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お題:慌ただしいキッチン、迷宮、歩く

「あーた! 毎日毎日布団の中でゲームばっかやってないで、たまには太陽の光浴びなさいよッッ!」



頭のてっぺんまで被っていた羽毛布団をカーチャンの馬鹿力でひっぺがされ、筋力の落ちた俺の身体はごろごろと部屋の端まで転がった。


「そーだアンタ、おつかい。おつかい行ってきて。丁度、おせち料理の具材買ってきてほしかったのよね」



布団から起きてダイニングキッチンへ向かう。慌ただしいキッチンからは、アレしてコレしてと、トーチャンに命令するカーチャンの声がこだまする。



「はい、財布とエコバッグ。買ってほしいものはココに書いといたから。」


スウェット姿の俺のことなどお構いなしに、カーチャンは買い物メモと諸々を押し付けてきた。


このクソ寒い年の瀬に、俺は買い出しに行かされることとなった。




外気で肺を凍らせながら、近所の歩いて5分もかからないスーパーへようやく到着した。


しかし、スーパーを前にして俺は入店をためらった。



「入りたくねぇ…」


スーパーの窓から覗き見えるのは、人、人、人。人の集合体である。

自動ドアから人が出たり入ったり…がまるで永久機関のように繰り返されている。しかも皆どこか忙しない。

スーパーなんて普段利用しない(用事はすべてコンビニで済ませる)ため、コンビニとは異なるある種アミューズメント施設に近いその様相に尻込みしそうになった。


…しかし、ここで立ちどまっていても仕方ない。と、勇気を絞ってノロノロと自動ドアを通り抜けた。途中、知らないおばさんにぶつかられてコケそうになりながら、俺は野菜売り場の前で買い物メモをポケットから取り出した。


「っと…買い物リスト…『エビ、ニシン、数の子、くわい』…」


買い物メモをぶつぶつ読み上げると、見知らぬ単語が目に留まった。


「くわい…? くわいってなんだ…?」


くわいという食材をネット検索しようとポケットを漁った…が、見当たらない。


くそ、スマホ忘れた。

他の食材はわかる。エビとかニシンとか、魚介系だろ? 毎年入っているからわかる。

しかし、くわい? くわいってなんだ。文字を眺めても全く想像がつかない。



野菜売り場で固まっていると、横から申し訳なさそうに手が伸びてきた。どうやら女性客が目の前のジャガイモを取りたかったらしい。


ここでようやく、俺の位置が邪魔になっていたことに気づき、あわあわとじゃがいも売り場を退いた。


……考えていても仕方ない。とりあえず売り場を回ろう。そのうち見つかるだろう。




…。

……。


ない。

くわいがどこにもない。



ガラガラと食材の入ったカートを引きながら、スーパーマーケットという名の迷宮を歩き回る。


くわいってなんですか、と訊くか? いやいやいや、お前くわいもしらねぇの? あったま悪ぅ〜って心の中で嘲笑されたらどうしよう。


いや、違うだろ。普通に、そう。普通に訊けばいいんだ。

「くわいどこですか」って。




「あっ…の、ぉ……」


陳列棚にヨーグルトを並べていた優しそうな女店員さんに声をかけてみたものの、俺の微かなHELPは聞こえなかったらしく、こちらを見向きもせずチーズ売り場の方へ移動されてしまった。


「ぁ……」


今ので十割中九割ほど心を折られた俺は、ズコズコと女店員から離れた。


くわい、と書かれたメモを睨む。


この食材さえなければ。俺は今こんなに悩んでないのに…!


実家からまともに家を出ず、交流する相手がカーチャンくらいな俺には、第三者に声をかけるとか無理だッッ!



「おにーチャン、何か探してんの?」


どこからか、馴れ馴れしいオバチャン声が聞こえてきた。それが自分に向けられたものだと一瞬理解できず、振り返った際に眼前に迫る客のおばちゃんにビビり散らかして腰が抜けそうになった。


おばちゃんはずうずうしく買い物メモを覗き見た。


「あーた、おせち料理でも作るの? それともおつかい? えらいわねー」


もう、えらいとか言われる歳じゃないんだが。


気が抜けた炭酸のようになった俺は、おばちゃんに縋るようにあの言葉を漏らしていた。


「くわい…」

「くわい? アンタくわい探してんの? 野菜売り場にあんで」


野菜売り場…? くわいって野菜だったの?


おばちゃんに半ば強制的に連れられた先は、はじめに俺が邪魔をしていたじゃがいも売り場の真横だった。

じゃがいもとサトイモに挟まれた形で、パック詰めされたくわいが縦長に配置されていた。


「くわいの意味は知ってるかい?」


項垂れる俺をよそにオバチャンは続ける。


「くわいはねぇ、芽が出ているだろう? その姿から、出世を願う気持ちが込められているんだよ」


出世だと…? この言葉を聞いてさらに気分が落ち込む。

ニートの俺に、出世を願うくわいを食わせるなんて。しかもそのくわいを探して振り回された俺って…。


俺が忌み嫌う社会の縮図がそこにあった。



正月。

おせち料理のくわいに箸をつけない俺を見て、カーチャンはこう言った。


「アンタ、ゲーマーになりたいんでしょ。だから今年はじめてくわいを入れたのよ。芽が出ますようにって」

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