第一章9 『Black butterflies』
「ブラック・バタフライズ?」
「あぁ。それがこの辺りを根城にしている盗賊団の名前らしい」
「ブラックバタフライズね・・・」
加藤は、口の中で言葉を反復しながら、ダサい名前だと内心苦笑いをしていた。
名前からして、その盗賊団のほとんどが思春期真っ只中の子供ではななかろうか。
夕陽に染まる崩壊した街を歩く佐伯、島田、加藤。3人は今夜の寝床を探している最中だった。
「先生。そんな話より今日の寝床はどうしましょう? 保存状態のいい廃墟でもあればいいんですが」
ここは、街道となっている国道2号線から離れた市街地だ。
世紀末の世になってから、いくつかの国道と高速道路が街道として整備されてきた。
街と街をつなぐ街道の周辺には、旅人のために簡易宿泊所のような、保存状態が良い建物などが点在している。
そういった所を利用するのが、現在の旅の常識だった。
「この近くに、昨日みたいな街とかないのかよ?」
「残念だが無い」
「街道の周辺にしか街はないのか? こういう市街地の中にとかは?」
「あるにはあるが、そう言うのは小さな村だったり、無頼漢の溜まり場だったりとかで、旅人は歓迎されないからな。基本的には、街道沿いの大きな街に泊まるのがいいんだ」
地図を広げる島田。《草野の街》で購入した この辺りの地図だ。
「それにここら辺には、今言ったような村も街もないしな」
野宿やむなしか。こんなモンスターの王国で、野宿は勘弁してもらいたい。
今も目の前をサラサラの毛皮を靡かせた鹿(?)のような動物の群れが横切った。鹿の群れは、そのまま隣の建物を飛ぶように登って行き、加藤の視界から消えた。
「鹿って飛べたっけ?」
太陽が徐々に西の空に沈む。ビルの谷間は既に夜の闇が濃くなってきていた。
「クソっ。ダサい名前の盗賊のせいで・・・ん!」
加藤は20メートルほど先に何かを見つけた。
生い茂る樹木に埋もれる建物の先、割れたアスファルトの間から咲き誇る巨大ひまわりの下辺りに、人がうずくまっている。
「おい、アレ! 人じゃないか?」
「!」
佐伯が走り出す。ほんの数秒でうずくまる人物の元に辿り着いた。
フードを目深に被っているが、その人物が女性であることが分かる。
「大丈夫か。どこかケガを・・・っ?」
突如、佐伯は腰の日本刀を抜刀。下段から横薙ぎに斬り付けた。
フードの女性は、飛び上がり、体を回転させて、斬撃を滑るように回避する。そして、蝶のようにふわり と着地する。
その際、フードが取れて、見目麗しい少女の顔が夕日に晒された。
「っ!?」
少女は、いつの間にか抜いた銃を佐伯の頭に突き付けてる。
「あ」
たが、佐伯も切り返した日本刀を、少女の首元に当てていた。
「すごいねオジサン」
ダボついたジャケットを着た栗色セミロングの少女は、素直に賞賛した。
見たところ、年の頃は、15、16歳だろうか。円な猫目が特徴的であるが、それ以上に、少女の両手に装備された二丁の自動小銃に目を引いた。
「ここらを根城にしている盗賊か」
「そうだけど・・・なんで私が武器持ってることに気づいたの?」
「こんな世界だからな。嫌でも敏感になる」
「へー、オジサン強いんだね」
にやり、と笑みを浮かべた少女は、引き金の指に力を込める。
「やめておけ。お前が撃てば、俺はお前の首を掻っ切る。両方死ぬことになる」
「いや、ちょっと違うね。私が撃てば、私とアナタとアナタの仲間が死ぬことになる」
「むっ!」
「なっ!」
「えっ! はっ!?」
島田と加藤が、数人の武装した少女に囲まれている。いや、周囲をよく見てみると、20人以上の人影がある。見たところ全員が女だ。
「私が死ねば、私の仲間がアナタの仲間を殺すよ」
「・・・ふんっ」
佐伯は、日本刀を納める。
「ありがとね。それじゃあ、金目のモノ あるだけちょうだい」
「嫌だと言ったら?」
渋る佐伯を見て、少女は空いている銃を空に向けて発砲。乾いた音が荒れた街に響き渡る。
「抵抗はしないで。命は助けてあげるからさ」
次いで、少女は、銃を島田と加藤に向けた。
「そっちのふたりもね。持ってるモノ全部渡して」
心臓が早鐘のように鳴り響き、体が強張るのが分かる。
一度、発砲された銃を向けられるのは、これ程 恐怖心を駆られるものなのか、と加藤は思った。
島田と加藤は、言われた通り荷物をふたりを囲む少女たちに渡していく。
加藤は、小声で島田に問うた。
「盗賊って街道周辺に居たはずだよな。なんでこんな市街地で出くわすんだよ?」
「知らねぇよ。コイツらに聞けよ」
「ヤダよ。下手に話すと殺されるかもしれないだろ」
「私たちから逃れるなんて無理だよ」
「いっ!?」
銃を所持する少女の声に、体をビクつかせる加藤たち。どうやら会話が聞こえていたようだ。
「私の能力を持ってすれば、アナタたちが何処をどう通るかなんてすぐ分かるんだから」
「!」
少女の言葉に加藤は、反応する。
今、能力と言った。つまり、銃を所持するこの少女こそ、盗賊団のリーダーであり、加藤と同じ《覚醒者》だ。
(コイツは一体どんな能力を持っていやがる・・・)
加藤は、少女を睨め付ける。少女は、そんな加藤の視線に気がついた。
「何よ、睨んで。文句あんの?」
「いえ! ナイデス!」
(いや、あるけど。でも言わない。死にたく無いから)
多少なりとも罪悪感でもあるのか、少女は口を尖らせて不満そうにしている。
「大人しくしてれば殺さないか、ら・・・えっ!」
加藤を見ていた少女が、何かに気づく・・・ような素振りを見せた感じがした。
「アンタ・・・」
「?」
「そこのムカつく顔のアンタ!」
突然、声を荒らげる少女に、キョトンとした顔をする加藤。隣の島田に、お前のことだ、と指摘されて、初めて自分が呼ばれていることに気がついた。
(えぇ〜!? 俺そんなに不快な顔してるかな?)
