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第一章5 『旅は道連れ』

 早朝。

 佐伯と島田のふたりは、素早く荷物をまとめて宿である潰れたネットカフェを後にする。


「先生、この先どの道で行きます?」

「国道2号に出てそのまま真っ直ぐ・・・!」


 ふたりの足が止まる。

 ネットカフェの入り口の前でひとりの男が座り込んでいた。

「何をしている加藤?」

 無論、男とは加藤 兵庫だ。


「俺もふたりについて行く事にした」

「はぁ!? お前、昨日 先生が言ったこと忘れたのかよ。この街に置いていくって言ったろ!」

「自分のことは自分で考えろとも言われた! 考えた結果、ふたりについて行く。迷惑はかけない。世話をして貰おうとも思わない。自分のことは自分でやるし、ふたりの役にも立つ」

「危険な旅なんだよ! お前が思ってる以上に!」


 島田の言うことはもっともだ。それは、昨日 加藤も身を持って嫌というほど理解した。


 だがーーー、

「恩を返したいんだよ」

 加藤は、食い下がる。


「はぁ?」

「いきなり、世紀末みたいな世界で目が覚めて、怪物に襲われて、死にかけたし、すごい不安だった! そんな時に助けてくれたアンタたちだよ。その恩を返したい!」


(・・・まぁ、知らない街にひとり置いていかれるのが不安ってのもあるが・・・)


「だとしても、だ! だいたい、お前 旅の準備なんてしてない、だ・・・ろ?」


 島田は首を傾げる。加藤の背には、リュックが背負われてる。見た感じ旅の荷物は一色揃ってそうだ。


「お前、それどうしたんだよ?」

「昨日のうちに揃えた」

 目を丸くする島田。

「揃えたって、え? どうやってだよ。お前 昨日一文なしだって・・・まさか、盗んだのか!?」


 《草野の街》での犯罪行為は御法度だ。窃盗でも罪を犯した者は、片腕を切断されて追放される。


「まさか。そんな事するかよ。買ったんだ」

「買ったって?」





***************





 昨夜のことだ。

 佐伯と島田の二人と別れた後、加藤は出店のテーブルで自分の今後のことを真剣に考えていた。といっても、選択肢は限られている。街に残る。それしか無いだろう。


「けどなぁぁぁあ・・・」


 加藤は、テーブルに突っ伏して唸るように声を上げた。

 突如、荒れ果てた世界に放り出されて、死にかけて、挙句に知らない街に置いてかれる。

 ついこの間 ーーと言っていいのか分からないがーー まで高校生だった加藤とっては不安なことだ。


「この世界のこと、まだ全然しらねぇしな。・・・あ!」


 加藤はふと思う。この世界に自分を知っている人は居るのだろうか、と。

 自然と友人たちの顔が頭をよぎった。


「二十年経ってんだよな。じゃあ、俺の友達はみんな30後半か・・・。いや、そもそも生きてるのか?」


 世界規模での天変地異に正体不明の怪物の出現。

 加藤も今日だけで何度も死にかけた。友人も もしかしたら、もう・・・。


「クソっ。生きてんのかなぁ。あいつら・・・」


 いや、それより今は自分の心配が先だ。と、言い聞かせて頭に渦巻く不安を払拭させる。

 加藤は、頭を上げて、テーブルの上に自分の持ち物を広げる。と、言っても島田から借りたままの手榴弾とタバコ一箱だけだが。


「初期装備として、これはどうなんだ」


 借り物の武器にタバコだけ。

 まぁ、部活途中だったから、貴重品等は部室のロッカーに入れたままだから仕方がないがーータバコは、喫煙者の先輩に無理やり押し付けられた。


「しかし、世紀末の世界を歩き回るには、ちょっと心許ないな」

(手榴弾は使えそうだが・・・つーか、これ島田に返さなくていいのか?)


 やはり、今の装備に状況を打開する力は無さそうだ。と、その時ーーー、


「おいあんた!」


 声をかけられて加藤は振り向いた。

 そこには、禿頭(とくとう)の中年男性がひとり。興奮した面持ちでテーブルのタバコを指差している。


「それって、タバコか!? 保存も良さそうじゃねぇか! どこで手に入れた!?」

「は? えっと、知り合いに貰いました」

 男性は目を見開く。

「な、なななんて気前のいい知り合いだよ! そんな貴重品ゆずるなんて!」

「貴重品?」

「なぁ、少年! 一本でいい! 吸わしてくれねぇか? 金なら出す!」

「え・・・?」


 頭を下げる男性とテーブルのタバコを交互に見る。


「貴重品? これが貴重品なんですか?」

「そりゃあな。タバコなんて久しく見てねぇからな。ここより大きな街に行けば分からんが、こんな小さな街では、タバコなんて嗜好品は貴重だよ」

「そう、なんだ・・・。!」


 加藤は、妙案が降りてきて、立ち上がる。


「悪いおじさん。これ貴重だからあげれないよ。じゃ!」


 そう断って、加藤は走り出す。背後で男性が情けなく叫んだのが聞こえたが無視する。


(確か、ここへ来る途中に見かけたあそこなら!)


