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第一章10 『ふたりの覚醒者』

「そこのムカつく顔の男。出ろ」


 看守役の少女の言葉に、キョトンとする加藤。

 島田に、またしても お前のことだ! と突っ込まれてしまう。


「ええ!? 俺だけスか?」

「お前だけだ!」

「なんで?」

「ボスが話があるんだとよ」


 ボスと言うと、あの拳銃を所持しょじしていた《覚醒者》の少女のことか。


「一体なんのお話でしょう・・・?」

「知らん! さっさと出ろ!」


 すごすごと地下室を出る加藤。

 女子に呼び出されるのは、中二のバレンタイン以来だ。

 クラスの女子から、リボンのついた箱を貰ったのを覚えてる。

 有頂天うちょうてんになりながら家に帰って箱を開けたら、中から大量の生きたカエルが出てきた。あれ以来カエルは嫌いだ。

 女子ってまれにえげつない事するよね。


 などと考えていると、後ろ手に手錠をかけられた。


「イデデ!」


 看守の手には、ぼんやりと光る石が握られている。加藤は、その光源を頼りに薄暗い通路を連れられいく。

 どうやら、ここはショッピングセンターのようで商品棚などがいつくも並んでいた。

 見張りだろうか、何度か建物内を巡回じゅんかいしている女盗賊とすれ違う。


 しばらく歩くとーーー、

「!」

 吹抜けとなっているステージに出る。


 最上部の天窓からは、月明かりがステージを照らしており、壇上だんじょうの左右には、ドラム缶の篝火かがりび煌煌こうこうと燃えている。

 壇上には、三人の少女がいた。中央の《覚醒者》の少女を挟むように長髪の女と大柄の女が立っている。


「ありがとう。君はもう下がっていいよ」

 《覚醒者》の少女が看守に指示を出す。

「ブラックバタフライ!」

 看守は、非常にダサいポージングを決めて、場を後にする。


(うわぁ、ダサぁ)


