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自爆特攻魔術師スピカの目覚め



脳髄が痺れるような深い眠りがわずかに浅くなった自覚があった。

疲れ切り、それでも倒れるわけにはいかないとぎりぎりまで粘ったあげく力つきベッドに倒れ込んだときのような充足した睡眠だ。このまま起きるのは少々もったいない気すらしてしまうような甘い甘い眠りだ。眠って眠って、頭の一番奥の奥の部分が温めたバター色にとろけ、周囲ににじみ出していきそうな眠りだ。


夢と現をたゆたいながら、この世の幸福を味わいつつも、今にも胸元から抜け出してゆきそうな眠りの妖精の袖を引き、たぐり寄せ、再びその胸元へ閉じこめようと悪足掻き。



ああ目覚めたくない。現実になど戻りたくはない。


見逃してくれ、許してくれ。できれば世界の終わりまでここにいることを許してくれ。

あれだけ苦しんで泣いて泣いて泣いて。ようやく終われたというのに、何故こんな目覚めが近づいてきているのか。



・・・・・・・・・・あれ?


なんで生きてるんだ私。





ティルナノグ大陸には千年に一度魔王が生まれ、それを倒したものを勇者という。

スピカは勇者候補であるアーサーの仲間である魔術師だった。が、仲間達の隙をついて一人魔王を倒すべく戦いを挑み、結果相打ちになった。

聖なる力を持つ剣を持っているのは勇者のみ。彼がとどめを刺してくれなければ犬死となることを承知の上での自爆特攻だった。

だが彼ならやりとげてくれるだろう。

心残りはあったが、スピカは魔王と共に散った。


散ったはずだ。

確かにあの時、ティルナノグ大陸の北の果てでスピカは魔王を巻き込んで自爆した。



違和感に、半ば閉じたままだった眼を開く。うすぼんやりとした視界はやけにきらきらしく、思わず眉根を寄せたスピカは不機嫌にうめき声を上げようとして、


そのうめき声が泡となって立ち上るのを視界の隅に見て、反射的にー思いっきりー水を飲んだ。


「ぼががががっ!!??」



反射というものは生きるものが持つ原初の抵抗である。考えるより先にがむしゃらに動かした手足は、運良く体を水面まで持ち上げた。どこをどうしたのか、岸辺にたどり着いたのは完全に無意識の幸運というやつだった。顔中出せる水分は全部出す勢いでせき込み、吐き出し、どうにかこうにか呼吸というものを再開すると同時、その小さな花のつぼみのような唇からは汚い怒声が響きわたった。


「あ゛ーーーーーーくっそ!!げほっごほっ、・ぁーーーー!!鼻いったい!ってゆーかきっもちわる!頭がんがんする・・・吐き気する・・・うー・・・気持ち悪。」



怒りに任せて荒っぽい怒声を吐き出し、ぜはぜは、とようやく落ち着いてきた呼吸を意識的に深くし直したスピカは文句を盛大に吐き出しながら重く濡れて体にまとわりつく自分の黒い髪を背に戻した。


「はー・・・・・・ここどこ?」


空はいっそむかつくぐらい晴れ渡っていた。


”最期”に見た空はそれはもう毒々しい、というか毒の成分をたっぷり含んだ雲が厚く覆い尽くしていて、地面もそこにかつて生えていた草の名残もひどく汚れ灰をまとったような世界だった。

もう何日もそんな場所を歩いていた。毎日毎日毒消しを飲みながらただ足を進めて、守護を重ね掛けして精神浄化をかけて歩いていた。

倒した魔物の肉を焼き、泥水をすすり、地面をはいずっていた。


ただただ、魔王を倒すために。


胸が悪くなる光景、記憶をとりあえず置いておいて周囲を見渡す。


だというのにここはどうだろう。地面に短く生えた草が座り込んだ足にちくちくと刺さってくる。空には高く太陽が据えられ、おおよそ昼を過ぎた頃だと知れた。

ついでに言うなら落ちてくる光は強く、けれど風にはまだ少しだけ冷たいものが混じっている。風に甘いものが混じる晩春、かすかに夏にさしかかるほんのその前日、といった時期だろうか。


だがわかるのはそれぐらいだ。


一瞬天国にでもきたか、と思ったが、そうでもないらしい。


さっき自分が出てきた湖が背後に広がっているが、そのほとりには白い建物があった。教会だろうか。建物としてもかなり新しく見えるし、何より建物としては小さめだが、遠目に見える窓がステンドグラスのようでかなり豪華な作りだ。なにより奇妙なのはその立地だった。

本来教会というものは村なり町なりの中に作られる。祈りの場所であると同時に集会所、あるいは病院といった側面もあるのだから自然とそうなるのだ。

遠くに木々が生え揃った小さな林や小さな村のようなものは見えるが、この教会を含んでいるとは言えぬほどの距離。明らかに人の営みとは距離を置いた立地。


珍しいな、と思ったが、まあいいか。と思うのも早かった。どうせ何年も教会になど行っていない。


とりあえず装備を確認。と、長年の旅経験がそうさせた。

うっかりもののシーフが見落とした罠にかかり分断されたときも、おひとよしの勇者が依頼人にだまされたのに巻き込まれて誘拐されたときも、うっかりワイバーンの爪にひっかかって一山とばされたときもあった。そういう修羅場をくぐり抜けてきたスピカにとっては自然な話だった。



顔を半分覆う防具兼雨具兼寝具のローブ、右のベルトの薬を吊していた部分に伸ばした指先はすかりと空を切り、左のベルトの杖を吊していた部分に伸ばした指先はかすり、と宙をなでた。


「・・・・・・・・・・・・は?」


ひく、と顔がひきつり、声が裏がえる。

右はいい。どうせ消耗品だ。充填しようと思えばすぐだ。だが左はだめだ。魔術師であるスピカにとって、杖がない、というのは死に直結する。


「いやいやいやいや待って!?嘘でしょマジで!?」


外ポケットを探った手にも内ポケットを探った手にも、何も触れなかった。うっかり財布やマジックバッグを入れた手でほかのポケットに入れた訳でもないらしい。


「ひ ぇ?」


ばたばたばた、と動かしていた手が、服の内側に触れて硬直した。


今 なんか にゅるん てした。


あわてて取り出した手には何か緑色のものが付いていた。

何の呪いだと思わず鳥肌を立てたが単なる水ゴケだ。・・・なんだ苔か。


「いやいやいやいやいや!!違うでしょなんだじゃないでしょなんで苔!?なにこれ怖!なんで!?」


ローブをたくしあげて服をまくると、腹には緑の色がまだらにひろがっていた。しかも何かに生えていたそれをひっかけてこびりついたそれではない。生えている。明確に。自分の肌に。


「いっ・・・ぎゃああああああああああああああ!!!!!」


リューティア歴39年、6月20日、魔術師、スピカ・エルトランゼの冒険は誰にも知られることなく悲鳴から始まった。





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