第一章1 『目覚めた少年』
「ーーーぃつ・・・」
激しい頭痛で目が覚めた。
はじめ、寝ぼけ眼に飛び込んできたのは、見知らぬ天井。次に荒れ果てた部屋だった。
「・・・?」
頭痛の余韻が残る頭をさすりながら、加藤 兵庫は身を起こした。
黒髪短髪に中肉中背。目つきが悪いこと以外は、これといって特徴がない十七歳の少年、それが加藤兵庫だ。
学校指定のジャージに身を包んでるところを見ると部活帰りだろうか。
加藤は、自分の姿を見てそう判断する。
ーーーと言うのも、加藤は今の状況をまったく理解できていなかった。
「部活の帰り・・・だよな? で、ここどこだ?」
最後に思い出せるのは、学校での部活動。
それでいきなり目を覚ました場所が、見知らぬ部屋のソファーの上だ。
加藤の頭の上でクエスチョンマークが踊る。
「・・・誘拐か?」
第一にそう思った。
「いや、俺なんかを誘拐するメリットはないよな」
実家はそう裕福な家庭ではないし、体の大きな男子高校生を拐うくらいなら、小学生を狙った方が成功率も上がるだろう。
それに、仮に誘拐とするならば、手足を縛るくらいしておいても良いだろうに。手足は自由なうえ、目隠しもなし。おまけに体育で愛用している運動靴まで履かされている。
今すぐ、走って逃げることも可能だ。
「・・・取り敢えずここ出るか」
そう判断して、見知らぬ部屋を後にする。
兵庫が寝かされていた部屋は、マンションの一室のようで、荒れ果て具合から使われなくなって何年は経っている感じだ。
所々、床が抜け、壁紙が剥がれている。
それ程 広い部屋ではないのに、大型犬でも飼っていたのだろうか。壁には大きな爪痕が残っていた。
軋む扉を開け放ち、外に出る。生暖かい風が頬をなぜて外の景色が広がった。
「? ?? !!?」
目の前の状況が理解できずに加藤は、言葉を失う。
外には荒廃した街が広がっている。
建物は倒壊するか、良くて半壊。車が往来していたであろう道路には、亀裂が走っている。
「なん、だ・・・これ・・・?」
『ぎゃあぎゃあ!』
「うわっ!!?」
突如、金切り音のような叫び声がして、身を屈める。鳥が近くの木々から飛び立つのが見えた。
「びびった。鳥かよ」
鳥の影を目で追う加藤。
「ーーん? あの鳥なんかデカくないか・・・ッ!」
ガサっとマンション下の茂みが揺れた。
「今度はなに!? 誰か居るのか」
手すりから身を乗り出して下を伺う。すると、一匹のネコが茂みから飛び出してきた。
「・・・猫かよ」
猫は周辺を軽く見渡して、すぐに茂みに引っ込む。
加藤は空を仰ぐがーーー、
「・・・・」
鳥もすでに見えなくなっていた。
「はぁーあ」と溜め息をひとつ。
突っ立っていても始まらないので、加藤はマンションを後にする。
**************
割れたアスファルトの道路を当てもなく歩く。その間、人の影すら一度も見ない。
このまま誰とも会わなかったら、荒れ果てた街でひとり野宿なんて事になりかねない。
そもそも、野宿なんてしたことがない。身ひとつで出来るものなのだろうか。
そう思いながら、自分の持ち物を確認する。携帯なし。財布なし。右のポケットにタバコ一箱あり。
「なんで、タバコが?」
見覚えのない物がポケットから出てきて、首を傾げる加藤。
「あっ! 確かこのタバコ・・・」
確か、部活が始まる前に顧問が急に持ち物チェックをしたのだ。その時に喫煙者である先輩が タバコ発覚を逃れる為、加藤のポケットに突っ込んだものだ。
「あの野郎のタバコか。たくっ、学校で吸うんじゃねぇよ・・・」
悪態ついてもひとり。仕方がなくタバコをポケットにしまい込む。
「そんな事より、マジで どこだよここ? つーか、なんでこんなに荒れて誰もいないんだ」
少し歩いて気がついたが、見知らぬ街だ。街並みや標識の文字から日本である事は分かるが、本当に見覚えがない景色が続く。
ふと、上を見上げると道路標識が目に入る。掠れている上、苔まみれでほとんど読めないが、微かに岡山市の文字が見てとれた。
「岡山・・・。岡山ってこんな荒れ果てた街なの?」
んな訳ないか、と突っ込んで再び足を動かす。
しばらく歩くと住宅街に差し掛かる。すると、じゃりじゃり、と砂が擦れるような音が聞こえてきた。
「! 誰かいるのか!?」
もしかしたら、この半壊した住宅街にも まだ人が暮らしているのかもしれない。
加藤は、耳を澄ましながら音の方へ足を向けた。
「はぁ、はぁはぁ、誰か・・・誰でもいいから・・・」
徐々に近づく音。次の路地を曲がった辺りに、その主がいるはずだ。
路地を曲がる。そこに居たのはーーー、