 見てるこっちが恥ずかしくなる。だが、壇上に立つ三人は、非常に真剣な顔をしている。・・・いや、中央の《覚醒者》の少女だけは、顔を真っ赤にしていた。


「みんなも下がっていいよ!」

 《覚醒者》の少女が手を振って、人払いをする。

「・・・ぁ!」


 よく見ると、吹抜けの上階に数人の影が見える。全員がボウガンで加藤を狙っていた。


「アゲハ様。それは危険では?」

「大丈夫だよ。彼は拘束こうそくされてるし」

 長髪の女、キリエが進言するが、アゲハは聞く耳を持たない。

「じゃあ、念のため少し痛めつけときましょうか」


 大柄の女、ミサエが壇上から降り立つ。加藤に向かって大股で歩み寄りーーー、

「えっ!?」

 裏拳うらけんで加藤の顔を殴打する。

「がぁ!!」

 横っ面を殴られて吹き飛ぶ加藤。

「ミサエ!」

「おらっ! もう一丁!」


 発砲音が吹抜けに響いて、ミサエが振り上げた拳を止めた。

「もうやめて。次は当てるよ」

 アゲハが空に威嚇いかく射撃しゃげきをしたのだ。


「・・・ミサエ。下がるよ」

「でもよ姉貴・・・」

「下がるよ」

「・・・分かったよ」


 しぶしぶ納得なっとくしたミサエは、振り上げた拳を下げる。


「ではアゲハ様。ブラック・・・」

「いいから早く下がって!」

 キリエのキメポーズをさえぎって、アゲハは強い口調で命令を下す。

「・・・失礼します」

 キリエとミサエは、大人しく闇の中に消えた。上階の狙撃手たちも同様だ。


「・・・盗賊団のボスも大変だな」

「!」

 加藤は、身を起こしながら口を開く。

「驚いたわね。ミサエに殴られてあごが砕けてないなんて」

「痛かったよ。でもそれ程じゃないな」




「イデデ・・・」

 吹抜けのステージを後にしたミサエは拳をさすっている。

「どうした?」

「いや、あの男。姉貴が言う通りヤバいぜ」

「!」


 ミサエが拳を見せると、キリエは驚愕きょうがくした。

 加藤を殴ったミサエの拳は、皮がめくれて血があふれていた。

 格闘技などの心得こころえがない者が、無闇に人を殴った場合、殴った側が負傷することはよくある。

 しかし、ミサエは、幼少期からケンカや格闘技に精通せいつうしていた。そんな彼女が人を殴って負傷するなどおかしい。


「大丈夫か?」

「これくらい大したことないよ。で、どうすんだ? 例の作戦。実行するなら今が好機こうきだろ」

「しっ! あんまり大きな声で言うんじゃないよ!」

「悪い・・・」

「作戦は実行するよ。早くて今夜にでも・・・」

「・・・了解!」





「取り敢えず、自己紹介しておくわね。私は、蝶野ちょうのアゲハ」

「・・・加藤、兵庫だけど・・・」


 律儀りちぎに自己紹介をしてきたアゲハに、若干じゃっかん警戒しながらも、加藤も自身の名を名乗った。


「よろしくね。早速だけど、アンタに聞きたいことがあるの」

「ちょっとちょっと!」


 アゲハの話をさえぎる加藤。後ろ手にかけられた手錠をジャラジャラと鳴らす。


「話をする前にこれ外してくれよ」

「ダメ。男はみんなオオカミよ!」

「こんなかわいいウサギちゃん捕まえて何言ってんだよぅ」


 加藤史上、渾身こんしんのかわいい顔をしてみる。

 だが、アゲハはナチュラルに舌打ちをした後ーーー、

「ウサギは性欲が強いからダメよ」

「どうやっても俺を変態にしたいんだね」


 加藤に変態の烙印らくいんを押す。

 嘆息たんそくをひとつ。加藤は、仕方なく拘束された状態で話を聞く。


「で、聞きたいことってのは?」

「ずばり、私たちは一体なんなの? ってこと」


 アゲハの問いに首をかしげる加藤。


「盗賊とそれに捕らえられたあわれな旅人。かな?」

「そうじゃなくて・・・」


 アゲハは頭を抱えて、溜息ためいきをひとつ。


「《覚醒者》って一体なんなのってこと!」

「は?」

「私たちは一体何者で、なぜこんな世界で突然目覚めたの? アナタは何か知らない」

「そんなの俺が知りたいよ。先に断っておくけど、俺 ほんの二日前に目が覚めたばかりのビギナー《覚醒者》だぞ」

「は? ウソ、マジで? じゃあ、もしかしてアンタも何の記憶もない状態でこの世界で目を覚ましたってわけ!?」


 口ぶりからさっするに、アゲハも目覚める前の記憶を無くしているのだろう。佐伯の言った通りだ。


「残念ながらな」


 アゲハは、頭を抱えたまま壇上に座り込む。またも大きな溜息ためいきが聞こえた。


「もう、うんざりよ。いきなりこんな訳の分からない世界で目が覚めて・・・友達も居ない荒れた街 彷徨さまよって・・・モンスターから必死で逃げ続けて、挙句あげく気がつけば盗賊のボスになっているなんてね」


 自嘲じちょう気味ぎみに話すアゲハ。彼女も加藤同様、いや加藤以上に苦労して、この世紀末の世を生きてきたのだろう。

 加藤はふと、気になってアゲハに問う。


「なぁ、なんでお前 盗賊なんてやってんの?」

「え?」

「いや、お前も《覚醒者》なんだろ。佐伯さん・・・えっと、さっきの日本刀を持ってた男の人が言ってたんだけど、《覚醒者》は、どこでも貴重きちょうな人材だから、どんな街でも手厚く歓迎されるって。だったら盗賊なんてリスクの大きい事せずに、どっかの街で用心棒なり冒険者なりに就職すればいいだろ、って思ってな」


 加藤が思うに、盗賊などは、その道しか残されていない者がなるべくしてなるような、そんな汚れた生業なりわいだ。

 一方でアゲハは、《覚醒者》としての能力や佐伯と立ち会った時の身のこなしなど、世紀末の世で身を建てるスキルを十分に持っていると思う。真っ当な仕事に就くことは可能だろう。

