第二章7 『大和王国』
島田、加藤、アゲハの3人は、兵庫県 神戸市にある《街》を訪れていた。
街道となっている国道2号線から逸れて数100メートル程 歩いた先にその街はあった。
《神戸の街》。
八階建ての商業ビルを改造した街だ。
街となっているビルの周りには、元々あった鉄柵の隙間から先端を尖らせた鉄パイプが外部を威嚇するように突き出ている。
街の入り口となっているビルの門には、例に漏れず武装した門兵が威圧的に佇んでいた。
3人は、門兵から幾つか質問され、持ち物検査を経て 街へと入場する。
《神戸の街》一階は、広々としたエントランスで、住人たちの交流の場となっていた。
「はぁー、街に入るだけでめんどくさー!」
アゲハの声は、賑わう エントランスでもよく響いた。
「声でけーよアゲハ。みんな こっち見てんじゃねぇか」
住人たちから、ちらちら と視線を受ける。
しかも、その視線は、何処となく敵意を含んだ目のような気がした。
中には、目があっただけで、逃げるように隠れてしまう人までいる。
「なんか・・・《草野の街》とは別に、殺伐とした雰囲気だな」
加藤は、島田に耳打ちする。
「・・・仕方がない。この街は《大和王国》のすぐそばだからな」
「《大和王国》?」
エントランス奥にある受付カウンターに足を向ける3人。
街の案内所のような所で、外にいた門兵に 先ず ここに行けと言われたので立ち寄ったのだ。
「すみません旅人です。一晩宿を借りたいんですが・・・」
島田の言葉に反応したのは、髭を蓄えた大柄な男だ。
男は、鼻を鳴らすとーーー、
「宿屋は3階だ。市場は4、5階にある。6、7階は住居区だから用がないなら絶対に入るな。わかったら行け」
無愛想に それだけ言って、横にある階段を顎で指し示した。
「・・・あ、ありがとうございました」
島田は、一礼して受付カウンターを後にする。
加藤とアゲハも島田について行き、階段を登っていく。
「ちょっと何よ、さっきの奴の態度! 失礼じゃない!?」
アゲハが立腹しながら口を開いた。
「仕方がないよ。さっきも言ったが、ここは《大和王国》の目と鼻の先にある街だ。余所者を警戒するのは当たり前だ」
階段で4階まで向かう3人。
無論、電気など通ってなく、エレベーターは使用不可だ。
階段でも何度か住人とすれ違ったが、やはり、みんな敵意のある目を向けるか、怯えて逃げるかの二択だ。
加藤は、そんな街の反応に嘆息をひとつ。
「なぁ、さっきから言ってる《大和王国》ってなんだよ? それがこの街の人の態度に関係してんだよな?」
「あぁ、それについても説明するよ。今後の旅の行程にも大きく影響してくるから」
「旅の?」
そうこう話している内に、宿屋がある4階に着いた。
かつて4階は、子供が遊べるアミューズメントパークのような所だったのだろう。
階段から出て、すぐにファンシーな形をしたゲートがあり、《こどもわくわくランド》と書かれている。
もっとも、その文字は既に掠れており、今では、がっつりとペンキで《宿屋》と上書きされていた。
「一晩泊まりたいんですが、幾らですか?」
ゲートの前に簡素な長机が置かれており、そこには宿屋の店主らしき人物が座している。
この店主も、街の住人や受付の男と同じく 怪訝な目で島田たちを睨め付ける。
「・・・ぅ」
たじろぐ島田。
店主は、視線を横に向ける。そこにはーーー、
《宿屋》
1泊: 10赤結晶〜
一食付き: +5赤結晶〜
二食付き: +8赤結晶〜
三食付き: +10赤結晶〜
と、立て札があった。
「ぁ・・・じゃあ、とりあえず3人の一泊夕食付きで・・・」
島田は、ちらり とアゲハに目を向ける。
「ーーーと、部屋はふたつお願いします」
アゲハは割と男勝りな性格をしているが、ずっと同年代の男と一緒というのは 流石に息が詰まるだろう。と、思った島田の配慮だ。
「別にいいのに・・・」
と、アゲハは言うが、逆に島田と加藤が同年代の女子と常に一緒にいるのが疲れる。と、いうのも本音な所だ。
「部屋ふたつならプラス5赤結晶だよ」
ようやく口を開いた店主。
島田は、3人で話し合って作った共有の財布から計50赤結晶を長机に置いた。
支払われた結晶を店主は、まじまじと 観察して偽物でない事を確認するとーーー、
「こっちだ」
案内するように手招きする。
3人は、言われるがまま付き従って部屋に案内される。
部屋、と言っても、かつて子供たちが走り回った広いスペースをパーテンションで幾つかに区切っただけの簡素な作りだ。
3人は、奥側のふた部屋に通された。
「夕食は、午後7時。部屋に運び入れるから居るようにしてくれ」
店主は、それだけ言って場を後にした。
「部屋って・・・これ部屋?」
パーティションで区切られた部屋は、精々 畳3畳ほどの広さだ。
隅には、小汚い毛布が畳まれており、隣には小物入れだろうか、薄汚れた2段のクリアケースが置かれている。