「な、なんすか?」
「アンタ《覚醒者》でしょ」
加藤の心臓が大きく跳ねた。
「え? なんで? えーっと? なにが? はい? あの? え?」
しどろもどろに返事をする。
「やっぱ、アンタ《覚醒者》ね・・・」
盗賊団の少女たちが騒ついた。
(なんで分かったんだ。そんな素振りは見せていないはずだろ!? それとも《覚醒者》は同じ《覚醒者》を見極める感覚器官でもあるのか。俺は何も感じなかったけど・・・)
「なんの事スかー・・・?」
《覚醒者》は、どこでも貴重な人材だと佐伯が言っていた。もしかしたら、盗賊団に無理やり入団させられて、盗賊行為を強要されたりするかもしれない。
これ以上の面倒は、ごめんだと思いとぼける加藤。
しかしーーー、
「とぼけても無駄よ。私の勘がそう言ってんだから」
既にバレている。
「アンタらには、聞きたいことができたわ。私たちのアジトに来てもらうことにするわ」
少女は、そう言うと、部下たちに指示を出す。
佐伯、島田、加藤の3人は拘束された後、顔を布袋で覆われた。
***************
次に三人の視界が開けたのは、薄暗い倉庫の中だった。
「ここで大人しくしていろ」
盗賊団員の少女は、そう言って扉を閉める。
じゃらじゃらと鎖の音がした後、ガチャンと鍵が閉まる音が聞こえた。
「うっ・・・ここは一体どこでしょう?」
辺りを伺う島田。
しばらくすると、暗さに目が慣れてきたのか、薄ぼんやり倉庫の中が見えてきた。
「どうやら建物の地下室のようだな」
幅3メートルに奥行き5メートルほどの簡素な部屋だ。端にトイレの代わりだろうか、バケツがひとつ置いてある。
「なんだってこんな事に・・・イデデ」
加藤は手首をさする。地下室に閉じ込められた時に外されたが、拘束されていた手首がひりひりと痛むのだ。
「そんな事こっちが聞きたいよ。たぶん、加藤が目的だと思うぜ」
「嘘! やっぱり、俺が目的かな?」
「あの女盗賊、加藤が《覚醒者》だって分かって、興味持ってたし・・・」
「そうだよなぁ。どうしよ・・・盗賊の仲間になれって言われたら」
「断ったら殺されそうだな」
島田の言葉でより不安が増す。
盗賊になるなど有り得ない。犯罪行為に手を貸すつもりはない。だが、殺されるのも絶対に嫌だ。死にたくないよぅ。
「安心しろ加藤」
佐伯の優しさに溢れた声が、加藤の不安を払拭させた。
「佐伯さん・・・」
「骨は拾ってやる」
「死んだら安心もクソもねぇよ!」
(もぉぉおおお。死にたくないよぅ)
盗賊団のアジトは、郊外に広がる田畑のド真ん中にある三階建てのショッピングセンターだ。
広い駐車場には、ドラム缶の篝火が幾つも灯り、十数人からの見張りが立っていた。
建物内にも常時、30人以上の盗賊が見回っている。
盗賊の砦と化したショッピングセンター。そこの三階支配人室が、彼女の部屋だった。
盗賊団《Blackbutterflies》のボス 蝶野アゲハは、自室の中を行ったり来たりしていた。
「マズイって・・・これはマズイ・・・」
ぶつぶつと独り言を呟くアゲハ。
突如、ノック音が静かな部屋に響いた。驚いたアゲハは、身をビクつかせる。
「あ、どう・・・入れ!」
「失礼します」
入ってきたのは、長髪の女と大柄な女のふたりだ。
「アゲハ様。奴らを地下牢に入れておきました」
言葉を発したのは、長髪の女。
「ありがとうキリエ。じゃあ、後で 私あの《覚醒者》の男と・・・」
「アゲハ様!」
キリエがアゲハの言葉を遮る。
「あの男たちは危険です! 今すぐ処刑すべきです」
まただ。と、アゲハはキリエの言葉に辟易する。
「あのね、キリエ。何度も言ってるけど、私たちは盗賊団であって、殺人集団じゃないの。処刑とか殺すとか簡単に言わないで」
我ながら何を言っているのだと思う。だが、これも蝶野アゲハなりの矜持というか、信念というか・・・言い訳というか。