 それにーーー。


「俺の勝手な印象だけど、お前はなんか積極的に悪事に手を染めてないというか・・・盗賊をやめたがってるように思える」


 核心をつかれたアゲハは、息を詰まらせる。


「本意じゃないならやめろよ。盗賊」

 アゲハもそう思う。しかしーーー、

「そう出来ないから困ってるんじゃない」

 事は簡単じゃない。


「私が盗賊をやめても、この盗賊団は無くならないわ。いずれ、周囲の街で大規模な討伐隊が組まれて潰される」


 1月前、九州地方で起こった死霊しりょう魔術師の討伐大浄化作戦のような。


「だったら尚更・・・っ!」

「他の子たちはどうなるの!?」


 声を荒らげるアゲハ。しん、とした吹抜けによくや響いた。


「アンタの言う通り、私はその気になれば、他の生き方が出来ると思うわ。能力を使えば、ここら辺一体のモンスターにも負けない。でもね、他の子たちはそうは行かないの」


 ドラム缶の篝火かがりびがバチぃ、と音を上げる。


「この盗賊団の子たちはね、世界が崩壊した後に生まれた子ばかりなの。早くに親にも捨てられて、当然のごとく、学校にも通ってないから、字の読み書きすら出来ない子も大勢いる。そんな子たちが今の盗賊の生業なりわいをやめて、さぁこれから真っ当な仕事に着きなさい! って言われても簡単にはいかないでしょう」

「だからって盗賊行為を続けても本末転倒じゃねぇかよ」

「生きるためよ。仕方ないじゃない」

「言い切りやがったな・・・」


 アゲハは、これまで以上に深い溜め息をついた。


「信じてもらえないかもだけど・・・私は、あの子たちに真っ当な道を歩んでもらいたいと思ってるの。盗賊を辞めさせて、個人で自立して生きられるようにしてあげたい・・・いや、必ずしてみせる!」


 無理だろ、と言いかけて口をつぐむ加藤。

 もちろん、大勢の良識りょうしきある大人が、彼女たちを更生するべく働きかければ、何人かはアゲハの思い通り、真っ当な生き方に戻れる可能性は高い。

 だが、15、16歳の小娘ひとりが努力した所では、特に何も変わらない。人ひとりの、子供の力など、たかが知れているのだから。


「なんで、連中のためにそこまでするんだよ」


 率直そっちょくな疑問が、つい口からこぼれた。


「私は、この世界であの子たちに助けられたからよ。今度は私があの子たちを助ける番!」

「・・・律儀りちぎだな。勝手にやってろよ!」


 そう言いつつも加藤は、アゲハの気持ちがよく分かった。加藤も佐伯に救われて、恩を返すために彼の力になりたいと思っているからだ。


「・・・盗賊か旅人かの違いだけか・・・」


「そうそう、アンタの今後だけど、貰うもの貰ったら、仲間と一緒に解放するわ。《覚醒者》について何か分かるかと思ったけど、結局役には立たなかったし」

「結局、奪いはするんだな」

「七割だけよ。私は《BLACK butterflies》のボスだから、取り分の三割が私の元に入ってくる。それを後でこっそり返すわ。それをもって、とっとと逃げなさい」

「七割も取るんかい!」

「命助かんだからいいじゃない! さっきも言ったけど生きるためよ!」


 だからといって、良かった。ありがとう! とはならない。


「でも、解放するまで大人しくしててよね。もし反攻はんこうなんてされたら、流石に命の補償は・・・」

「大変です!」


 突然、話に割って入ってきたのは、加藤をここまで連れてきた看守の少女だ。


「地下牢の囚人が逃げ出しました!」

「・・・ないからね、って言った側から何してんのよアンタ!」

「俺のせいか!? いや、そもそも言う前だっただろ!」


 吹抜けのステージにぞろぞろと盗賊が集まってくる。その中には、先ほど加藤を殴打したミサエの姿も。


「アゲハ様! やっぱりこいつらは危ない奴でしたよ! この場で殺しましょう!」


 息巻いているのは、当然の如くミサエだ。

 大股で加藤に歩み寄る彼女の両拳には、禍禍まがまがしい棘がついたメリケンサックが装着されている。


「やめなさいミサエ!」

 アゲハの静止も聞かずに、ミサエは拳を振り上げる。


「い!? ちょ、ちょっと待てよ!」


 こんな大柄の女に、棘だらけのメリケンサックで殴られたら、今度こそ死ぬ。


「待たないね。死ね!」


 嫌な音が吹抜けに響いた。

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