壁には、《部屋は綺麗に使うこと》の張り紙があるがーーー、
「すでに部屋が汚いじゃない」
薄汚れた部屋にアゲハが突っ込む。
「これで3人で赤50は、ぼったくりよ」
「まぁまぁ、アゲハ。簡易宿泊施設よりかは ずっといいだろ」
島田がアゲハを宥める。
若干、店主が声の聞こえる距離にいたからだ。
「・・・さて、それじゃあ」
店主が十分離れたのを確認して、加藤は話を切り出した。
「島田、この先の旅の道を教えてくれ」
「あぁ。まず、《岐阜の街》までの道のりは、陸路だ。海路はこの時期《海鰐》が大量に発生してるから、そこを通っていくのは不可能だからな」
「ここから岐阜まで行くなら、大阪から京都を通って行く感じ?」
アゲハの言葉に島田は頷く。
「あぁ。だが、それにはひとつ問題がある」
リュックから大きめの紙束を取り出す島田。広げてみると、関西地方の地図が姿を現した。
「俺たちが今居るのはここ」
島田は、兵庫県あたりを指差す。
加藤が目を覚ましたのが岡山県だったので、今は隣の県にいる事になる。
結構、歩いた気でいたが、あまり進んでいなかった。
道中、盗賊やモンスターとの戦闘でかなりの足止めを食らっているので 仕方がないが、この先の道のりも険しそうだ。
「アゲハが言った通り、大阪を通って行くんだが、今 関西全域は《大和王国》と呼ばれる国が支配している」
「国? 日本の中に独立した国を形成されてるのか?」
「あぁ」
島田は、頷く。
「ちょうど、少し先の武庫川と言う河が国境になって、東の方じゃ鈴鹿山脈辺りまでが《大和王国》の領土って事になってる」
まさしく、関西全域を支配している国と言う感じだ。
「・・・なんか、日本国内に独立した国があるのが 違和感すごいけど、よくこんな世紀末の世界で国なんてできたな」
世界が滅びても人間の生命力とは侮れないものだ、と 加藤は素直に賞賛する。
「別に国ってわけじゃないけど、似たような共同体なら幾つも出来てるよ。東日本の《東日本共同体》や《九州・四国連合国》、《北海道独立自治体》とかな」
「へー・・・人類ってしぶといな」
「それで」
と、アゲハが話を戻す。
「その王国を通るのに 一体どんな問題があるの? 通行料が むちゃくちゃ高いとか?」
「いや、そういう訳じゃない。一言で言うなら《大和王国》は、他の国や共同体と外交を行っていないんだ。つまり、俺たち余所者が国に入る事は基本的に出来ない」
「江戸時代の鎖国みたいな状態か」
「ーーーぇ、ちょっと待って。《大和王国》って関西全域を支配してるんでしょ!? そんな国が外交を断絶してるって事は・・・」
アゲハが広げられた地図に目を落とす。
「あぁ。今 現在、日本は 東と西でぱっくりと断絶している。俺たちが陸路で関西を超えて、東のーーー《岐阜の街》に向かうのは事実上不可能という訳だ」
沈黙の帷が3人を覆う。
意気揚々と出発して、早速 壁にぶつかった。
モンスターや無頼漢なら、力でねじ伏せて先に進むことは言ってしまえば容易い。
最悪、敵わない相手ならば、避けて通れば良いのだから。
だが、目の前に塞がるのが、“国”という巨大なものなら話は別だ。
立ち向かうのも、避けるのも、はっきり言って不可能だ。
「国か・・・下手に突っ込むと流石にまずいよね。やっぱ、軍とかあったりするのかな?」
正直、年端も行かぬ3人が“国”と言われて、その全容を正しく想像するのは難しい。
だが、下手に敵対すると まずい事くらいは分かる。
「ーーーぇ?」
否。
「なんかまずいのか?」
分かってないのがひとり。加藤 兵庫だ。
「国って言っても地続きだろ? こっそり国境を超えて、そのまま東へ抜ければいいだろ」
「加藤・・・」
「いや、兵庫。国境だよ。国と国との境なんだよ。何もない訳ないじゃない。きっと、国境警備隊とかいるよ。私、昔テレビで見たんだけど。紛争地帯とかの国境には、軍隊とかが配備されてて、今にも戦争が起こるんじゃないかってぐらい緊張してたんだから」
「アゲハの言う通りだよ。《大和王国》の国境は、街から山に至るまで数多くの国境警備兵が見張っている。しかも、そいつらは・・・みんな近代兵器で武装しているんだ」
「近代兵器?」
「近代兵器って、銃のこと?」
アゲハは、自身の懐にある二丁の拳銃に目を落とす。
「あぁ。・・・まぁ、それだけじゃないんだけど・・・って、それはいいんだよ!」
島田は話を戻すために、咳払いをひとつ。
「《大和王国》に入る為に、この《神戸の街》に寄ったんだ」
「ーーーぇ? でも、今 入国するのは不可能って・・・?」
「表の方法じゃあな。裏のやり方なら幾つか方法があるんだ」
島田はそう言うと、広げた地図を折り畳み、リュックに戻す。
そして、立ち上がるとーーー、
「必要なのは、ある人物の協力だ。その人をこれから探しに行くぞ!」
加藤とアゲハは、意気揚々と立ち上がった島田を見上げたのち、顔を見合わせて 首を傾げた。