第五章115 『ーーー“血” を貸せ』
室伏との鍔迫り合いに敗れた加藤は、2度〜3度グラウンドの地面を跳ね転がった後、力なく横たわる。
「ぐぅぅ・・・」
瞬間、加藤の口の端から血と共に漏れ出た小さな呻き声。それが、加藤が起こせる行動の全てだった。
(ーーーやべぇ・・・身体がマジで動かねぇ・・・し、死ぬ・・・)
薄れゆく加藤の意識。本日何度目かの死の淵だ。
こういう時は、決まって奴が現れる。
そうーーー、
「ーーーまぁた、やられたのかの。主様よ」
加藤の体内に流れる “血” の持ち主である《妖精族》のアヴァリー・ヴァイスだ。
アヴァリーは、その妖艶な声音でケタケタと笑いながら、さらに言葉を続ける。
「だから言ったじゃろて。今は逃げた方がよいと。主様がワガママを言ったからこうなったんじゃぞ」
口うるさく軽率な行動を咎められる加藤。
だが、今の加藤には反論する事などできない。死にかけで、まともに口が利けないからだ。
そんな死に体の加藤を前に、「ーーーはぁ」と溜め息を吐いたアヴァリー。
「言うておくが・・・妾はこれ以上、主様を助けんぞ。そもそも、主様の体内でこれ以上 妾の血が増え続けるのは、よォない事じゃしな」
「ぅ・・・ぅう・・・」
瞬間、再び小さな呻きを上げた加藤。
「ん? なんじゃ?」
否。
呻き声ではない。小さいが、加藤が口にしたのは確かな言葉だった。だが、アヴァリーの耳にはよく聴こえない。だから、彼女は加藤へ耳を近づける。
あくまで、精神世界で・・・だが。
「・・・ッッッ」
「?? なんじゃて? 何を言っておるーーー、あるッッッ!!?」
次の瞬間だ。
力なく這いつくばっていた加藤の手が突如として動き、アヴァリーの首元へ伸びてきた。
「ぅぐ・・・ッ」
突如、主人である加藤に首を絞められたアヴァリー。しかも、死にかけの主人だ。
いったい、加藤のどこに そんな力があるのか・・・。
「・・・なんじゃ・・・何をするんじゃ・・・主様よ・・・ッ」
うつ伏せで横たわりながらも、しっかり右手でアヴァリーの首根っこを掴んだ加藤は、そのまま容赦なく首を絞める。
アヴァリーは、言わば精神思念体だ。首を絞められようとも、“死ぬ” 事などはない。だが、死にかけの主人からの首絞めという事実が、アヴァリーを酷く困惑させた。
つまり、加藤は無理やりにアヴァリーを自分の支配下に置いたという事だ。
「ぅ、、ぅぅう・・・るさい・・・ッ」
「ーーーッ!?」
ここで、ようやく加藤が呟いていた声が聞こえたアヴァリー。
「な、なんじゃ・・・? “うるさい” とは・・・妾は、主様の事を思って・・・ぐぅ!!」
刹那、一際首を強く絞められたアヴァリー。
“もう何も言うな” という、加藤の意思表示なのだろうか。
「・・・御託は、、いい・・・ッ。アヴァリー・・・」
「ッ!!」
瞬間、うつ伏せに横たわっていた加藤が顔を上げた。そして、その血走った目でアヴァリーを睨みつける。
「死にたくないなら、、ーーー“血”を貸せッッッ!!!」
加藤の目を自らの目に映したアヴァリーは、苦しみに悶える顔に、ニタリッ と笑みをこぼした。
そして、愉悦に混じったような声で言ったのだーーー、
「ーーー上等」
ーーーと。
***************
「ーーー兵庫!!!」
室伏の一撃に吹き飛ばされた加藤の元へ駆け寄るアゲハ。
アゲハに医学の知識などない。だが、今の加藤を見る限り、よほど切迫した状況である事は分かる。
左腕が歪に曲がり、頭部や口から血が吹き出している。細やかな擦り傷など、数え出したらキリが無いくらいだ。
まさに、満身創痍といった具合だ。
「うそ・・・マジで・・・本当に死ぬとかよしてよ・・・ッ!!」
何度も死の淵から甦る加藤を見てきたアゲハには、目の前に横たわる血だらけの人間が死ぬようには思えない。
思えないのだがーーー。
「マジで・・・本当に・・・ッ」
ぴくり とも動かない加藤を見続けていると、そんな淡い期待が音を立てて崩れ去っていく。
「兵庫!! 起きてッ!! 兵・・・ッ!」
加藤を起こそうと必死で呼びかけるアゲハだが、今の状況が仲間の身を案じている場合でない事は一目瞭然だ。
《覚醒者》の能力が使えないとは言え、加藤に勝てるだけの実力を持った室伏に、彼の頭上に浮遊する少年の魔道士。
命が危ないのは、加藤だけではなくアゲハもだ。
「・・・くっ」
アゲハは、堪らず拳銃を構える。せめてもの防衛反応というわけだ。
だが次の瞬間ーーー、
「ーーーぇ?」
ガシッ と拳銃を持つアゲハの手が掴まれた。掴んだのは当然ーーー、
「・・・兵庫?」
死にかけていた加藤 兵庫その人だ。
加藤は、「ヴヴヴ・・・ッ」と小さく呻きを上げながら、傷だらけの身体を起き上がらせる。そしてーーー。




