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0004:誰もが知ってる黒歴史

そんなこともありましたねええええええ。


スピカは一人で頭を抱えた。

ここは宿。借りた部屋のベッドだ。

正直泣きそうを通り越して吐きそう。うえ。

七転八倒、思い出した黒歴史に苛まれて悲鳴すら上げられずのたうち回ってようやく自分を立て直す。


あの教会でがっつり固まったスピカを見て驚いたイーシャはあわててスピカの手を引いて宿まで連れ帰ってくれた。結局目当てだった買い物に改めて出て行ったらしいので、二度手間をさせてしまったわけだ。もうしわけない。


でもわかってほしい。

ここはかつての毒の大地。北の果てで魔王を討ち果たしたスピカが死んだ地であり、それからすでに40年が経っているというのである。


えーマジでー?笑・・・えないわほんとに。


うんそっか。そうなのか。確かに目が覚めたときに見た地形はあの日に最後に見た光景と一致する。この村も、寝床として使い、そのまま逃げ出したあの廃村と同じ場所にある。少しでも早く復興するためにあの村の残骸を再利用したのだとすれば納得がゆく。唯一目が覚めた湖の見覚えが無かったが、あの場所は魔王が住まうという山が有った場所と一致する。

・・・・・あの、山ごと魔王吹き飛ばした記憶が有るんですけどそのときのクレーター・・・え、マジで?


そしてそこから見えたあの教会は魔王を倒した、現王の功績をたたえる為に宣伝としての意味合いが強いようだ。

だからこそ王家はこの場所に教会を建てるための下地としての村を作った。


・・・・現王、勇猛王、アーサー。


はは・・・あいつ結婚したんだって。四十年も前の話で、王妃とは仲むつまじく、近隣の国にまで良い治世をたたえられ、子供どころか孫までいるそうだ。


「・・・・・・・きっつ・・・・・・」


そもそもそれを見たくないがために死ぬことにしたんですけど神様ってばなにが楽しくてこんなことしたわけ?


言い伝えによると死んだのはスピカ一人、スピカが命を賭けて使った魔術は魔王をえぐったが、翌朝までは少なくとも復活しなかったのだろう。


それはよかった。うん、よかった。よかったよほんとだよ。


だけどさーーーーーあ!!!けどさーーーーー!!わかるけどさーーーー!!


さっきちょっと泣いてきたのでまだマシだが、気を抜いたら今すぐ号泣できるレベルである。

っていうか40年ってなにさ。私にとっては昨日やぞ昨日。

いや二百年も生きてるんだし40年ぐらいなにさって言われたらそれまでなんだけどさ。




あの頃の自分はどうかしていたとしか思えない。

破れることが見えた恋とはいえ、その結末を見たくないがためだけにすべてを投げ出し敵前逃亡。しかも悲劇に酔っぱらって後のことも残された者のことも考えずだ。なんと無様なことだろう。


その喜劇がやたらと脚色されて誰もが知る美談として周知され、あまつさえ聖書に記載され、永久保存。大陸中に広まっているのだ。


黒歴史を見も知らぬ赤の他人が残らず知ってるとか控えめに言って拷問この上ない。吐きそう。


唯一の救いとしてはこの”スピカ”は40年前に亡くなっていて、今の”スピカ”とは別人であることぐらいか。


「いやでも実際今の私を見て同一人物だなんてわかる人間がいるとは思えないし。」


”死ぬ”前のスピカの外見年齢は20代の末。黒髪と緑の目は変わらないが、しっかりと豊かな胸の膨らみとほっそりとした柳腰はいわゆる男好きがすると言った風情で、野卑な男に下品な言葉をかけられることも多く、鼻で笑って地面へ縫いつけ、あるいは二階から逆さ吊りにしてやったものだ。


対して今の外見年齢は10歳前後。愛し児であることすら知られる余地のない年齢帯。

手のひらも腕の肉もふにふにと柔らかく頼りない。どちらかと言えば庇護欲をかき立てる幼げな様子に声をかけるのは変態ぐらいなものだろう。


第一聖書ではスピカはドラゴンとして描かれていた。人間であるスピカを見て同一人物だとわかるも者はいないだろう。



一通りのたうち回って腹をくくる。スピカ・エルトランゼは死んだ。それでいいじゃないか。これからは孤児のただのスピカとして、あの黒歴史とは何の関係もない一般人として生きていけばいい。