 加藤が向かったのは、商店街の中ほどにある道具屋だ。

 かつては、100円ショップだったのか、100均の看板の上から道具屋とスプレーで上書きされている。

 店じまいをしている店主を呼び止める。

 初めは、渋々対応していた店主だったが、加藤のタバコを見せると人が変わったように丁寧な対応になった。

 どうやら、出店の男が言っていた通り、タバコは高級な嗜好品らしい。


「あんたそれ何処で手に入れた?」

「知り合いに貰った物なんだけどさ、ここで買い取って貰うことはできます?」

「あぁ、もちろん。ウチは買い取りもやってるからな。そんな貴重品を売ってもらえるのは、こちらとしてもありがたいよ」


 道具屋の店主は、まじまじとタバコを見る。鑑定でもしているのか、と思えば、次は加藤にじっくりと目を向けた。

 その視線に加藤は一瞬たじろぐ。


(なんだ? まさか、年齢とか聞かれたりするのか? いや、でも世紀末の世に未成年の喫煙をどがめる法律なんてあるわけ・・・)

「支払いは現金か結晶のどっちがいい?」

「え? えーと・・・」


 尋ねられて、加藤は一瞬 混乱した。


(・・・結晶ってなに? 世紀末の通貨か? そもそも物価の基準が分からん。現金だとしたらタバコ一箱は、この世界で幾らくらいになるんだ?)


 うぅぅん、と悩む加藤。


(世紀末の通貨に疎いと思われたらタバコをぼったくられるかもしれない。いや、でもぼったくりって犯罪だよな? この街で犯罪は御法度のはず・・・ん!)


 不意に棚にかけられた《旅人セット》なるリュックが加藤の目に入る。


「・・・お客さん、どうします?」

「あの、旅人セットは?」

「あぁ、旅の道具が一色入ってるリュックですよ。初心者向けの旅のセットですね」

「旅のセット・・・」

「でぇー・・お客さん、支払いは? 現金で宜しいですか?」

「あの《旅人セット》をください。で、残りは現金で結構」


 ぼったくられない為、ふっかける。


「あぁ、分かりました。すぐご用意しますね」

 店主はそう言って、棚から旅人セット、カウンターの奥から一万円札を数枚取り出して、手渡してきた。


「え? こんなに?」


 加藤は旅人セットと現金五万円を手に入れた。

 




***************





「という訳で、俺はこの荷物と五万円もの大金を手に入れた!」


 タバコ一箱でこれほどの買い物をできたことが嬉しくてたまらず、自慢げにそう言う。


「タバコなんて高価な物をよく持っていたな」

「持つべきものは、喫煙者の先輩ですよ」


 加藤は、札束を佐伯と島田に見せびらかす。五人の諭吉がひらひらとゆれる。


「五万って大金なのか?」

「え?」

「世界が崩壊してから現金なんて紙切れ同然だからな。その五万ほとんど価値がないぞ」

「え? えぇ?」

「ぼったくられたな。支払いを結晶にするか現金にするか聞かれただろ。なんで結晶で受け取らなかった?」

「結晶って? あっ」


 佐伯の言葉で加藤は昨夜のことを思い出す。確かに店主から支払いを結晶にするか現金にするかを聞かれた。


「聞かれたな。それは、相場をよく分かってない奴への騙し文句だぞ」

「マジで!?」

「その小綺麗な格好から世間知らずのボンボンだと思われて、ぼったくられたな。馬鹿な奴だ」


 島田が呆れ顔でそう言う。


「この街じゃ、犯罪行為は御法度だろ! いいのかそれで!」

「お互い納得の取引だったんだろ。諦めろ」

「ぅ・・・確かに」


 加藤は崩れ落ちる。

 貴重品をうまく売り捌けたと思っていたはずが、実はぼったくられていたとは。勢いで行動した自分を猛省(もうせい)する。


「先生、行きましょう」

「あぁ」


 佐伯と島田は歩き出す。


「・・・ぁ」


 加藤は後を追おうとしたが、足を止める。

 自分のことは自分ですると豪語しておきながら、ひとりでは まともに買い物すら出来ない体たらく。

 加藤がふたりついて行く資格などあるはずもない。


「来ないのか加藤?」

 だから、佐伯の言葉に驚いた。

「え!?」

「先生!?」

「いや、俺がついて行っていいんスか? 迷惑かけると思いますし」

「いいも何も、お前が決めた事だから俺がどうこう言うつもりは無い。それに、俺たちはお前が言った通り、世話を焼くつもりも迷惑をかけられるつもりもない。意味はわかるな?」


 佐伯はさらに言葉を続ける。


「まぁ、お前がついてこないなら、それでもいい。だが、この先の街道に盗賊団のアジトがある、と言う情報がある。その頭目が《覚醒者》であると言う情報もな」


 確か、昨日 島田が仕入れてきた情報だ。


「そんな道中、俺としては同じ《覚醒者》がついてきてくれたら頼もしいがな」

「ぁ・・・」


 佐伯はそう言って、再び歩き出す。後を追った島田が、突っ立たままの加藤に声をかけてきた。


「来ないのか? 加藤!」

「! 行く。行くよっ!」


 その言葉で、弾かれるように佐伯と島田の後を追う加藤。



 ぼそり、と島田は佐伯に耳打ちする。


「先生。俺は、正直まだ加藤を信用はできません」

 島田は振り返り、加藤に目を向ける。

「悪い奴には見えませんけど・・・」

「俺もまだ信用はしていない。だが、役には立つはずだ。この旅にも、今後にもな・・・櫻井も喜ぶだろ」


 佐伯はにやり、と笑う。


「・・・先生、まさか狙ってましたか? 加藤が自分から旅について行くって言うことを」

「まさか。だが、《覚醒者》が仲間になってくれたのは心強い。貴重な人材だからな」

「どういう能力かも分かりませんけどね」

「まぁ、そう文句ばかり言うな。旅は道連れだ」

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