そっとしておいてあげましょう
「ここがアイシアの故郷かぁ」
「はい。田舎の洞穴ですよー」
「ドワーフの里は初めてなので、楽しみです」
『自分、うっかり元のサイズに戻らないよう気を付けないとっすね。首輪絞まるし』
アイシアの故郷、特に名前のないドワーフの里。
それは岩山のひとつを蟻塚のように掘りぬいた洞穴だった。
きちんと石レンガで舗装されていて、天然の洞穴ではないようだ。
「坑道も兼ねていますからね。流石に住居付近は新しく掘ったりしないので、崩落の心配はいりませんよ」
ゆるやかな上り坂になっているのは、酸素確保のためだろう。
日本でもトンネルとは中心が山になるように作られていると聞いたことがある。
私たちは魔導車を降りて(元々拠点の方にいたので格好だけだけど)、坑道を進む。
迷わず進むアイシアに、私とディア君、おまけのアーサーが付いていく。
少し進むと空気を通すために鉄格子となっている扉があり、門番の髭もじゃドワーフが居た。
「ん、客か……何モンだ? 商人か?」
「兄ちゃん! 久しぶり、私だよ!」
「って、アイシアじゃねぇか! 変わらねぇな、元気してたか?」
なんとアイシアの兄だったらしい。叔父さんとかお父さんじゃなくて兄。
そして砕けた口調のアイシア、新鮮だなぁ。
「思ってたより性差すごいなドワーフ」
「ええ、驚きました。男女でこれほど見た目が違うんですね」
「ん? エルフと人間と……おい、ちいせぇけどドラゴンじゃねぇか!? な、なんだよ、暴れたりしねぇよな?」
「大丈夫だよ兄ちゃん。アーサーは大人しいドラゴンだよ。ほら挨拶」
『初めましてっすー!』
こんにちわ、の単語帳ページを開いて見せるアーサー。
「お、おお!? これはこれはご丁寧に。……なぁ、ドラゴンと話しちゃったよ俺。これ皆に自慢できるぞ」
「これから皆に挨拶するんだから、自慢するなら他の里の人にしようね。あ、それと少し前にサティとも会ったよ。元気にしてた」
「あー、アイツのことは心配してねぇよ。むしろお前の方が騙されて奴隷にされたりしてないかって心配だったわ」
うん、それは大当たりだね。絶賛奴隷だもの。
「奴隷だけど良くしてもらってるよ。あるじ様に買われるまでは結構大変だったけど……」
「えっ、マジで奴隷になってんの?……あー、そっちのお嬢さん達が主人?」
「うん。カリーナ様っていうの。とってもすごいあるじ様だよ、国の2、3個滅ぼせるんじゃないかな」
「ナニソレ怖い」
アイシア? そりゃまぁ出来なくはないけどなんで私でお兄さん脅してるの?
「あるじ様にナメた態度とったら、私が兄ちゃんのこと処すからね!」
「お、おうっ。……あの、カリーナ、さん? ウチの妹に何かしました?」
「いやぁ……ちょっと傷の手当と衣食住の面倒みたくらいしか記憶がないですねぇ?」
本当に心当たりがないのだけど。
いつのまにこんな忠誠上がったのさアイシアさんや。
「ちょっと。兄ちゃんからあるじ様に失礼の無いように、あらかじめ里の皆に言っといてくれない? ついでに私もあるじ様に良くしてもらってるから心配しないようにって」
「お、おう。分かった。中にはアイシアが奴隷にされてて怒り出すヤツもいるかもしれないもんな。きっちり言い聞かせておくから少し待っててくれ」
「よろしくね、くれぐれも」
兄に対してニッコリ笑いかけるアイシア。
門番の兄はそそくさと里の中に入っていった。
それを見届けて、アイシアはにこっといつもの笑顔を私達に向けた。
「あるじ様、これで多分色々大丈夫です! 問題が起きたら私が処します!」
「……う、うん。アイシア、なんか随分キャラちがくなかった?」
「敬うべきあるじ様と血縁では態度が変わるのは当然ですよ」
まぁそれはそうだけども。
「でも正直家族よりもあるじ様の方が大事なので、何か無作法があったら遠慮なくおっしゃってください、せん、矯正するか処しますので!」
「ねぇディア君。アイシアなんかテンション高くない?」
「ご実家訪問で気合が入っているんでしょう。そっとしておいてあげましょう」
ともあれ、お兄さんが戻ってきてまずは里長に挨拶することになった。