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第一章12 『忍び寄る“死”』

 佐伯と島田が地下牢を脱獄した少し後。

 ひとつの影がショッピングセンターの駐車場入り口に現れた。


「おい。何だアイツは?」


 外の見張りを担当していた、ひとりの盗賊少女がその影に気がついた。

 月明かりでもよく分かる老緑色おいみどりいろをした巨軀きょくに、丸太のように太い腕には大型の鉄鋼ハンマーを携えている。


「・・・こっち来るぞ」


 駐車場内部に侵入してくる巨人。近づいて来るにつれ、その姿はより鮮明に映し出される。

 ゆうに二メートルを越す肉体の上に、禿げ上がった猿の顔を、さらに醜く歪ませたような頭を乗せている。

 鷲鼻わしばなを震わせた巨人。

 次の瞬間、耳まで裂けた口を吊り上げてーーー、


『ゲッゲッゲッ、』


 と、牛蛙の断末魔だんまつまのような、気持ちの悪い声を発した。

 笑っているのだろうか。


「モンスターか? ゴブリンに似ているが・・・」


 巨人は、既に駐車場の奥深くまで侵入してきている。見張りの者たちに気づかれてもお構いなし、と言った風だ。

 当然、とりでに堂々と侵入してきたモンスターを放っておく訳にもいかずーーー。


「おい! 何だお前!」

「止まれ! コラッ!」

「追い返すぞ。お前、人集めてこい!」

「はい」


 瞬く間に、巨人は見張りの盗賊少女たちに囲まれる。そこで、ようやく巨人は足を止めた。

 リーダー格の盗賊少女が、槍を突き立てて巨人に迫る。


「やいお前! ここがどこだか知ってんのか? ここは悪名高いブッ・・・!」


 瞬間、リーダー格の少女の首が遥か上空に飛び上がる。数秒 経って鈍い破裂音と共に首が地面に落下した。


「は?」

「?! た、隊長?」


 残った体がぐらりと傾き、地に伏す。


「ひ、ギャァぁぁあああ!!」

「た、たたたた隊長!? いったい何が!!?」

 慌てふためく見張りの盗賊少女たち。


 巨人はというと、眼下に広がる血溜まりを見て、醜い相好そうごうを さらに醜く崩す。


『ゲゲーーーッ!』


 騒ぎを聞きつけて、残りの見張りの者たちが集まってきた。


「何だ! いったい何事だ!?」

「侵入者か!?」

「おい、あれ隊長か? し、死んでるの!?」


 十数人からの盗賊少女が巨人と対峙する。


「囲め囲め!」

「は、はい!」

『ゴロロ・・・』


 数人の盗賊少女たちから囲まれた巨人は、鉄鋼ハンマーを肩に担ぐように構えるーーー。


「全員で攻撃しろ! 殺せぇ!」


 力任せに横薙ぎの一閃いっせんを放った巨人。

 バゥウッ! と轟音を伴う暴風が吹き荒れた。

 と思ったら、ほぼ全方位にいた盗賊少女たちの首が同時に吹き飛ぶ。

 ショッピングセンターの駐車場の一角いっかくが、一瞬で血の海に変わる。


「ひ、ひぃぃぃいい!!」

「な、ななななんだコイツは!!?」

「い、いい一瞬で・・・死んっ!」


 恐怖という感情の爆発が、その場にいたすべての者の心を飲み込む。

 恐怖に駆られて放心する者。

 声を出さずに涙を流す者。

 嘔吐し吐瀉物としゃぶつを撒き散らす者。

 失禁する者。

 それぞれの反応こそ違うが、皆 一様に心が壊れた、といった風だ。

 当然、彼女たちの中で巨人に立ち向かう気力を持った者は、もういなかった。


「お、おい・・・アゲハ様にほうこーーーっ」


 と、言いかけた盗賊少女は、真上から振り下ろされた鉄塊に体を潰されて、まるで水風船のように弾け飛んだ。

 その後も、死にたいとなった見張りの盗賊少女たちを ひとり残らず肉塊に変えていく巨人。

 血風と血肉、小さな叫び声が巻き起こる様は、地獄がこの世に顕現けんげんしたかのような凄惨せいさんな光景だった。


『グルル・・・ガァ?』


 その場に居た盗賊少女たちを 全滅させたかと思った巨人だが、ひとり生き残りがいた。

 仲間の返り血で真っ赤になった少女は、震える足を叱咤しったして一心不乱に逃げ出した。


「ひぃ! ひ、ひ、ひ、ひ、・・・・っ!!」


 とにかくこの地獄から逃げ出したい。

 と、願う彼女だが、その願いを叶えるほど巨人は優しくなかった。

 巨人は、鉄鋼ハンマーで軽く地面を鳴らす。

 瞬間、ブゥゥンという音が響き、アスファルトが内側から弾けた。

 その衝撃は、一直線に逃げた少女に向かって進む。


「はぁはぁはぁはぁ・・・っぅう!!?」


 突如、下からの衝撃に少女の視界は回転した。彼女の足が頭の位置まで飛び上がったのだ。

 盛大せいだいに転んだ少女は、自分の足を目にして愕然がくぜんとする。

 まるで、雷に撃たれた樹木のように内側からえぐれて、弾け飛んでいる。


「え? ・・・なにこ、れ?」


 足の痛みを感じる間もなく、少女の太ももあたりが、ボコボコッと変形し出す。

 まるで内側から、もの凄い力で押されているかのような感触。

 しかも、徐々に強くなっているーーー。



「ぁ、ぁあ・・・ぁぁあああああああぁぁあああぁぁあああぁぁあああぁぁあああああああああ!!!」



 パァン、という破裂音と共に少女は四散する。

 血肉が雨のように降り注いだ。


『ガァァ・・・』


 障害が無くなった巨人は、再度 悠然ゆうぜんとした歩みでショッピングセンターに向かう。


(匂う・・・匂いぞ。アイツの匂いだぁ・・・)


 ショッピングセンターから感じる匂いに巨人は強く引かれる。


 刀を持つあの男の匂い。自身の腕を斬り裂いた男の匂い。憎い憎い憎い憎い憎い男の匂い・・・!


『ゲッゲッゲッゲッゲッ・・・』


 牛蛙の断末魔のような、醜い笑みが巨人から漏れ出た。


『ゴ・ロ・ズ!』


 老緑色の巨人は、ショッピングセンター内に侵入した。

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