第一章3 『覚醒者』
大きなアーケード商店街を中心に広がるのが《草野の街》だ。
街に入る道には、内側から工事用のフェンス、鉄板、建物の瓦礫を積み重ねた防護壁が築かれており、最も外側には廃車が並べられ、車内からは鋭利に尖らせた鉄パイプや鉄筋が突き出されている。
これなら、簡単にモンスターは入って来れないだろう。
街唯一の入り口は、商店街のアーチ状になったゲートのみだ。
入り口には、工事現場で目にするようなアルミゲートと門兵が二人立っていた。
門兵は、手に持っている手製の槍を佐伯、島田、加藤の三人に向けて問いかける。
「旅の人間だな。この街に来た目的は何だ? 移住か? それとも宿泊か?」
「九州のほうから来た。一晩宿を借りたい」
門兵は、怪訝な目を三人に向ける。
特に加藤は、近寄ってまじまじと観察される。他の二人と比べて、小綺麗で荷物を持たない旅人など怪しさMAXだからだろう。
しばらくして門兵は、危険はないと判断したのかーーー、
「分かった」
と一言。
「この街では、一切の犯罪行為は禁止されている。違反した場合、軽度なら片腕切断の後 追放。殺人など凶悪な場合は死刑だ」
(軽度でも片腕切断かよ!)
加藤は心の中で突っ込んだ。
「分かった。心得よう」
佐伯の一言に満足したのか、門兵はアルミゲートを開ける。
三人は、街に入る事を許された。
**********
宿(潰れたネットカフェ)をとったのは、夕日が荒れ果てた世界を真っ赤に染めていた頃だ。
宿の隣には広めの駐車場があり、出店が開かれていた。
火が焼べられたドラム缶が駐車場の中央にあり、その周囲にいくつかのテーブルが置かれている。
今も何組かの客が出店で食事を楽しんでいる最中だ。
「飯を買ってくる。島田、席を取っといてくれ」
「はい!」
島田はテーブルのひとつを陣取り、席を確保する。
《青空食堂 肉の森》
メニュー
ジャイアント・トードの肉:十黒結晶又は一赤結晶
鹿肉:五黒結晶〜
熊肉:六黒結晶〜
猿肉:三黒結晶〜
ゴブリンの脳:時価
肉を持ち込まれた場合でも調理費および座席料金をいただき〼
テイクアウトして〼
「結晶ってなんだ?」
掲げられた看板を眺める加藤は、見慣れない単語に目が止まる。
「おい、加藤! 早く座れ、飯食うぞ!」
「あ、おう」
島田に呼ばれて加藤は席に着く。佐伯も戻ってきており、山盛りの肉が乗った皿を手にしていた。
佐伯と島田は、ワイルドに手掴みで肉を喰らう。加藤もふたりに倣って食べ始める。
(何の肉だこれ? 鹿肉も熊肉も猿肉も食った事ないから正直分からん。筋っぽいな)
だが、割と美味しい。思えば、加藤は目が覚めてから何も食ってなかった。
「骨身に沁みるぜ・・・」
ポツリ、と呟く加藤。しばらくの間、食う事に集中する。ものの数分で山盛りの肉が三人の腹に収まった。
「ふぅ、しかし・・・」
一息ついた加藤は周囲を見渡す。
「物々しいな」
街の人間たちは、みんな武装している。刀に槍、ボウガン・・・ショットガンを背負った者まで。
会話も、どこどこのモンスターに仲間を殺された や 西の街の盗賊の根城を襲撃したなどと物騒だ。
「街の外があんなだからな」
「そりゃ納得だ。・・・で、そろそろ話してくれるか?」
「・・・この二十年に何があったか。そして、加藤が置かれている状況をか」
「あぁ」
佐伯は、嘆息をひとつした後、ゆっくりと話し始める。
「事のはじまりは、二十年前だ。年明けから世界各地で異常気象に地震や火山噴火、巨大隕石の衝突などの自然災害が発生した」
「あっ! なんかニュースでやってた気がする。確か、どこかの国の街が隕石で消滅したとか」
佐伯の言葉でぼんやり記憶が戻ってくる。確か、日本でも地震や季節外れの台風が頻発して、大勢の人が亡くなった。
「あぁ。そして極め付けは、突如 空を割って現れた大陸の存在だ。大西洋上に着水した その謎の大陸を調査するべく、各国の軍や有名な学者が大陸に足を踏み入れたんだが・・・」
「帰ってくるものはいなかった」
佐伯の話に言葉を付け足す。
何となく、その大陸の話も覚えている。確か、伝説のアトランティス大陸ではないかとテレビで騒いでいたのを見た記憶がある。
