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第二章5 『旅の目的』

「ーーーで、旅の目的を教えてもらおうか」


 街道となっている国道2号線沿いの 簡易(かんい)宿泊所(しゅくはくしょ)となっている潰れたガソリンスタンドで、加藤は島田に迫る。


 島田は、嘆息をひとつ吐いて、辺りを見合わたした。


「・・・」


 今、この場には加藤たちを含めて 3組の旅人が居合わせている。


 同宿(どうしゅく)の者たちとは距離が離れている上、向こうもそれぞれ会話が弾んでいる。

 話を聞かれる心配はないと判断した島田は、加藤とアゲハを近くに寄せて、旅の目的を話し始めた。


「・・・俺と先生の旅の目的は、“ある情報”を持ち帰る事なんだ」

「ある情報・・・?」

「それってどんな?」


 アゲハの問いに島田は、首を横に振る。

 それはシークレットと言う訳か。と、思ったが実は違った。


「俺もよく知らないんだ」

「は? お前、佐伯さんから託されたんだろ?」


 島田は、(ふところ)からある物を取り出して、床に置いた。

 それはーーー。

「スマートフォン?」


 加藤とアゲハが、かつて使っていた文明の利器(りき)だ。


「あぁ。《覚醒者》である加藤とアゲハなら、よく知っているだろう。使った事もあるんじゃないか?」

「そりゃな。持ってたしあるよ。最も、この世界で目が覚めた時は持ってなかったけど」


 しかし、世界が滅びて二十年後の世紀末で、スマホなんて物をお目に掛かれるとは思っても見なかった。


「ーーー昔の人たちは、こんな薄い板一枚で、遠く離れた人と話したり、何千何万の書物を読んだりしたんだよな?」


 空想に(ふけ)る子供のように、目を輝かせた島田。


「あぁ。電話とかネットとかだよな。確かに出来たよ」

「今じゃ()()なんて技術をザラに目にするけど、昔もこんな技術があったんだなぁ」

「・・・魔法?」


 アゲハが床に置かれたスマホを手に取る。

 画面に触れたり、電源ボタンを長押ししたりするが、反応はない。


「当然だけど、これ電池切れてるね」

「電気を流すと動くんだ」

「知ってる」

「この中に、マサルが言ってる“ある情報”が入ってるんだね」

「あぁ」

「確かに、これなら充電しないと中を見れないし。ネットにも繋がってないだろうから乗っ取りの心配もない。この文明が滅びた世紀末に機密情報を入れておくなら、持ってこいのブラックボックスだね」


 アゲハの言う通りだ。

 封書(ふうしょ)言伝(ことづて)なら運んでいる途中で盗み見たり、内容を差し換えたり出来るだろうが、これなら簡単に手は出せない。


「この中にどんな情報が入ってるかは、さっきも言ったが、俺はよく知らない。けれど、佐伯さん曰くーーー、ある()()についての情報が入っているらしい」



「ーーーん!?」



 島田の一言に、加藤が不意(ふい)に声を上げる。


「・・・加藤、どうした?」

「あ、いや・・・今、なんとなく・・・」


 と、言ったきり加藤は口をつぐむ。声を上げた理由は、加藤本人も分からないと言った風だ。


「・・・」


 そんな加藤を、アゲハが(いぶか)しげに見ていた。


「ま。とにかく、この中にある情報を、何としてでも持ち帰らなければならないんだ」


 それは、文章か音声データか、はたまた画像か動画かは分からないが、佐伯というひとりの男が命を捨ててまで託した情報だ。


「ちなみに目的地ってどこ?」

「・・・《岐阜の街》」


 島田は、端的(たんてき)に そう言った。


「《岐阜の街》? 岐阜県でいいんだよね?」

「岐阜県か・・・こっからだと、結構あるな」

「うん。歩きだと少しかかるね」

 

 今、加藤たちがいる場所は、だいたい岡山県と兵庫県の間ぐらいだ。

 この場から岐阜県まで徒歩で向かうのならば、少なくとも数日はかかるだろう。

 更には、道中モンスターや盗賊などの無頼な輩も居るので、戦闘や遠回りで時間を食う可能性もある。


「重要な情報なら早めに届けた方がいいけど、事はそう簡単じゃないみたいね」

「モンスターに盗賊・・・道を阻むモノは多いしな」

「あぁ、それでなくとも、この先 厄介な問題が道を塞いでいるしな・・・」

「厄介な問題?」

 