そう思えばかなり気が楽になった。


枕を抱きしめたままはふう、とため息をついていると、ふと腹が減っていることに気がついた。

なんだかんだ、どんな悲しいことがあっても腹は減るものなのだ。


この宿は食事は別料金だ。

この村には商店が少ない。屋台も夜には閉まるので夜に外食できる店はほとんどない。この食堂は酒屋も兼ねているらしく、村の男たちが楽しげに酒を飲んでいる。


治安は悪くなさそうだ。うんうん、愉快に飲むのは良いことだ。

前の旅の中でも酒場で飲み食いすることもあったが、絡まれなければどうでもいい。杖も無いのに絡まれたら殺さないようにするのが面倒なのでぜひともやめてほしい。


メニューを見れば猪肉のシチューと肉団子が選べたが、がっつり食べる気になったため肉団子だ。果肉と野菜を煮込んで作ったソースがとろりとかかっている。

うま。びっくりするほど旨い。このソースどうやって作るんだろ。

行儀は悪いが一口大を切り分け、パンに挟んで食べていると、ぱちぱちぱち、という拍手が聞こえて、そちらを見やった。


そこには旅の人間らしき男が降りてきたところだった。楽器を抱えているところを見ると、いわゆる旅芸人。吟遊詩人というやつのようだ。


へえ、吟遊詩人なんて今時いるんだ。


旅は長かったが、そんなものに出くわしたことはない。珍しいものを見たな。と思って、いや、と考え直す。

スピカが旅をしていた頃は人はモンスターに押され、その居住区をどんどんと南に追いやられていた。

魔王に近い、北の側ほど空気がよどみ、モンスターが凶暴化し、人が住める場所ではなかった。

だからといって南が平和だったかと言えばそうでもない。今は生きてゆける、だが明日どうなるかわからない。自分の村には北から逃げてきた難民たちが座り込み、治安が悪くなっていく。北ほどではないにしろ、モンスターは狂暴化し、村の外にある田畑にもおちおち向かえない。


戦争中だったのだ。と、今ならばわかる。国どうしではなく、モンスターと人との戦争。

一般人の生活が脅かされ、嫌が応にもそれを意識せざるをえない日々。

今日の、明日の衣食住がどうなるのか不安がひたひたと忍び寄る日々。


スピカは200年を生きた。長命ではあったが、魔王がいない世界を見たことは無い。スピカが子どもの頃はいわゆる休眠期ではあったはずだが、村から一歩出れば魔物に襲われない保証などどこにもなかった程度には物騒な時勢だった。


だというのに、今この酒屋に集う人々の顔は明るい。一日の労働を押し流すための酒を楽しんでいる。明日の不安をごまかすためのそれではなく、明日の仕事のための活力を得るための一杯。

戦争中には人の心に余裕がない。

どれだけすばらしい歌を歌っても日々の糧は得られない。それどころか殴られたり脅されることだってある。


赤ら顔の男たちが今日の糧を食べ、騒ぎ、そして酒を楽しめる国。


この光景はきっと、アーサーが作り出したものなんだろうな。そう思う。

北の果てに住む平民が明日のご飯を心配しなくてもいい国を作ったんだろう。


少しだけ胸が痛む。だが同時に、こんな風に誰しもが平穏な日常を享受できるというのなら、あの旅はやはり無駄なものではなかったのだと誇らしくも思う。


そんな思いを抱いたままぼんやりと吟遊詩人を見つめていると、弦楽器を抱えた男は楽器をつま弾きながら呼吸を整えて周囲を見渡した。


「さて、昨夜ぶりでございます、の方も初めましての方もいらっしゃると思いますが改めて名乗らせていただきたく思います。当方は吟遊詩人の、名はニケーレ。どうぞ宜しくお願いいたします。」


