0005:ギルドを目指そう
それから村を逃げ出すように離れるまでの記憶は曖昧だ。
時間さえ有ればベッドに顔を埋めながら奇声を上げながらのたうち回り、壁に頭を打ち付けてじたばたしていたからだ。
ようやく馬車が来てとにかくあの村を出て離れたいと急いで馬車に乗り込み、半日眠って視界にイカルガ村がなくなってようやく落ち着き、考えることができるようになった。
冒険者ギルドに行ってスピカ・エルトランゼの冒険者証を再発行してもらおうと思っていたがやめた!ただのスピカとして新規登録しよう!預金がパァだが知ったことか!財産と黒歴史を持ち越すぐらいならギルドに寄付したほうがマシだ!
考えを改めると、気が楽になった。
同じ馬車に乗った老夫婦には優しくしてもらい、こちらからは休憩時間に摘んだ薬草から酔い止めを作って渡したり。ほんわかと楽しい時間を過ごさせてもらい、おおよそ人として心地を取り戻した。
とりあえず因縁の村からは離れた。これからのことはこれから決めていくが、とりあえず必要なのは金策だろう。
なんせ残金は50万リフちょっと、一人だし節約すればどうとでもなるけど、使うならそのぶん稼ぐ術はほしい。
「・・・はあ。財布とマジックバッグをルークに丸ごと渡したのは失敗だったな・・・。」
最後のあの日、愛弟子への遺産のつもりで枕元に残したこと自体は間違っていなかったとは思う。
現金としては数千万、マジックバッグの中の素材を売却すれば数億は堅い財産を、死出の旅路に持っているのは気が進まなかったし、そのぐらいなら生き残る面々に残した方が良いと思ったのだ。
ちなみにこれはパーティーとして稼いだ財産のうち防具や武具を買うための共有財産を除き、報酬として個人に分配された分だから煮るなり焼くなりスピカの自由だ。
いやうん、あれは確かに養育費のつもりだったから後悔してるわけじゃないんだよ?死ぬつもりだったし。こうして生き返るつもりなんかなかったし。
けど財布の中身を半分とか、せめてマジックバッグの中の上位素材をいくつか残しておけば、まだ精神的にも余裕があった。
もしあのとき財布でなく冒険者証だけ遺していたらパーティーの仲間であれば預金の引き出しはできたんだし。
いや、まあいいか。どちらこそスピカとして新しい登録をするつもりだし。そもそもスピカ・エルトランゼだと名乗るつもりはない。私はただのスピカ。十歳。それ以上でもそれ以下でもない。
ロベル村で、冒険者ギルドはあっさりと見つかった。ギルドはだいたいその村の一等地に有るし、この村でも例外ではなかった。全国共通の剣と盾を意匠とした看板下の扉を押し開けると、すっきりとした内部が見渡せる。
・・・いや、ほんとにきれいだな?
かつての冒険者ギルドといえば地面や壁は汚れ、空気はこもり、勘違い男は絡んでくる最悪の環境だったのだが、かなり改善されている。
塗装されていない木の素材はむき出しで、素朴ながら美しい木目がほっとする内装だ。荒くれ者どもが集まる場所、という印象はかなり薄い。
カウンターとその上に飾られているSSランクとSランク冒険者の姿絵もまた変わっている。そこに増えた人物画からそっと視線を逸らしてカウンターへと向かう。
「あら、いらっしゃいませ。初めましての方かしら?ご依頼?」
にこやかに対応をされて、そちらのカウンターに歩み寄る。そこには茶色の髪の優しそうなお姉さんが座っていた。戦闘など自衛すら難しそうな女性なのに、カウンターには保護用のカバーすら付けられていない。
胸からトリシャという札がかかっているが、これが名前だろう。
「こんにちは。冒険者の登録手続きをしたいんですけど。」
「あら、そうなの・・・ごめんなさい。あなた年齢はおいくつかしら。」
「孤児なので正確なところはわからないんですけど・・・たぶん十歳ぐらいかと。」
「そう・・・ごめんなさいね。実は冒険者登録は保護者の同意がなければ十五歳からしかできないのよ。」
「えっ!?そうなんですか!!??」
衝撃の事実である。
申し訳なさそうなトリシャが説明用らしい掲示物を案内してくれる。
「ここに書いているんだけどね。かつて冒険者はかなり無法者たちが多くて、その、昔は未成年で経験の浅い者をだまして搾取したり囮として使っていた者がけっこういたそうなの。なので未成年が登録する場合には保護者の方が保証をして、なにかしらの被害を受けた場合にはその人に助けを求められるようにしているのよ。」