 ーーーと、その時、空気を引き裂くような笑い声が宿泊所に響き渡った。

 島田、加藤、アゲハの3人は、声のする方へ目を向ける。そこには、笑い合う4人の男たちがいた。


「なんだアイツら?」


 胴間(どうま)(ごえ)を張り上げながら、無遠慮に話し合う4人。同宿の者もいるのだから、もう少し遠慮してほしい。

 もう1組の、幼い子供がいる家族連れも迷惑そうに彼らを見ている。

 ・・・いや、あれは怯えているのだろうか?


「うるさいね。注意してこようか」

「やめておけ。アゲハ」


 立ちあがろうとしたアゲハを、島田は静止する。


(そうだ、やめておけ。無用な争いは、出来るだけ避けた方がいい。そもそも、注意するのに、その手に持った拳銃はいらないだろ・・・)


 加藤は、銃を把持(はじ)したアゲハに心の中でツッコム。


「つーか、アイツら何者なんだ?」


 加藤は、率直に思った疑問を口にする。

 だが、仕方がない事だ。

 正直、彼らの存在は、この宿泊所では異質なモノと言えた。

 同宿となったもう1組は、若い男女に幼い子供。普通の家族連れの旅人だ。

 しかし、連中はーーー。

 


「加藤。あまりじろじろ見るな」

「え?」

 島田に注意されて、視線を外す加藤。

「ああいう手合いには、出来るだけ関わるな」

「島田は、奴らが何者なのか知ってるのか?」

「・・・」

 加藤の問いに島田は、押し黙る。

「島田?」

「・・・旅の目的も話したし、もう休もう」


 あからさまに会話を打ち切る島田。

 情報が入ったスマートフォンを大事に懐に仕舞いこみ、テントに入り込んでしまった。


「見張りは、加藤、俺、アゲハの順番でいいよな」

「あぁ・・・」

「あっ! それと・・・加藤」


 テントから顔を出す島田。まるで害虫を見つけたような冷たく、非情な目で加藤を睨みつけてーーー、

「今度、俺の顔に落書きしやがったら、テメェの顔パンダにするからな・・・」

「あ、はい」

 静かなる怒りを口にした。




 夜も程よく深けた頃。

 同宿になった家族連れも騒がしかった男たちも、それぞれ見張りを立てて、寝静まっている。

 そんな中、初めに見張りを請け負った加藤は、まじめに役目をこなしながらも、ある事を考えていた。


「・・・」



『ーーー、ーー、・・・帝国ーーー。ーー、ーーー』



「ーーーちょっと」

「!」


 声をかけられて振り返ると、アゲハが立っていた。


「何だよアゲハ。交代の時間にはまだ早いだろ。つーか、次は島田じゃなかったか?」

「見張りの交代に来たんじゃないわよ」


 アゲハはそう言って、加藤の隣に腰を下ろす。


「兵庫に聞きたい事があって来たのよ」

「・・・アゲハ。お前の聞きたいことは、何となく察しがつく」

「ーーーそれは!?」


 わざわざ島田を避けて、加藤に話に来る事などひとつしかない。


「悪いが、俺には好きな人がいるんだ。だから・・ごめん」

「いや、告白に来たんじゃねぇーよ」


(ーーーえっ!? 違うの。夜に神妙(しんみょう)な顔して来たから、てっきり愛の告白かと・・・)


「私が兵庫を好きになるなんて、天地が創造されても無いから」

「神の力を持ってしても無理!?」

「私が聞きたいのは、マサルがさっき言ってた“帝国”について」

「・・・」


 アゲハの本来の問いも、加藤には想像がついていた。


「マサルが言った“帝国”って言葉を聞いた時さ、何か(よぎ)らなかった? 頭に・・・」


 アゲハも加藤と同じことを感じていたのだろう。つまり、これは《覚醒者》に関することだ。


「アゲハってさ、能力って誰に教えてもらった?」

「え?」


 質問を質問で返されたからか、一瞬 狼狽(うろた)えるアゲハ。だが、彼女はすぐにその意図が分かったようで・・・。


「・・・兵庫もなんだ」

 加藤は頷いた。

「私に能力を教えてくれたのは、猫耳のおじさんよ」


 猫耳のおじさん??