にこやかにほほえむその男に指笛が飛ぶ。すでに酔っぱらっている数名からは待ってました!という声もかかる。


「さて、本日語る物語ですが・・・・この村でほかのお話をするほど野暮なお話はありませんでしょう。」


ぴゅい!と、再び指笛が鳴る。


「本日語りますは勇猛王アーサーの物語、そして優しき神の御使いの物語です。」


げ!と、スピカが悲鳴を上げるも、わあっと満ちた野太くも華やかな歓声に押しつぶされた。


その歓声が引き始めた瞬間、ことさら強い弦の音が空気を裂いた。





かつて荒れる国を憂う乙女。彼女の嘆きを聞いて、彼女の憂いを晴らすため、少年は魔王を倒す旅に出る。

野を越え山越え川越えて、進む彼の目の前を遮るは恐ろしきモンスターたち、彼が危うい立場となったとき、黒い髪の乙女がその手助けをして彼は無事難関をくぐり抜けた。


けれどそれから先もその乙女は、彼が危機に陥るたびにどこからともなく現れて彼を助けてくれる。


仲間が増え友と手を携え進む彼は、乙女に手をさしのべられるたびに少しずつ強くなってゆく。


そうして旅の終わり、最後の戦いで勇者は敗れる。仲間たちも手の届かないほど遠い闇の虚へと落とされ絶望する勇者の前に、けれどあの乙女が現れる。


あああなた、こうなってしまってはわたしの手も届かない。どうぞ目を閉じていて。あなたに私の真実を知られたくなどなかった。私の姿をどうか見ないで。


乙女は嘆きながら漆黒のドラゴンになり、彼を背に乗せて虚を出て魔王の元へと戻ってきた。


勇者たちはその漆黒のドラゴンと力をあわせて戦い、魔王を退けることができた。


魔王を退治することができた彼らは、けれど喜ぶことはできなかった。


黒のドラゴンは満身創痍で、彼女が助かることがないことは誰の目にも明らかだったからだ。


わたしは獣神にもたらされたあなたの守護者。あなたの旅路を守るもの。けれどいつしかあなたを愛していた。

見守ることができれば良いと思っていたの。だというのにいつしかあなたに愛されてみたいと思うようになっていた。

どうか愛の形見としてこれを受け取って。


それは小さな白い石だった。それを受け取った瞬間、石は小さな白いドラゴンとなり、獣神のところまで飛んで行ってしまった。


「王都へと戻った勇者は国を憂う娘と結婚しました。そしてその国の姫君であった娘とともに国を守る王となりました。

この国は獣神の守護を得た国として大きく発展することになりました。」


結びの言葉に、酔っぱらいたちが歓声を上げ、金を投げる。

しっとりとした歌声に似合わぬだみ声の歓声だが、酔っぱらいは気にもならないらしい。わいわいと楽しげに金の雨を降らせている。


まあこっちはそれどころじゃないんだけどね!!!



スピカは真っ青な顔を手で覆いながらうなだれていた。


悪夢だ。


かなり聖典から変更が成されているが、これは今の代の王、つまりアーサーの物語だろう。

つまり黒いドラゴンはスピカで白いドラゴンはルークで・・・???


え、何で?え?なに?何で?


何で”スピカ”が黒いドラゴンの化身ってことで民間にも定着してるのかとかやたら平民に人気があるのか、つっこみどころは一杯あるけど。



何で私がアーサーに惚れてたことが歌になってんの?

ってことは下手するとこの国の人間、ひいてはアーサーまでこのこと知ってるんじゃないの?


は?マジ?本気でそれ言ってる?嘘じゃなくて?


は?は?は?

おまえ何言ってんの?馬鹿なの?


聖典だけならばまだいい。スピカという名の魔術師は神の眷属でありアーサーを守るべく動き神の元へと戻った。そこにあるのは使命感であり神への信仰であった。うそっぱちだが別に良い。教会は神が人を今も気にかけ、見守っているという物語を好むのは知っている。脚色がそっちに寄るのは編集する人間の好みがあってこそだ。

だがこの物語はどうだ。スピカが死んだのはアーサーを守りたかったからであり、そこには愛があった。


いや何で改変した方が真実に近づいてんの?

っていうか私がアーサーに惚れてたって全世界知ってんの?

いやむしろもしかしてアーサーもこれ知ってたりしないよね?


やだ無理ほんと無理死ぬ。


食堂の片隅で世を儚み始めたスピカの横では、酔っぱらいたちが獣神を称える歌を歌い始めたのだった。







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