「思い出して来たぞ・・・。あれ? でも、その大陸の話って すぐ聞かなくなった気がする」
「異常気象や天変地異が地球規模で続いていたからな。世界もそれどころじゃなかったんだろう」
「なるほど。それで、世界が崩壊して 今の有様になった訳か」
加藤は、周囲を見渡す。
ドラム缶にくべられた火だけが光源なので、遠くまで見えないが、すっかり日が暮れた闇の中に、荒れ果てた街が沈んでいるのだろう。
「ま、世界崩壊の理由はわかった。つーか、思い出した。その上で聞きたいんだけど・・・あの怪物たちは何?」
自分以外の生き物を殺すことを目的にしたような豹。
図鑑から飛び出してきたような巨大な恐竜。
極め付けのゴブリンなんてファンタジーの産物だ。
「知らん」
「はぁ?」
「アイツらが何者で、どこから来たなんて こちらが聞きたい事だ。世界が崩壊した後に、突然街中に現れた。そうとしか説明できん」
「マジかよ。謎の大陸といい訳のわからん事が多すぎだろ」
「世界崩壊後にそんな事を調べる酔狂な奴は居なかったからな。みんな生き抜く事で精一杯だったし・・・それに、お前も多すぎる訳のわからん事のひとつだぞ」
「え? 俺が」
(・・・まぁ、確かに いきなり過去からタイムスリップしてきたなんて不思議な事の最たるものだろうな)
「俺は一体何なんだ・・・?」
独り言のように呟く。それに答えたのはやっぱり佐伯だ。
「俺たちは、お前らのような奴を《覚醒者》と読んでいる」
「《覚醒者》・・・ん? ちょっと待て。今 お前“ら”って言ったよな? 俺みたいな奴が他にもいるのか?」
佐伯は、聞いた話だから詳しくは知らない、と前置きして。
「五年ほど前の事だ。ある街にひとりの少女が現れた。その少女は、なんと十五年前の世界崩壊時に、行方不明になった少女だったらしい。だが、おかしな事にその少女は、いっさい歳をとっていなかった上に、服装も小綺麗で、極め付けは、ここ十五年の記憶が全く抜けていたらしい。まるで、十五年前から突如、現代にタイムスリップしてきたように・・・」
佐伯は加藤を指差してーーー、
「今のお前のようにな」
と付け加える。
「・・・その後、とりあえず少女は、街に保護された。それから暫くして、その街で流行り病が流行したんだ。住人が何人も倒れる中、少女がある重病人に自らの血を飲ませた」
「血を!? 病人に!?」
「あぁ」
「何でそんなカルト教の儀式みたいな事を? 薬なら分かるけどさ」
「まぁ、言いたいことは分かる。だが、不思議な事に その重病人は、少女の血を飲んだ途端に元気になったそうだ」
「え!? マジで? パスポート効果か!?」
「?」
島田が首を捻る。
「・・・プラシーボ効果って言いたいのか? 一文字もあってないぞ」
加藤は、誤魔化すように咳払いをひとつ。
「後に分かったことだが、少女の血液には、病や傷を治癒させる効果があったらしい。どんなに未知の病だろうと瀕死の怪我だろうと少女の血で またたく間に治癒したんだと」
「なんだよ、それ・・・」
「少女になぜそんな力があったのか、本人自身も分からないらしい。ただ、少女はこの力の使い方を教えてもらった、と言っていたそうだ」
「・・・誰に?」
「知らん!」
また、それかよ。この男、肝心なところは何も知らないな。そういうのに頓着がない性格なんだろうな。
駐車場の中央に置かれたドラム缶の中で、ごうごうと燃える炎が薪を爆ぜらす。バチン、という音は、喧騒に包まれる駐車場の中でも耳に届いた。
「・・・でも、不気味な話だな。それ」
「確かに不可思議な話ではあるが、さっきも言ったが、お前もその少女と同じなんだぞ」
「え!」
「その少女の出現を境に、日本各地で次々と記憶を失った人間が現れ始めた。そいつらに共通していたのは、突如、全く知らない場所で目が覚めた事と みんな特殊な能力をひとつ以上持っていた事だ」
「特殊な能力・・・? 今言った、人を治す力を持った少女みたいにか」
佐伯は頷く。
「俺に人を癒す力があったのか・・・」
俺は治癒者だったのか。昔、クラスの女子から「オメェのツラ見てると気分が悪くなんだよ!」 と罵倒された記憶があるが、そんな俺が癒し系男子だったとは意外だ。
