第二章33 『再会』
「ーーーこれが、《怪物闘技》・・・」
眼下に広がる闘技場のフィールドを、ショッピングセンターがある2階フロアから見下ろしていた加藤は、冷や汗が止まらなかった。
今まさに、ひとりの貧相な男が毛むくじゃらの巨人の棍棒に叩き潰された瞬間だった。
舞い上がった土煙りが徐々に晴れていくと、数秒前まで人間だった存在が、血と臓物と泥で汚れた地面のシミとなっている。
よく見ると、闘技場の至る所に同じようなシミが見受けられた。あのシミも、今みたいに巨人に潰された者たちの成れの果てだろうか。
それだけで吐き気を覚える光景だが、より加藤を戦慄させたモノは別にある。
次の瞬間、ワッァア!! と、闘技場があるドームが震えた。
上階の観戦席を埋め尽くしている観客の歓声が、滝のようにフィールド内へ注がれる。
「・・・うっ」
これだ。
この歓声に、加藤は恐怖した。
今現在、フィールドを囲う観戦席にいる者たち全てが、人の死をエンターテイメントと捉えて楽しんでいる。まるで、野球観戦をしているような風態で、酒を煽りながら笑い合いながら・・・。
「人が死んでんだぞ・・・こいつら正気か?」
明日、加藤自身がこの歓声の中に身を投じなければならないのだ。そう考えると、血が凍えたような、底知れぬ不安を覚える。
「ヒョーゴ!」
と、そんな加藤の背後から声がかけられる。
振り向くと、頬を赤らめながら華奢な肩を震わせるナノデスが立っていた。
「あれ? どうしたんすかナノデス先輩?」
「どーしたもこーしたもないのです! 勝手な行動をするなと言った側から飛び出してッ!」
「あーごめん。なんか、ちょっと気になって・・・」
突如、聞こえてきた大歓声につられて、2階フロアまで走って来た加藤。その勝手な行動を、ナノデスが咎めているのだ。
薄い作り笑いを貼り付けて謝罪する加藤。
当然、そんなモノでナノデスの怒りは収まるはずもなく・・・。
「いい加減にするのですぅ! お前が勝手な行動をとったら、ナノデスがお仕置きを受けるのですよー!」
「うっ! それを言われると辛いな・・・悪かった」
「・・・分かったらいいのです。さっさと戻るのですよ」
「ふぁーい」
闘技場の2階フロアから、地下1階に繋がる大階段を一緒に降りる加藤とナノデス。
ちなみに、闘技場の1階は選手控室になっているため、関係者以外は立ち入り禁止だ。そのため、地下1階から2階ショッピングフロアが直結している造りになっている。
階段を降り切ると、だだっ広い地下空間に出た。
地下空間は、《怪物闘技》に出場する選手を迎え入れる搬入ゲートが直結しているため、多くのスタッフや選手関係者たちでごった返している。
『グゴァァアアアァァァァァァァァ!!!!!』
「うおっ!?」
突如、身の毛のよだつ鳴き声が聞こえた。
振り返ると、布で覆われた巨大な檻が搬入ゲートから運び込まれている。
あの中に封じ込められているモンスターも、《怪物闘技》に出場するのだろう。
考えただけで、チビリそうになる。
「ヒョーゴ、お前の控え室はこっちなのです。」
「お、おう」
ナノデスに手招きされる加藤。
加藤は、この地下空間から専用エレベーターに乗って、闘技上1階の選手控え室に向かうのだ。
「いい部屋用意してくれた?」
「選手控え室は、大型のモンスターも使うから広々としているのですよ」
「大型のモンスターが使うの? それって控え室というより檻では?」
「また勝手な行動する気なら、本当に檻に入れるのですよ」
「いや、もうしないって。ナノデス先輩が怒られるのは見たくないし・・・ーーーん?」
その時だーーー、加藤の目は、前を流れるように通り過ぎた艶やかな黒髪に奪われた。
刹那、激しい頭痛と共に、脳裏の隅にあった記憶が呼び起こされる。
「ーーーいつッ!!?」
『ーーー大丈夫だよ。君の能力はーーー』
柔らかで、鈴の音のような声。だけど、どこか心に、ズシンッとくる力強い声音。
美しい黒髪を腰まで流し、いつも心を見透かしたように静かに笑いかけてきた彼女の声だ。
その顔は、いつも思い出せなかった。だが、加藤はその女性の事を愛おしく思っていたような気がする。
その彼女が、目の前を横切ったのだ。
今、まさに。
美しい黒髪をした彼女が。
鈴の音のような声をした彼女が。
いつも、どうやっても顔が思い出せないーーー、加藤に能力の使い方を教えてくれた彼女が。
「ちょ・・・っ」
闘技場の地下空間ですれ違ったのは、加藤の記憶に残る黒髪の美少女だ。
咄嗟に後を追おうとしたが、行き交う雑踏で姿を見失ってしまう。
「くっ!」
弾かれるように、今きた道を走って戻る加藤。背後では、ナノデスの焦った声が聞こえた気がしたが、今は無視だ。
「・・・どこだ? 今、確かに、あの人だった・・・」
すれ違ったからか、加藤の頭の中では、記憶の霞に隠された彼女の顔が、今しっかりと思い出されていた。
周囲を見渡す加藤。
《部分強化》で目を強化して、隈なく辺りを探す。
「ーーーッ!!?」
瞬間、加藤は視線の端に、地下空間の奥へと進んでいく彼女の後ろ姿を捉えた。
再び、弾かれるように走り出す。
数度、人とぶつかりながらも彼女の後を追っていく。
「ど、どいてくれ! 悪い、、、通る、通ります・・・」
雑踏を掻き分けて、彼女の後を追う加藤。
その甲斐あってか、少女の後ろ姿を捉える距離にまで近づいた。
艶やかな黒髪を腰まで流した少女。
白を基調としたスポーティなタンクトップに、下はショートパンツほどの丈をしたスカートを履いている。
地下駐車場の雑踏の中を縫うように進んでいく彼女の背を、加藤は必死で追って行く。
その時だーーー、彼女が細い通路へと入って行くのが見えた。当然、後を追おうした加藤だがーーー、
「ーーーっ!!?」
突如、首筋に鳥肌が立つような嫌な感覚に襲われて振り向く。
「・・・」
相変わらず、混み合っている地下空間が目に映るだけだ。
「ーーー?」
首を傾げるのも数秒。すぐさま我に帰りーーー、
「やべ、見失う!」
彼女の後を追う。
人の流れに逆らいながら、彼女が入った通路へ入る。
「ふぅ・・・」
加藤が入った通路は、地下空間とは打って変わって、シンッ・・・としていた。
加藤は、再び走り出して彼女の後を追う。ここまで来れば、行く手を阻むものなど無い。
幅2〜3メートルほどの通路を疾走する加藤。
その時だーーー、
「動かないで」
突如、背後から聞こえてきた一言で足を止めた加藤。
ゆっくりと振り返ると、そこには通路のすみに積まれた木箱の影に隠れるように、華奢な少女が立っていた。
心臓の音がうるさいくらい高鳴るのを感じる。
呼吸が浅いのは、走ったからだけではない。
言葉が詰まって、思うように出てこない。
そこには、記憶の中で幾度となく加藤を救ってきた彼女が佇んでいたーーー。




