第一章19 『仲間割れ』
「キリエ・・・なん、で・・・?」
仲間であるキリエに銃を突き付けられ 固まるアゲハ。
状況がまったく理解できないと言った感じだ。
「私たち仲間でしょ? なんでこんな事を・・・」
「仲間?」
アゲハの一言にキリエが ぴくり、と反応する。
「く、ふふふふ・・・」
キリエが肩を震わせる。それが笑いからくるものである事は明白だ。
堪らず噴き出すキリエ。
「ぷっ、はははははははははははは!!」
「!?」
「仲間!? 仲間だってぇ!? そんな事思ってたのはお前だけだよ!」
嘲るような口調。
「私はねぇ・・・アンタのことが大っっっ嫌いだったんだよ!」
「え・・・!」
「《覚醒者》だか何だから知らないけどね! いきなり現れてデカい顔しやがって。ウゼェーんだよ、てめぇ!」
アゲハに向かって、饒舌に毒を吐くキリエ。
佐伯は、その隙を見て、チラリと投げ捨てた日本刀に目を向ける。
「・・・」
今、キリエの意識はアゲハに向いている。
この隙に武器を手にして、反撃に転じれるか、と思案する佐伯だったがーーー。
乾いた発砲音が響いて、佐伯の足元が弾けた。
「っ!」
「妙な真似すんなよなオッサン」
キリエには、気づかれていた。
「悪いがケンカならオッサンがいない所でやってくれるか。オッサン忙しいから」
「そうはいかねぇんだよ。オッサンには、やってもらう事があるからな」
キリエは、殺意にまみれた視線をアゲハに向ける。
どうやら、信頼していた仲間からの殺意というのは、思った以上に人の精神を蝕むらしい。
体を引きつらせて、喉を鳴らしたアゲハは、苦悶の表情をしていた。
「この女を殺せ」
「!」
「安心しなよ。アンタが本当に殺せって言ってんじゃないよ、実際殺すのは私だ」
「話が見えないが?」
「鈍いね。アンタがアゲハを殺したことにして、私がアゲハの仇としてアンタを殺すって事だよ」
「つまり、俺は盗賊団のボスを殺した濡れ衣を着ればいいと言う訳か・・・」
(・・・ずいぶんと周りくどい言い方をするな)
佐伯は、嘆息をひとつ。
「そーだよ。流石に 私が堂々とアゲハを殺したら、手下どもの反感を買うからね。だから、他の誰かに殺してもらう必要があったんだが・・・今まで、アゲハを倒せるくらいの実力を持つ奴は、この砦に来なかった」
「・・・」
「だが、オッサン アンタなら充分だ。アンタがアゲハを殺してくれたら、私は《Black butterflies》のボスに返り咲ける!」
「キリエ・・・」
アゲハが口を開く。声は震えていた。
「本当に、なんでこんな事するの・・・? 私の事 嫌ってるなら口で言えばいいじゃない。盗賊団のボスだって、私やりたくてやってる訳じゃないんだから、言ってくれれば譲ったのに・・・きゃっ!」
キリエが放った弾丸は、アゲハの顔の真横を通り過ぎていった。
咄嗟に身を屈めて頭を守るアゲハ。
威嚇射撃、と言うには危険すぎだ。逆上して思わず引き金を引いた、と言った方が適切な一発だった。
現にキリエは、コントロールできない怒りを 荒い呼吸で発散しようとしている。
「あぁ・・・マジでムカつく。マジで・・・」
「キリエ・・・」
「アンタさぁ・・・私らに読み書き教えたろ」
「え?」
話が突然変わり、困惑するアゲハ。だが、キリエの言葉は構わず続いた。
「計算も・・・言葉遣いとかもさぁ・・・いろいろ教えてきたじゃん」
「そ、それは、あなた達が計算や読み書きができないって言ってたから・・・少しでも役に立てばいいなって。もし、盗賊から足を洗って真っ当に生きる時がきたら・・・」
「ギィぃぃいいいいいい!!! そ・う・い・う・ところがムカつくんだよぉぉおおお!!」
キリエは、幼子のように地団駄を踏み鳴らして 絶叫した。
言葉の後も、身を捩りながら、意味不明な言葉を叫んでいる。
叫び終わったかと思えば、アゲハに食ってかかった。
「ーーーそう言いながら、学も知識もない私たちを馬鹿にして笑ってたんでしょ! 字を教えるフリして心の中で、こんな事も分からないなんて馬鹿ね、って思ってたに決まってる!」
「そんなこと・・・」
「アンタっ!!」
アゲハの弱々しい言葉は、キリエの絶叫のような声に掻き消される。
「学校ってどんなところよ?」
「は?」
「アンタも・・・っ、オッサンもだね」
佐伯に視線を送ったキリエ。