「いや、それはない」
「え?」
「得られる能力は個々人で違う。加藤は加藤特有の能力を持っていると考えた方がいい」
「じゃあ、俺には治癒能力じゃなく、他のカッコイイ能力があると」
「カッコイイかは知らんがな」
そんな・・・俺は癒し系男子ではなかったようだ。やっぱり、女子の気分を害する顔系男子だったよう。
「で、どんな能力持ってんだよ」
島田が目を輝かせて聞いてくる。
「俺が昔 聞いたのは、空中を歩ける力を持った《覚醒者》の話だな」
「へぇ。いいなその能力。空中浮遊かぁ、憧れる」
「俺が前に東北の方で会ったのは、口から火を吹く《覚醒者》だったな」
「それもいいな。かっこいい!」
「なあ、能力見せてほしいんだけど」
ぐいぐい来る島田。だが、加藤は困ったように笑う。
「って、言われてもな・・・。どんな能力を持ってるのか正直分からんから、見せようがないんだが」
他の《覚醒者》は、一体どうやって自分の能力を知っているんだ。
話の少女は、教えてもらったと言っていたらしいが、いったい誰に教えてもらったんだ。
「とりあえず、他にどんな能力があるか教えてくれよ。ピンと来るものがあるかも知れないし・・・」
佐伯と島田は、顔を見合わせて、聞いた限りの能力を口にしてくれた。
難解な四則演算を即座に答えられる能力、毒物を見極められる能力、目を瞑ったまままっすぐ歩ける能力、脳内に好きな音楽を流せる能力、道に迷わない能力、声真似ができる能力、二度寝しない能力、会話に困った時に秀逸な駄洒落を思いつく能力、オナラの音色を変えられる能力etc
「後半クソ能力じゃねーか!! 何だよオナラの音色を変える能力って!」
「秀逸な駄洒落を思いつく能力は、良い能力じゃないか?」
「二度寝しない能力は、俺ほしいけどな」
「いや、お前らの意見は聞いてねぇよ! 確かに地味にほしい能力もあるけどさ!」
脳内に好きな音楽を流せる能力は、加藤もほしいとは思った。
「《覚醒者》は、自分の能力を他人に話したがらないしな。だから、噂で流れてくる能力はどうでも・・・地味なモノが多いんだ」
「なる、ほど・・・」
島田の説明に納得したが、オナラの音色を変えられる能力は、人に話したくないだろ。
「あ! そう言えば、《覚醒者》で思い出しましたけど、この先の街道に住み着いている盗賊団。そのボスがどうやら《覚醒者》らしいですよ。さっき街の住人が話してました」
「確かな情報か?」
「えぇ。ピリついている住人を見るに、信憑性は高いと思います」
「・・・まぁ、用心に越したことはないな」
神妙な面持ちで話す佐伯と島田。そんな二人を見て、ふと今まで聞かなかった疑問が口から溢れでる。
「そう言えば、2人は何で旅してんの?」
「! 加藤、それは・・・」
「それは言えない。あくまでお前は部外者だからな」
「うっ!」
佐伯の険のある言い方に、加藤は言葉を詰まらせる。
「加藤。お前は、この街に預ける事にする」
「え!?」
「お前は《覚醒者》だ。その事を明かせば、この街もお前を手厚く歓迎してくれるだろう。《覚醒者》はどこでも貴重な人材だからな」
「でも、俺は自分の能力の事、全然知らないし・・・」
それに、こんな荒れ果てた世界の、更には、知らない街にひとり残されるのは不安というか・・・。
「それは、お前の問題だ! どうにかするかはお前が考えるんだな。俺たちは、お前を救ってこの街に連れてきた。置かれている状況も説明してやった。これ以上、俺たちをあてにするな」
「・・・」
その通りだ。ぐうの音もでない。
「今晩の宿代くらいは出してやる。それ以降は、俺たちはお前に関わらない」
そう言うと、佐伯は席を立つ。島田もそれに続く。その際、島田が申し訳なさそうな目を加藤に向けた。
「ぁ・・・っ!」
その目に縋りそうになったが、やはりやめた。
佐伯の言う通り、加藤がこの先どうするかなど本人が解決する問題だ。
島田を頼ったところで何の解決にもならない。
「人を頼るようじゃ、この世紀末では生きていけない。自分で考えて、行動できる奴じゃないとな・・・」
佐伯が別れ際に、ポツリ と言った言葉が加藤の耳にいつまでも残った。