「私もキリエ姐さんに賛成です。あの刀を持ってた男は、楽しんだ後、なぶり殺したいです」
(このゴリラ女は何を言ってんだ)
と、アゲハは心の中で毒を吐く。
「ミサエもやめて! 《覚醒者》以外の奴は、金目のモノを奪ったら解放する! 分かった!」
「では、殺すのはあのムカつく顔の男だけ・・・」
「だから殺さないって! そいつには、話があんの!」
「ですが・・・」
「もういい!」
机を叩いて、食い下がるキリエを黙らせる。
「《覚醒者》以外は金目のモノを奪ったら解放! 《覚醒者》には話がある! 誰も殺さない! 以上、これ命令! 下がってよし!」
アゲハの命令に、あからさまな不満を見せるふたり。だが、最後は納得したのか、
「分かりました。ブラックバタフライ!」
右拳を胸の中央に持ってきて、まっすぐ斜め右に腕を伸ばす。
盗賊団《BLACK butterflies》のキメポーズだ。ちなみに、腕を伸ばす際、指までピシッと伸ばすのがポイントらしい。
ミサエも同じように「ブラックバタフライ!」と言ってキメポーズを決める。
アゲハも同様のポーズをとる。その後、ふたりは大人しく部屋を後にした。
「・・・」
ふたりが出て行った後、しばらく引き攣った顔で固まるアゲハ。
その後、アゲハは、真っ赤な顔を机に突っ伏して唸る。
「ぁぁあああ!! 恥ずかしいよ恥ずかしいぃぃいい!!! 何あのポーズ!? バカじゃないのバカじゃないの!! 考えたの誰よぉー! ・・・私だぁーーー!」
悶絶するアゲハ。こんな姿は、部下の者には見せられない。
蝶野アゲハは、半年前にこの世紀末の世で目覚めた《覚醒者》であった。
当初、右も左も分からない状態で、街を彷徨っていた際に、先ほどのキリエ率いるグループに拾われたのだ。
キリエのグループは、近くの街で売春を生業にしていたらしいが、客の荷物を漁ったり、客を脅すなどの違法行為を繰り返したため、街から追放された。
その後、同じような境遇の女を集めて、街の外で盗賊の真似事をしていた時に、アゲハと出会ったのだ。
キリエは、アゲハを歓迎し、アゲハも不本意ながらもキリエの仲間になり、幾つかの盗賊行為に手を貸した。
「もう正直・・・この盗賊団抜けたい」
ぽつり、と呟く。
アゲハは、真面目な性格とは言い難いが、悪事を嫌う真っ直ぐな心根を持つ少女だった。
そんな彼女がなぜ、盗賊団のボスなどになったかというと、ひとえに知り合いがいない世界で仲間を求めていた事 と 彼女なりに不幸な境遇の少女を助けたい、という気持ちがあったからだ。
ある時、街からの依頼で、キリエたちを討伐しにきた冒険者をアゲハが《覚醒者》の能力を駆使して、撃退した事があった。
それがきっかけで、アゲハはキリエたちに祭り上げられ、少女たちを導く存在になった。
少しでも犯罪行為に手を染める少女を真っ当にするため、彼女なりに頑張っている結果が今の状況だ。
だがーーー、
「ぜんぜん上手くいかないしさぁ」
一度、悪事に手を染めた者を、真っ当な道に導くことが何と難しいことか。
それどころか、アゲハの噂を聞きつけて、盗賊団へ入団する者が次々と現れた。現在では、50人以上の大所帯となっている。
「最近じゃ、チラホラ言うこと聞かない子も出てきたし・・・」
頭を抱えるアゲハ。このまま無頼な者が集まっていくと、いつかは統制が利かない犯罪集団になってしまうかもしれない。
それだけは、絶対にダメだ。
「やっぱりこのままじゃダメだよね。今からでもあの子たちを真っ当な道に導かなきゃ! とりあえず、あのダサいキメポーズはやめさせよう」
アゲハは決意して、次の問題に思考をチェンジさせる。
「それと、あのムカつく顔の《覚醒者》。私と同じ境遇の人間に会えてよかったわ。私たちのこと。この世界のこと・・・いろいろと聞く必要があるわね」