第五章102 『追憶』
ぐわん ぐわん と揺れる視界の中、加藤は昔の事を思い出していた。
それは遥か昔ーーー、20年以上昔の事だ。
世界が滅びる前。加藤がまだ、普通の高校生だった頃の話・・・。
「メェェェーーーーーーッッッン!!!」
腹に響くような掛け声と共に、バチィィィッ!! という衝撃を頭に受けた加藤は、揺れる視界で剣道の面越しに室伏の姿を見る。
「いて・・・ッ」
小さく呟いた加藤。その瞬間、「1本ッッッ!!」と審判の怒号が響き、練習試合は終了した。
そしてーーー。
「ーーー皆さん、お疲れ様でした」
外部顧問を前に、背筋を伸ばして正座する剣道部員たち。その中には室伏の姿と、当然のごとく加藤の姿があった。
2人は他の部員と同じように姿勢を正して外部顧問の話に耳を傾ける。
キツい練習の後だ。正直、姿勢を正して顧問の長い話に耳を傾けるより、横になってダラダラしたい。だが、わざわざ来ていただいた顧問の話を無視するほど加藤の心は荒んでいない。
だから真摯に顧問の話を聞き流す。右から左に・・・華麗にだ。
受け流しも剣道の立派な技術だ。きっと文句も言われない。
「・・・」
キリリッ と顧問の話を聞き流していく加藤。どうやら、顧問の話は佳境に入って来ているようだ。
「ぇーーー〜・・・では、これにて本日の練習を終了します。皆さん、最後に話した事を自分なりに考えてみてください。それでは、解散!!」
「・・・?」
顧問が パンッ! と手を叩いて、本日の練習は終了した。瞬間、武道場内に弛緩した空気が流れる。その流れに真っ先に乗った加藤はーーー、
「あー・・・疲れたぁ・・・ッ」
ダラリ と肩を落として、濁り切った濁声を漏らした。
「おい兵庫。先生が見てる。道場でダラけるな」
そんな加藤を制したのは、当然、友人である室伏だ。
室伏は、加藤の腕を掴んで彼を立たせるとーーー。
「ダラけるなら、道着を着替え後に武道場の外でやれ」
「分かったよ・・・はぁ〜・・・しかし、疲れたなぁ」
室伏に促されて、のそのそ と武道場に併設された部室に向かう加藤。その足取りもダラけきっている。部活動に精を出していた剣道部員とは思えない姿だ。
そんな武道場に似つかわしくない加藤に、ジロリッ と鋭い目を向ける顧問。だが、それだけだ。それ以上、加藤を注意するような事はなかった。
なぜならばーーー、
「す、すみません先生! 俺からキツく言っとくんで!」
剣道部部長である室伏が 顧問と加藤の間に入ったからだ。
室伏はダラダラと歩く加藤の首根っこを掴んで、そのまま部室へと引きずっていく。
その際、「助けて〜。犯されるぅ〜」という加藤の声が武道場に響いたが、他部員や顧問は努めて無視をする。
「オラァ! さっさと着替えろォ!!」
加藤を部室へ放り込んだ室伏。
「堪忍して! 私、初めてなんです!」
だが、当の加藤は しなり・・・とした態度で何故か胸元を隠す。
当然だ。
今の状況、つい先日 見た成人用男性映像のシーンと見事に一致していたからだ。加藤の性別以外は。
「うるせぇ! バカが! 武道場内でふざけんなって いつも言ってんだろ!!」
「ふざけてない。俺は大真面目に・・・」
「大真面目に?」
「・・・ふざけてるだけだ!」
「大真面目にふざけてんの!?」
オチが見えない加藤との会話に頭を抱える室伏。
そうこうしている内に、他の部員が部室へ戻ってきた。
「加藤よ〜。お前、先生の前でふざけんなって」
「そうだぞ。先生、怒ると怖いしよ」
ぶちぶち と文句を言う部員たちに、顔をしかめる加藤。
「ンだよ、みんなして。俺はキツいばっかの練習にうるおいをだな・・・」
「そんな事より、先生が最後に言ってた話の答え考えた?」
「さっきの今で考えられるかよ」
「でも、中2ちっくな質問だったよなww」
「・・・聞けよ。お前ら・・・」
わいわい と盛り上がる部室。
男子高校生の部室など、卑猥な話をするだけの空間だ。だから当然、加藤はーーー、
「なになに? 何の卑猥な話?」
腹ペコのライオンが死肉を貪るがごとく、盛り上がる仲間内に入っていく。
だがしかし、盛り上がっていたのは、加藤が望むような話ではなくーーー。
「卑猥な話じゃねぇよ。さっき、先生が終わりに言ってた “最強の剣” についての話」
「は? 何それ?」
「お前ッ・・・話、聞いてなかったのか? 先生が練習の終わりに言ってたじゃねぇか。自分が思う “最強の剣” とは何か・・・って」
「ぜんぜん聞いてない」
「コイツ、マジか・・・」
ものの数秒で、仲間1人の信頼を失った加藤。
「しっかし・・・さっきも言ったが、中2的な話だよな。“最強の剣”ってww」
加藤を無視して、へらへら と笑みをこぼす部員の1人。
確かに、高校生の彼らからしたら、“最強の剣” などと言う問答は失笑モノの話かもしれない。
だが、彼は違った。
「いや・・・きっと先生は、練習に対するモチベーションの話をしたかったんじゃないか?」
室伏だ。
彼は、テキパキとした所作で胴着を着替えながら、先ほど顧問が問うてきた質問に真摯に向き合う。
「部活であっても剣の道を志す以上、やっぱり、強くなる事は必須だと思う。でも、大した目的もなく練習を続けても身にはならないだろ。だから先生は、どういう風に強くなりないのか・・・どこを目指して練習を重ねるべきなのか・・・を、俺たちにはっきりとさせたいんだと思う」
「はーっ、、なるほど・・・ッ」
室伏の考えは、きっと ひとつの例に過ぎないだろうが、部員のみんなの心をひとつにした。彼は昔から、そんな不思議な力を持っていたのだ。
そして室伏は、独自に解釈した顧問の問いに、自分なりの答えを出すーーー。
「そう考えれば・・・やっぱり、俺なりの “最強の剣”というのはーーー」




