」
その女子は恥ずかしそうに続けた。
右京は汗が背中を伝うのを感じた。これまでの暑さでかいていた汗ではない、ということはしっかりと理解が出来た。
「氏王さん、好きです! 付き合ってください!」
『氏王くん。私、多分氏王くんのこと好きなんだ。付き合わない?』
二人の声が重なって聞こえた。片方は今、目の前にいる女子。もう片方は、封印したい、出来れば二度と思い出したくもない顔の女。
脳裏にちらつく、嫌な思い出。トラウマ。
『そんなわけないじゃん! だって、あんた――――』
頭の中の記憶の再生を止めることが出来ない。無駄にスペックの良い自分の脳を右京は恨んだ。
呼吸が荒くなり、心臓の鼓動は速くなる。汗は絶えず流れ落ち、視界が段々と狭くなる。
右京は壁に手を付きながら、ゆっくりとしたスピードで膝を地面に着けた。
「あの……大丈夫ですか?」
『あれ? 大丈夫?』
右京には自分に近付いてくる足が見えた。心配そうな声は二重に重なる。頭の上で手を伸ばしている気配を感じた。
「触るな!」
「え?」
「近寄るな! もう、どっかに行け!」
右京はそんな女子に怒鳴った。疑問の声臥上がったが、そんなのを気にしている余裕はない。続けて懇願するような雰囲気で叫んだ。
女子はあまりにも困惑したのか、走り去って行った。
それでもやはり落ち着かない。
視界が静かに暗くなっていく。
薄れゆく意識の中で、右京は自分の名を呼ぶ声を聞いたような気がした。




