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第一章8 『ある冒険者たちの最後』

 冒険者。

 その仕事が現れたのは、世界が崩壊してから数年後のことだった。

 凶暴なモンスターの退治や危険区域の調査、そして、あるの対抗勢力として組織された武装集団が冒険者の前進といわれている。


 現在 日本には、冒険者たちを管理する《ギルド》が存在しており、数千人がそこに所属している。

 と言っても、個々人がモンスターを狩るくらいで、《ギルド》が組織だって動くことはほとんどなかった。


 彼らもそうだった。

 男二人に女二人の四人組の冒険者が、荒れ果てた住宅街を歩いている。

 リーダー格の男、長田が口を開いた。


「今日もそこそこ稼げたな。倉本」


 ジャラリ、と手に持った巾着袋が鳴る。中身はモンスターから剥ぎ取った結晶だろう。


「あぁ。俺たちも慣れたもんだよな。初めの頃は、何度死にかけたか」

「倉本くんは、今でも危ない時あるじゃん」

 倉本の隣を歩く女性が茶化すよう話しかけた。

「うっせーよ! 清水だって今日危なかったじゃねーか。長田が助けなきゃお前、今頃ゾンビに喰われてたぜ」

「うるさいわね。だいたい・・・」

 倉本と清水が口論を始める。

「ねぇ・・・や、やめよう? モ、モンスターが近くに、いるかも・・・」


 それをいさめるのは、大人しそうな女性。


「金田の言う通りだ。街に帰るまでが冒険だ!」

「わ、分かったよ」

「ごめん。金田ちゃんもごめんね」

「ううん。いいよ」


 この四人組は、子供の頃からの幼馴染だ。

 小学生の頃に世界が崩壊し、親が災害で亡くなった。残された彼らは、生きていくために冒険者になったのだ。

 何度も危ない目に遭いながらも、二十年間ひとりも欠けることなく世紀末の世を生き抜いていた。信頼と実績の絆で結ばれた四人組だ。

 現在、《草野の街》を拠点に周辺のモンスターを狩って、日々の生計を立てていた。


「そう言えば、この先の工場跡だよね? 《大トカゲ》が住み着いてるのって」

「あぁ。さっきすれ違った旅人が言ってたな」


 長田は、先ほどすれ違った、若いふたりを連れた中年男性の旅人を思い出す。


「《大トカゲ》か。うまく狩れたら いい金になるんじゃないか?」

「簡単に言うわね。中型と言っても竜族を相手にするのは危険よ」

「俺たちならできるって! なぁ長田!」


 倉本は、長田の肩を抱いて同意を求める。


「まぁ、油断は禁物だけどな。でも、倉本が言うように上手くいったら いい金になる」


 金はいつだって入り用だ。日々の生活費をはじめとした様々な費用。もしもの時の貯金。武器や防具だって新調したい。


「・・・」


 長田は考え込む。彼の頭の中では幾つものリスクとリターンが飛び交っているのだろう。

 結局、長田は決めかねてーーー、

「みんなはどうしたい? 《大トカゲ》を狩った方がいいのか。否か」

 仲間に意見を求めた。


「この集団のボスはお前だ。俺たちは長田の意見に従うよ」

「そうね。長田くんが決めたことなら文句はないわ」

「わ、わたしも、長田くんが決めたなら・・・」


 長田は困ったように笑う。仲間から信頼を得ていることは嬉しいが、もう少し意見を言ってほしいのも本音だ。

 長田は嘆息をひとつ。そしてーーー、

「よし! 狩ろう!」

 直感的にそう選択する。


 《大トカゲ》は中型の竜族だ。他のモンスターより凶暴で強力。もしもの時は全滅もありえる。

 だが、その分 結晶だけでなく鱗や牙、火炎袋など売れる部位が多くある。

 まとまった金を手に入れるチャンスだ。

 長田の決定の後、3人分のときの声が住宅街に響いた。





***************





 旅人の情報通り、工場跡に《大トカゲ》は居た。

 搬入口のシャッターに大きな穴が開いており、そこを背にして立ちはだかっていた。どうやら工場内を住処にしているようだ。

 四人組の冒険者たちは、工場跡の敷地内に侵入する。それを感知した《大トカゲ》は雄叫びを上げた。


『クアッ! クァァアーーーッ!!』


 全長、5メートルはある巨大なトカゲは、銀白色ぎんはくしょくの体をくねらせて四人組に向かってきた。


