表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/677

第一章4 『あるゴブリンのお話』

 息が荒い。

 吐き気もある。

 左腕に至っては、肩から肘あたりまで大きな裂傷(れっしょう)があり、激しい鈍痛で全く上がらない。


 そのゴブリンは、まさしく瀕死の重症だった。

 そんな彼が群れから離れて、月明かりも照らさぬ、荒れ果てた街を彷徨い歩くのは、同種のゴブリンから殺されない為だ。


 彼が居た群れは、人間たちとの戦闘に敗れ、九州の方から落ち延びたゴブリンたちが寄り集まって出来たものだ。

 そんな、烏合の衆の中、傷ついた状態でいたらどうなるかなど 火を見るより明らかだ。真っ先に殺されて餌になるのがオチ。だから逃げる。


 彼は、ギリィと歯を食いしばる。


 こんな事になったのもあの人間どもの所為だと、彼は思った。

 あの人間とは、九州で戦った連中ではない。そもそも彼は戦っていない。仲間が次々と殺されるのを見て、我先にと逃げ出したのだ。


 彼が言う人間とは、街道で襲った三人組の事だ。

 ひとりは筋骨隆々な精悍な男。もうひとりは地味だが強い男。そして、最後のひとりはムカつく目つきの男。

 最後の男の顔に至っては、特に理由はないが気分が悪くなると彼は思った。


 歯が砕けるほど食いしばる。


 だが、一番憎らしいのは、やはり精悍な顔つきの男だ。

 自分の腕を斬りつけた男。ぐちゃぐちゃにして踏み殺したい衝動に駆られる。

 もう想像の中で数十回は殺している。


 だからだろうか、彼は目の前に立つ人物に直前まで気づかかった。


『ギァア!』


 彼は驚きの声を上げた。

 目の前の人物は、真っ黒なマントを羽織り、フードをすっぽりと被っている。


「こんな所でゴブリンが一匹?」


 声からして男だとわかるが、彼に人間の声音など分かるはずもない。


 彼は、足元にあった瓦礫をひとつ拾い上げる。

 戦う気だ。逃げ癖がついている彼が戦うという選択肢を選んだのは、ひとえに気持ちの昂りからだろう。

 自分の腕を斬り裂いた男への憎しみ、そして痛みを誤魔化すために脳内で大量に分泌される脳内部質が彼にそうさせた。


「一匹で向かってくるか。稀有けうなゴブリンだね」

『ギァアァァアアア!』


 彼は雄叫びと共に飛び上がった。着地の事は考えていない。手には瓦礫。目指すは、目の前の男の頭。

 だがーーー、


『グガァ』


 瓦礫が男の頭を打つことも、彼が地面に叩きつけられることもなかった。彼は宙に浮いていたのだ。


「いいね。気に入ったよお前」


 男は、マントの下から真っ赤な液体が入った筒を取り出す。


『グガァ!? グガァァァ!』

 それを彼の首筋へ突き立てた。

『グォ!!?』


「この島のモンスターは雑魚ばかりでね。これに耐えられる奴はいないと思ってたんだよ。でもお前なら、もしかしたらイケるかもね」


 筒状の物は注射器だ。真っ赤な液体が彼の体内に流れ込む。


『ァァアアアァァアアアァァアアアーーーーーーーーーッ!!』


 断末魔ともとれる慟哭どうこくが響き渡る。


「きったねぇ鳴き声だな」


 注射器が抜かれると、彼は地面に叩きつけられた。


「死ぬかな? それとも・・・」


 男はそう言って夜の闇に消える。


『グォ! ガァアァァアアア!』


 彼は、苦しみのたうち回った。身体中が焼けるように熱い。骨が軋み、皮膚を突き破っていくのが分かる。


(死にたくない死にたくない死にたくない)


 熱でチーズのように溶けた脳で必死に願う。


(嫌だ嫌だイヤダイヤダ嫌だ!!!)


 必死に争う。


(あの男! 腕を斬った男を、ころ、す・・・ま、で・・・・・・)


 彼の意識は途切れた。





***************





『・・・グォ?』


 彼が次に意識を取り戻した時には、全身の痛みは消えていた。それどころか、腕の傷もすっかり塞がっている。

 ゆっくり立ち上がった彼。いつも見ている景色と違う気がする。視線が高いのだろうか。


『グォ。ガァ?』


 自分の体をよく観察すると、腕もいつもより長く、丸太のように太い。足も同じだ。


 ジャリ、と背後から聞こえてきた足音に彼は振り返る。


『?』


 夜でもよく分かる真っ黒な豹が佇んでいた。黒豹の背後には十字のつるぎが揺れている。


『コロロ・・・』


 瞬間、周囲の建物を斬り裂きながら十字の剣が彼を襲う。

 その速度たるや、目で追う事など不可能。ましてや、夜闇やあんなら尚のことだ。だが、彼は首元に迫り来る黒豹の尻尾を容易く掴んだ。


『ガァア!』


 そのまま、尻尾を引く。黒豹は一瞬踏ん張ったが、無駄な足掻きだった。四足の獣は空中を舞い踊りーーー、地面に激突する。


『ゲェェェ!』


 悶える黒豹。彼は素早く動き、黒豹の首に手をかけた。

 ミチミチミチッ、と肉が捻れる音の後に、乾いたボグゥ、という くぐもった音が聞こえた。

 もしかしたら、黒豹の断末魔なり鳴き声なりが聞こえたかもしれないが、彼は気がつかなかった。

 そのまま、彼は力任せに首を捻り切る。

 壊れた蛇口のように鮮血が噴き出し、あっという間に辺りが血の海となった。


 不意に空を覆っていた雲の隙間から月が出てきた。月明かりが彼を照らす。


 そこには、優に二メートルを越す、隆々な肉体を帯びたゴブリンが立っていた。

 彼は、捻じ切った黒豹の頭部を放り出す。そしてーーー、



『グォォオオオォォオオオオォォオオオォォオオオオオオォォオオオオォォオオオォォオオオオオオォォオオオオオオ!!』



 勝利の雄叫びを上げた。

 いや、これは生まれ変わった喜びの声だろうか。

 それとも、何者かへの戦線布告の声か・・・。



 彼の姿を遥か上空で見ていた男の顔には、笑みが溢れる。


「まさか、本当に適合するとは・・・。面白いじゃないか」


 男は再び、煙のように消えた。




 《草野の街》にある潰れたネットカフェ。その一室で加藤兵庫は目を覚ました。


「・・・なんか聞こえた?」


 加藤は起き上がり、部屋の扉を開けて通路を覗き込む。しん、とした通路には誰もいない。

 不意に、通路にかけられていた時計が目に入った。時刻は、深夜3時。当然のごとく、みんな寝静まった後だ。


「気のせいか」


 加藤はそう言って再び眠りに落ちる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