「でも孤児はどうするんですか?冒険者ギルドは孤児の独り立ちのためにも使われる手段でしょう?」
孤児院の収容人数は限られている。それ以上に孤児院への寄付金の金額も決まっている。場合によっては自力で稼ぎ、衣食住を手に入れた方が早いと判断する子供は多い。そういう子供が真っ先に目指すのは冒険者だ。本業冒険者でなくても、本業が休みの日に薬草を集めて売りにくるだけの兼業冒険者も多い。子供が危なくない範囲で働けばその日の食料ぐらいは手に入るのが冒険者という職業だ。
「ええ、よく知ってるわね。」
それがこちらよ、と示され、そちらをのぞき込む。
どうやらちゃんとそちらの保証もしてあったらしい。そちらには提携先の孤児院に依頼し。保護者代理と保証金を頼むことと書いてある。
「つまり孤児院がその子供を保証するということね。ギルドにとっても冒険者がつまらない理由で死んだり辞めたりされると不利益だし、何より人道的に何も知らない子供を冒険者が騙したり利用したりするのを許してはいけないの。万が一そういうトラブルがあったときに大人が気付くことで子供を守ることもできるしね。」
「この保証金っていうのは?」
「保護者役への依頼金と思ってくれればいいわ。ただ無利子無期限で報酬から一定割合で自動的に引き落とされるからあまり気にしなくていいわ。保証金は孤児院の運営資金として使われますし、場合によっては次代の冒険者の補償金となります。
それから登録する側の冒険者側には望めば孤児院で安価で宿泊ができます。」
「・・・なるほど。」
保証金は小金貨五枚。孤児にとっては高額だが、まじめにがんばっていればすぐに返却できる金額だ。
食事、宿代というのは生活費でかなりのウエイトを占める。特に駆け出しの冒険者にとっては宿代だけでかつかつになることはしょっちゅうなので、孤児院の一角とはいえ屋根がある場所を格安で与えられるというのはかなり大きい。
返す意志がなくても自動引き落としでも数年後には気づかない間に返却できているはずだ。
どうやら天引きが嫌なら自分で窓口で繰り上げ返却することもできるようだし。後々までつながるめんどくささがあるようならば早々に返却しておけばよいだけの話だろう。
今の所持金額を見ても小金貨五枚は少ない金額ではないのだが、孤児院への寄付だと考えればかまいはしないか。
「ただし保護者がいても年齢が成人になるまではランクE以上になることはできません。15歳の誕生日まであるいは推定年齢を満たす年の登録日までポイントを貯めておいて、その日に一気にランクが上がるイメージですね。」
「ランクFに登録、Eに上がるために必要なポイントは50、Dランクに上がるには100ポイント、DからCには200、CからBには400、BからAには10000、って、最後なんかおかしくない?」
「いいえ。Aランクというのは文字通り冒険者ギルドの顔なんです。なのこのポイントを獲得した上でギルドの上層部による判断での昇格となります。」
「なるほど。」
人格的なものを判断しての昇格となるわけだ。
「ちなみにSSランクとSランクというのはポイント制ではないのでご了承くださいね?」
「ええ・・・知ってます。」
そう、SランクとSSランクはポイント制ではなく、実績をもとに発表される。
SSランクとは、魔王を倒した勇者に贈られる称号であり、Sランクとはその仲間、つまり勇者のパーティーに贈られるものである。
カウンターの上の絵には記憶よりも、金の額縁でスピカが愛したアーサーが、そして銀の額縁でリゲル、サーシャ、ベルガの絵が増えている。
スピカがいないのは単純に生きて帰ってこなかったせいだろう。ゴブリンに殺されようが魔王に殺されようが判定は変わらない。ギルドのそういったきっぱりとしたところは潔いというべきか冷たいというべきなのか。
まあ今回に関してはスピカにとってはよかった。この絵姿はどの冒険者ギルドにも存在するのだ。いくら今の姿とは違うと言ってもこれから訪れるたびに自分自身に見下ろされるのは勘弁だし、もう少し成長して元のスピカの姿に似通っていくのは心臓に悪い。
まあ暮らしていければいいのでAランクも目指すかどうかわからないしいいんだけど。
「この村で提携している孤児院というのは?」
「ええと、表のメインストリートを行った先に川があります。橋を渡る前に建物がありますから、そこが孤児院です。」
「・・・なるほど。ありがとうございます。明日にでも行ってきます。」
そこまでお膳立てをされているのならば行ってみるのも良いだろう。