第三章12 『潜入』
闘技場ドームの5階西側エリアの通路にシャノンはいた。
通路に置かれていた観葉植物に身を隠しながら、6階VIP席に通じる扉を見ている。
「やっパ、見張りは居るよナ」
扉の前には、屈強な2人のガードマンが立ちはだかっていた。まるでラグビーの選手のように、筋骨隆々の2人組だ。小柄なシャノンなら片手で取り押さえられそうな程の巨漢だがーーー、
「ぶっ飛ばす訳にはいかないしナー」
実際は逆だ。
大柄な男2人程度、シャノンなら片手間で片付けらる。
だが、シャノンの目的は彼らを倒す事ではなく、6階VIP席にいる米倉から《烙印》の簡易魔導書を奪取する事だ。
今この場で、揉め事や荒事を起こす訳にはいかない。
「ーーー簡易魔導書を奪って破棄した後、闘技場ドームからも逃げにゃならんシ・・・極力、いや絶対に騒ぎを起こす訳にはいかんナ」
ならば、と思いシャノンはーーー、
「ーーー《隠者》」
と呪文を唱えて、パチンと指を鳴らした。
「こっそり忍び込むしかないわナ」
《隠者》ーーー第2位回に位置する魔法である。他者からの認識を阻害する効果があり、主に敵から身を隠したい時に用いられる。
ちなみに、姿を消せる訳ではないので物音を立てたり、敵の目に堂々と映ったりすると魔法は解ける。
「流石に堂々と近づいテ、扉を開ける訳にはいかねーナ。ならバ・・・」
シャノンは手で空を切る。すると通路の先で、カンッ と大きな音がした。
扉を守る2人のガードマンが顔を見合わせる。
このVIP席に通じる扉の付近も、原則立ち入り禁止となっている。だからだろう、大きな物音にガードマンが敏感に反応した。
「誰か居るのか? ここは立ち入り禁止だぞ」
ガードマンの1人が物音がした方へ行く。だが、その先には誰もいない。シャノンが魔法で出した音だからだ。
「《雑音》。上手く行っタ」
《雑音》ーーー第1位回魔法。術者の周囲で音を発生させる魔法。その範囲と音量は術者の魔力量に比例する。《達人級》の魔道士なら数十キロ先で爆音を轟かせる事もできる。
「後もう1人」
シャノンは扉を指差して《雑音》を唱える。ドンドンッ と、まるで扉の内側からノックされた様な音が響いた。
「? どなたか居らっしゃるのですか?」
残っていたガードマンが扉を開ける。おそらく、VIP席の要人の誰かが階下に降りてきたと思ったのだろう。
だがーーー、
「あれ? おかしいな」
扉の向こうには誰もいない。
首を傾げながら扉を閉めるガードマン。
その瞬間、《隠者》で認識を阻害したシャノンがするり、と扉を潜り抜けた。
まるで、猫が部屋に滑り込んむような動作だ。ガードマンは全く気づかなかった。
「よシ・・・」
扉を潜ったシャノン。
その先には階段があり、そこを登り切ると6階VIP席に辿り着いた。
6階は階下とは異なり、まるで一流ホテルの様だった。
通路には、赤い下地に幾何学模様をあしらえた高級そうなカーペットが敷かれてある上、仰々しい壺や絵画が飾られてあった。
等間隔に扉があるため、席は全て個室なのだろう。
「うヘー、下とは大違いだゼ」
嘆息混じりに、そう口にしたシャノン。
「さテ、悠長にしてられんシ、さっさと米倉を見つけたいガ・・・」
シャノンは左右を見る。緩やかに曲線を描く豪奢な通路だ。
人の通りは無さそうだ。個室があるので、わざわざ通路に出てくる者など滅多にいないのだろう。この点は、シャノンに好都合だった。
だがーーー、
「どの部屋ダ?」
シャノンは米倉の居場所を知らない。
ナノデスから西側エリアの6階VIP席に居ると聞いて、ここまで来たが、部屋が無数にある。
軽く数えて、30〜40部屋ほどあるだろうか。
「これ全部 確認していくのは面倒いゼ・・・」
げんなり、とするシャノン。
だが、文句を言っても始まらない。仕方なく、手近な部屋から調べていく。
(ナノデスから聞いた米倉の特徴は、小太りで小柄な40過ぎの男性・・・確カ、首がなくテ、ほぼ体に直接 顔がついてるかの様な見た目だよナ)
扉をゆっくりと開けて室内を改めていく。基本的に人がいない部屋はスルーだ。
米倉の姿を想像しながら、特徴に合致する人物を探していく。無論、《隠者》の魔法で身を隠しながら。
いくつかの部屋を確認したシャノン。残念ながら米倉の発見には至らなかった。
「クソ・・・部屋多すぎるだロ」
悪態を吐くシャノン。
探す範囲が広いのと、たまに警備のため巡回してくるガードマンを躱しながらの捜索だ。思っていた以上に時間がかかる。
そうこうしている内に、《怪物闘技》第2回戦が始まってしまった。
「早く米倉を見つけてカトウの《烙印》を解除しなくちゃナ・・・1回戦はなんとか生き残ったが、次はどうなるか分からんシ・・・っ!」
シャノンは背後から気配を感じて、通路に置いてあった観葉植物の影に身を隠す。
すると、2人組の男が歩いてやって来た。
何やら話しているようだが・・・、
「木更津さん。国王の奴、なんか言ってました?」
「あー・・・ブチギレてたよ。ま、自慢のモンスターが人間なんかに負けたとなりゃ、キレもするだろ」
「マジっスか。やばくないっスか、それ」
「大丈夫だろ。もう1体のモンスターがいるし」
「アイツっスか。まぁ、確かにアレはただの人間なんかに負けたりしないっスよね」
その言葉を聞いた木更津は、にやり と相好を崩す。
鼻持ちならないとは、今の彼のためにある言葉のようだ、と物影から彼の顔を見ていたシャノンは思った。
「さぁー・・・わかんねぇよ、それは。だってよ、相手がただの人間じゃねぇからな」
「え?」
「《覚醒者》だよ。あの加藤 兵庫とか言う奴」
「え!? えぇ!!? マジすか! 木更津さんと同じ!?」
「あぁ」
「えっと・・・それじゃ、攫いますか?」
「なんで?」
「東京での戦争に使いましょうよ。《覚醒者》はどんな能力であれ、相当な戦力ですよ」
「いや、それはやめとこ。東京の方の戦争は もう終わるよ。今更、戦力増やしたところでなー・・・」
「ぅ・・・そうっスか。なら、今回は組織に土産はなしって事っスね」
「いや・・・」
木更津は、さらに意地悪く口元を釣り上げる。
「もっと、いい奴を見つけたんだ。そっちを攫おう」
「もっといい奴?」
「あぁ。実はな・・・」
2人組の男は徐々に遠ざかっていき、話し声を聞こえなくなった。
「アイツら、東京の組織の連中カ・・・《大和王国》には《東京抗争》の資金集めで来てんのかナ」
嘆息を漏らすシャノン。
「まったく、日本は東も西も問題だらけだナ・・・」
と その時ーーー、
「アナタ、何しているの?」
「ーーーっ!!?」
突如、背後から声が聞こえてきて、シャノンは振り返る。
視線の先には、腰まで流した綺麗な黒髪が特徴的な美少女だ佇んでいた。