「来たぞ! いつも通りだ!」


 長田の掛け声で3人は、配置につく。

 左右に倉本と清水、中央に長田だ。

 金田は、地図読み担当なので戦闘には、基本参加しない。


 両手持ちの鉄鋼ハンマーを装備した倉本と両手にマチェットを構えた清水が飛び出し《大トカゲ》を挟む。

 ふたりは、迫り来るトカゲの前足をそれぞれ攻撃する。

 清水のマチェットがトカゲの前足を斬り裂き、倉本のハンマーが空を切る。


「くそッ! ミスった!!」

「何やってる!」


 前足を斬り裂かれた《大トカゲ》は頭から地面に突っ込む。


「囲め! 動きを止めろ!」

 長田の指示通り、倉本と清水は《大トカゲ》を囲む。

「俺が仕留める!」


 長田は背に担いだショットガンを構える。だが、照準が定まらない。散弾を放てば何発かは当たるかもしれないが、下手をすれば仲間にも当たる。


「くそっ!」


 足を負傷している為、トカゲは素早くは動けない。だが、全長5メートルある巨体の動きを止めるまでにはいかない。

 《大トカゲ》は体を回して尻尾で周囲を薙ぎ払う。


「うわぁあ!」

 吹き飛ばされる倉本。

「大丈夫か!?」

「あ、あぁ。大丈夫だ! かすっただけだ」


 よろよろ、と立ち上がる倉本。見たところ大きな傷はなさそうだ。


「流石は倉本! 頑丈なだけが取り柄だ!」

「うっせ! オラァ!」

 鉄鋼のハンマーが《大トカゲ》の横っ腹にめり込む。

『ゲェ!!』

「もういっちょ!」


 上段からの一撃。鈍い音が聞こえた。

 骨が折れた! 倉本はそう判断する。


「もう少しだ! 弱ってきてるぞ!」


 倉本の言う通り、《大トカゲ》は弱っている。その証拠に、彼らから必死に逃げ出そうとしている。

 だが、蓄積ちくせきしたダメージと逃げ道を阻む清水がそれを許さなかった。

 両手のマチェットを華麗にさばき《大トカゲ》をきざみつける。

 溜まらず身を引く巨大なトカゲ。その喉元は、風船のように膨らんでいた。


「っ! 咆哮ブレスだ! 逃げろーーーっ!」


 《大トカゲ》の口元から炎が溢れる。次の瞬間、火球が飛んでくる・・・ことはなかった。


「させるか、よっ!」


 倉本が大上段からの一撃を《大トカゲ》の口元に叩き込む。強制的に口が塞がれた為、外に吐き出されるはずの火球が行き場を失い、口の中で爆発した。

 吹き飛ばされる倉本。


「うわぁぁあ!」


 アスファルトの地面を派手に転がった倉本は、工場の塀に衝突する。

 その後、鉄鋼ハンマーをよすがに、よろよろ と立ち上がるった。


「大丈夫か!? 倉本!」


 倉本は清水の問いかけにピースサインで返す。どうやら、無事のようだ。


「まったく無茶をするわね」


 安心した清水は、嘆息をひとつ。そして、すぐに意識を《大トカゲ》に向け直す。

 口から黒煙を上げている《大トカゲ》。瀕死ひんしの重症と言った感じだ。


「もう、十分だろ。長田、お前は出る幕はなかったな」

「あぁ。みんなよくやってくれた! このまま息絶えるのを待とう」


 長田の指示に、倉本と清水は警戒体制を解く。

 その時だーーー、


『ーーーっ!』


 断末魔のような唸り声を上げて、巨体を持ち上げる《大トカゲ》。最後の抵抗と言わんばかりに身をくねらせて、巨大なトカゲは走り出す。


「っ! おい!」

「やばい逃げる!」


 《大トカゲ》は、3人の陣形を突破する。向かう先には、後方で戦闘を見ていた金田の姿が。


「あっ!」

「逃げろーっ!」


 倉本の声が響く。だが、金田の足は、地面にい付けられたかの様に動かない。

 人ひとりを丸呑みにするほどの大口が彼女に迫り来る。


「ーーーきゃ、あ!」

 その時、金田の前に割って入ったのはーーー、

「こっちだ!?」

 ショットガンを構えた長田だ。


 放たれた散弾が《大トカゲ》の大口に吸い込まれるように着弾。そのまま体内を散弾が暴れ回り、突き抜けていく。


『が、ががが・・・』


 今度こそ、息絶えた《大トカゲ》。糸が切れたように巨体は地に伏した。


「ふぅ・・・」


 駆け寄る倉本と清水。

 四人の冒険者は、見事 《大トカゲ》を討伐することに成功した。


「流石だ長田!」

「いや、ふたりが弱らせてくれたお陰だ。金田も無事か?」