「え? 何それ?」

「あっ! ちょっと待って。・・・犬耳かも? いや、そもそも猫耳犬耳は、猫と犬に付いてるから猫耳犬耳であって・・・おじさんについてるなら、オジ耳?」

「どうでもいいわ! 獣耳って事だろ!」


 加藤の突っ込みに、他2組の見張りが反応して、こちらを睨んできた。


「う! と、とにかく、そいつに能力を教えてもらったんだな?」


 声の音量を下げて、アゲハとの会話を続行する。


「うん。顔はよく覚えてないんだけど、その特徴的な耳は覚えてる」

「獣耳のおじさんって、俺とは全然違うな」

「で、加藤の言わんとしてる事なんだけど、“帝国”って単語、能力を教えてくれた人との会話に出てきたって事だよね?」

「ーーーあぁ」


 アゲハの言葉に加藤は頷く。

 加藤は、自分の手に視線を落としーーー。


「能力の使い方を教えてくれた人が話していた言葉の中にあった気がするんだよ。“帝国”って言葉が・・・」


 加藤は、自分の意識に集中する。

 砂嵐の中にいるような朧気(おぼろげ)な記憶だが、確かに能力を教えてくれた少女が言っていたのは、覚えている。



『ーーー、ーー、・・・帝国ーーー。ーー、ーーー』



 会話の中に、ぽつりと出てきた一言。

 どんな会話だったのかは思い出せない。だが、とても・・・とてつもなく大事な内容だった気がする。


「マサルが言ってた“帝国”と、私たちの記憶にある“帝国”は同じものだよ、ね?」

 アゲハの その疑問も加藤は感じていた。

「多分。根拠はないが、無意識に俺はそう思った」

「・・・」

「・・・」


 沈黙がふたりを包む。

 それが破られたのは、寝静まっている誰かがかいたイビキだった。


「フッ・・・全く、訳のわからない事だらけよね? この世界も、私たちの事も・・・」


 自嘲(じちょう)気味(ぎみ)に笑うアゲハに、加藤は嘆息(たんそく)を持って応える。


「ま、ほとんど記憶がない状態で、こんな世紀末みたいな世界で目が覚めたらそうなるだろ」

「だね・・・」


 不意にふたりの胸から笑いが溢れた。

 確かに、訳も分からないし不気味だ。

 だが、同じ気持ちを共有できる相手がいるだけで、不安は払拭されるものだ。

 それに、自分でもよく理解出来ていないものを他人と共有できるのは、なんだかおかしな気分になる。

 加藤とアゲハは、寝ている人に迷惑にならない程度に、しばらく小声で笑った。

 

 落ち着いた頃に、アゲハは「そう言えば、」と会話を切り替えた。


「兵庫に能力を教えてくれたのって、どんな人?」

「同い年くらいの女の子だよ。俺も顔は思い出せないけど、綺麗な黒髪が特徴的だったよ」

「ふーん・・・獣耳?」

「いや、普通に人耳」


 だったと思う。

 よく覚えていないから断言は出来ないが、獣耳だったら、髪質よりずっとそちらに意識が向くから覚えているはずだ。


「あー・・・、でも なんか特徴的な首飾りしてたな」

「へー、どんな?」

「西洋ぽい折れた剣に蛇が巻き付いてるような奴だったな・・・。人に見られたら面倒だから、いつも服の中に隠してたんだけど、俺といる時は、特別だって見せてくれてたな」

「折れた剣に蛇の首飾りね・・・趣味悪くない?」

「そう言うなよ。彼女、それ かなり気に入ってて、どこいく時もつけてたんだから」

「ーーーそう言えば、趣味悪いで思い出したんだけど、マサルの好物ってゴブリンの脳らしいよ」

「は? なにそれ? ゴブリンの脳って食えるのか?」

「分かんない。だけどさ・・・ーーー」


 加藤とアゲハの夜は、まだまだ深けていくのであった。

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