「前時代の平和な世界で暮らしてたんだよね? ねぇ、学校って楽しいの? 噂でしか聞いたこと無いんだけど、みんなで勉強したり運動したりするところだよね? 面白いの?」
「・・・」
「つーかさ、そもそも モンスターがいない暮らしってどんななの? 清潔な水や美味しい食べ物がいくらでも出てくる生活ってどんななのよ!」
圧倒されて、言葉が出てこないアゲハに無言を貫く佐伯。
返答が無いこともあってか、キリエの叫びのような言葉は、なお続く。
「安心して眠れる家があって、甘えられて優しくしてくれる親がいるのって当たり前なの? 住む家もなくて、親もいなくて・・・体を売る事でしか生きていけなかった私の人生とどう違うの? アンタが前時代の話をしたり、勉強を教えてきたりする度にね・・・私の人生を否定されてる気分になるの・・・私のこれまでをバカにされてる気持ちになるのよ!」
「・・・き、りえ」
キリエは歪んでいた。激しく、修復困難なほどに。
だが、その歪みは、豊かな前時代を生きてきたアゲハと世紀末で身を削りながら生き抜いてきたキリエとの価値観の乖離によるモノである事は明白だった。
ーーーつまり、キリエがここまで歪んだ原因は、アゲハにもあった。
だからこそ、その時のアゲハは、無自覚に死を受け入れたのだろう。
強張らせていた体をリラックスさせるアゲハ。
それを目ざとく感じ取ったキリエは、銃の照準を合わせて引き金を引くーーー瞬間、吹抜けの柱が爆発した。
「!」
「!?」
「っ!」
驚く3人。
階下の方なので、状況はよく分からないが、どうやら柱が爆発したのではなく、何かが柱に激突したようだった。
「何だ?」
キリエが階下を除く。柱の一本が真っ赤に変わっていた。
と その時ーーー、
「ん!?」
「・・・っ! ・・・っ!!」
佐伯の耳は、遠くから聞こえてくる見知った声を捉えた。
「ーーーは危なかった!」
「!!」
加藤の声だ。そう思った時には、佐伯の体は動いていた。身を低くして走り出す。
「ーーーはっ! おい!?」
キリエは弾丸を放つが、彼女の意識が階下に向いていた ため、反応が大きく遅れた。
佐伯の影を虚しく貫いた弾丸は、床を穿っただけだ。
捨て置いていた愛刀を拾い上げ、手すりを飛び越えて落ちるように吹抜けの階下に降り立つ佐伯。
キリエが上階から狙い撃ちしてきたが、開いた距離から佐伯が弾丸を躱すのは訳なかった。
「加藤っ!」
吹抜けを照らす月明かりに加藤が現れた。次いで、島田も。
「お前たち無事だったか! 逃げーーーっ」
「逃げろ! 佐伯さん!!」
「むっ!?」
ふたりの背後から老緑色の巨人が現れた。
その姿を目にした佐伯は、全身の血が凍ったかのような錯覚に陥る、と同時に かつての恐怖を思い起こされた。
「・・・っ!? ホブ、ゴブリン!?」
同じく、佐伯の姿を瞳に映したボブゴブリンは、歪んだ顔をさらに醜く歪めて笑う。
『ゲェーーーゲッ、ゲッ、ゲッ、ゲッ、ゲッ!!!』
手に携えていた大型の鉄製ハンマーを肩に担ぐ、と同時に跳躍。
大上段から佐伯の頭部に向かってハンマーを振り下ろす。
「危ねぇっっつ!!!」
加藤が佐伯を突き飛ばす。
鉄製ハンマーが床にめり込んだ。
同時に、ブゥゥゥゥン とした震動音が空気を震わせる。
瞬間、床が波打ち衝撃が地中を這った。
「はっ! 全員飛ぇえーーー!!」
佐伯の怒号で、吹抜けにいた全員が反射的に地を蹴る。
刹那、放射線状に広がる衝撃波が吹抜けを破壊していく。
床が割れて柱に亀裂が走り、衝撃は吹抜け最上部のガラス張りの天窓まで登っていく。
ガラスが破れる劈くような音がしたと思ったら、滝のように天窓の破片が降り注いだ。
「づっーー!!」
「きゃぁぁぁあ!!」
誰とも分からない悲鳴が聞こえた気がしたが、破壊音に掻き消される。
数秒続いた衝撃波による破壊は、ようやく収束した。
「はぁはぁ・・・一体何が」
「みんな、生きているか?」
「生きてます。何とか・・・」
身を起こしたのは、佐伯、島田、加藤の3人だ。
山の霧のような、濃厚な土ぼこりが晴れていき、それぞれが姿が認識できた。
「・・・加藤は無事そうだな。島田も大した怪我は無さそうか」
「無事っす」
「先生。俺も無事です。一体何が起こったんですか? さっきのモンスターは・・・」
「今の破壊で自滅してくれたらいいけどな」
「いや・・・」
加藤の言葉を佐伯は否定する。
「ーーーっ! マジか・・・」
破壊し尽くされた吹抜けの中央には、ボブゴブリンがハンマーで地を穿った状態で立っていた。