「ーーーえ?」
真っ黒い豹のような動物。
じゃりじゃり、と巨大な爪がアスファルトを打ちながら、ゆっくりとした動作で振り向く黒豹。
その悠然とした態度は圧倒的強者のそれだ。
『コロロロ・・・』
縦に裂けた瞳孔が加藤を睨む。
『ガァアァァアアア!!』
唸り声を上げて加藤に襲いかかってきた。
黒豹との距離は、十数メートルはあったはずだ。それが一瞬でゼロになる。
「う、ぉぉおおおーーーッ!!」
加藤は、身を捻って寸前で回避する。勢いを止められずアスファルトに体が打ちつけられるが、黒豹に噛みつかれずにすんだ。
「いっ・・・てぇ、肩打ったっ!!」
よろめきながらも何とか立ち上がり、黒豹から距離をとるため走り出す加藤。
「ぁ・・・何あれ何あれ何あれぇ! と、虎? 豹!? 初めて見た、あんなの!!」
豹に似た見た目だが、身体が二回りは大きかった。昔、家族と行った時に見たサファリパークのライオンより大きい気がする。
ガシャン! と、上で何が壊れる音がした。
確認する暇など無いのに、加藤の顔は無意識に音の方を向く。そのお陰で助かった。
黒い大きな影が家の屋根から降ってくる。無論、先ほどの黒豹だ。
加藤はとっさに足を止める。目の前に黒豹が立ち塞がったのは、ほぼ同時だ。
「クソッ!!!」
『ガァア!!』
黒豹の背後に十字の剣が出現した。
それが、尻尾の先に付いているモノだと加藤が理解したのは、剣が彼の背後にある 傾いた電柱を両断した後だった。
その射程も驚きだが、恐ろしいのは切れ味の方だろう。
電柱の中は空洞だが、鉄筋で補強されている筈だ。それを容易く切断した。
「やばいやばいやばいやばい!!!」
尻尾が鞭のようにしなり、先端に着いた十字の剣が不規則に空を斬る。
加藤は、咄嗟に足元にある石を拾い上げて黒豹に投げつける。
『ガウッ』
軽いステップで石を回避する黒豹。
その一瞬をついて、背を向けて走り出す加藤。
無論、そのまま逃すほど黒豹は甘くなかった。尻尾の剣が周囲の家を両断していく。
「おわああああァァアアアァァアアア」
どうやら尻尾の剣は、射程・威力と共に凄まじいが、精密な操作は効かないようだ。
今、加藤がその事に気づくはずもないが、それが幸いして彼は両断されることなく黒豹から距離を取る事に成功した。
「ハァハァ・・・ヤベェ、今のは死ぬかと思った!」
『コロロ・・・ガァア!』
だが、それも猫科動物(?)の身体能力にしてみれば、大した距離ではない。
加藤は、背後から確実に近づいてくる獣の気配を感じていた。
「くそ、逃げ切るのは無理か!? ど、こかに・・・かく、れないと」
息絶え絶えに当たりを見渡す。
半壊した住宅が目に写る。隠れようと思えばいくらでも隠れられそうだが、なかなか踏ん切りがつかない。見つかれば、逃げ場のない家の中など袋小路と同じ。
「ちくしょー・・・どこに、隠れれ、ば」
考えれば考えるほど踏ん切りがつかない。
その時、腹に響く地鳴りが住宅街に響いた。
「!? 今度は何だ!? うおっ!!」
加藤の目の前を図鑑から飛び出してきたような草食恐竜が塞いだ。
岩だらけの外骨格に、巨大な岩の塊を尻尾につけた恐竜だ。
「・・・こんなのも居るのかよ」
絶望する。
目の前には恐竜、背後には黒豹だ。活路はない。
そうこうしている内に黒豹が追いついてきた。
十字の剣が障害物を切り裂きながら迫り来る。
咄嗟に身を屈めて、剣を躱す加藤。剣が恐竜に突き刺さった。
『ブォォオーーーーーッ!!』
流石は、鉄筋を切り裂く剣だ。岩だらけの恐竜の皮膚にも簡単に食い込んだ。
尻尾についた岩の塊を振り回しながら恐竜は暴れだす。
『ォォオオオーーーーーーーー!!』
轟音と住宅の破片を撒き散らしながら暴れる様は、さながら災害に匹敵する騒動だ。
『ガァァアアア!!』
だが、流石は黒豹。より大きな獲物を見つけたと言わんばかりに恐竜に襲いかかる。
「うおっ、うぉぉおおお!!!」
瓦礫と二匹の巨獣が飛び交う中、加藤はその場から命からがら逃げ出す。
「あ、あぁ、あああ!!! 死ぬっ、死ぬっ、死ぬぅ!!!」
「ーーーおい、お前!」
「!?」
声をかけられ、咄嗟に顔がそちらに向く。
視線の先には、ひとりの男性。
40代ほどだろうか。警察機動隊が身につけるような防弾チョッキにヘルメットを装備して、腰には日本刀を吊るしている。
「こんな所で何してる!? ここは危険指定区だぞ!」
「ぁ・・・。人だ。やっと人に出会えた!!」
加藤は、感激の声を上げて、差し出された手を取る。
「とにかく早くここから離れるぞ!」
男性に手を引かれて、加藤は巨獣たちの棲家を後にした。