 長田は、腰を抜かしている金田を気にかける。


「う、うん・・・」


 よたよた、と立ち上がる金田。咄嗟に手を貸そうとした長田だったが、

「ーーー!」

 彼女は、顔を真っ赤にして手助けを拒否する。

「あ、ごめん。嫌だった?」

「う、ううん・・・だ、大丈夫。嫌じゃ、ない」


 そんなふたりのやりとりを見て、ニンマリと笑みを浮かべる倉本と清水。


「そろそろ、くっつけばいいのに」

「微笑ましいのう」


 張り詰めた戦闘の空気感が払拭ふっしょくされて、緩やかな空気が四人の中に流れる。

 長田は手を叩く。


「さぁ、《大トカゲ》から売れる部位を剥ぎ取ろう!」


 四人分のときの声が響く。


 四人がかりで巨大なトカゲをさばき始める。解体はなかなかキツい作業だが、みんなの空気感は軽かった。


「おい、黄結晶きけっしょうだ! 珍しい!」

「こっちは火炎袋よ! 初めて見た!」

「金になりそうなものは全て剥ぎ取ろう! 暗くなる前に終わらすぞ」


 四人は和気わき藹藹あいあいと作業を進める。


「ん! なんだあれ?」


 その最中さなか、倉本が何かに気づく。

 工場の門からまっすぐ伸びる道に人影が見えた。こちらに向かってくる。


「他の冒険者か? だが、何かおかしいぞ」


 近づいてきたのは、全身 老緑おいみどりの巨人だ。


「なんだアレは? ゴブリンか? いや、でも・・・」


 ゆうに二メートルを越す巨軀きょくのゴブリンなど見たことも聞いたこともない。


「どうしよ。こっちに来るよ」


 取り乱す清水。まっすぐ向かってくる巨人は、工場跡の敷地内に侵入してきた。既に四人の冒険者の間合いに入っている。


「へっ! ゴブリンなんて何度も狩ってきたんだ。ちょっとデカいくらい何だってんだよ」


 倉本が鉄鋼ハンマーを構える。


「のこのこ冒険者に近づいたらどうなるか、教えてやるぜーーー、オラァ!」


 ハンマーで巨人の頭部を砕きにかかる。

 ボグン、と鈍い破裂音が響き、噴水のように血が噴き出す。次いで、背後のシャッターがガシャン、と揺れた。

 3人の冒険者たちが振り返ると、倉本の頭部らしきモノが工場のシャッターにめり込んでいるのが見えた。


「はぁ!?」

「え!? え、えぇ!!」


 頭部を破壊されたのは倉本の方だった。巨人の足刀が倉本の頭を吹き飛ばしたのだ。

 横たわる倉本の亡骸から武器の鉄鋼ハンマーを拾い上げる巨人。


「く、らも、と・・・?」


 血溜まりに沈む倉本の死体を見下ろす清水。


「あ、ああぁあ、ああああああああああー!!」


 彼女は、発狂した。マチェットを抜刀して巨人に襲い掛かる。


「よせ! しみ、ーーーっ!!」


 巨人は、上段から目にも止まらない速度で、鉄鋼ハンマーを振り下ろす。なぜ上段からの一撃だと分かったかと言うと、清水の半身が肩口から無くなったのだ。

 大量の血液を撒き散らしながら、清水は倒れる。遠目でも彼女が絶命しているのが分かった。

 巨人は、残りふたりの冒険者にゆっくりと近づく。咄嗟にショットガンを構える長田。


「来るな! 近寄るな! う、撃つぞ!」


 震える声で警告するが、目の前の巨人に聞き入れる様子はない。


「う、うぉぉおおおお!!」


 長田は、引き金を引いた。散弾が発射され、巨人の体に雨あられのように着弾する。衝撃で吹き飛ぶ巨人。


「ふっ、ふっふっ、ふぅ・・・んなっ!」


 浅く息を繰り返す長田は絶句した。

 目の前の巨人は、死ぬことはおろか、傷ひとつ無かったのだ。いや、よく見たら古い刀傷が残る左腕には、幾つかの弾痕だんこんが残っていたが、それだけだ。

 長田を殺す事には、何の支障もないだろう。

 巨人は、変わらず長田に向かってくる。


「うあー!」


 次弾を放とうとする長田だが、巨人は傷だらけの左手で、彼のショットガンを制圧する。

 銃撃された腕とは思えないほどの力で、武器を奪われそうになる長田は、必死で抵抗したがーーー。


 ブゥゥン、という振動音が響いた。次の瞬間、ショットガンが粉々に砕け散った。


「ギャァ!」


 その衝撃は、長田の両腕にまで伝播する。腕の肉が弾けて、至る所から骨が突き出した。

 何が起こったか理解できない長田は、恐怖で顔を引きらせ、それが彼の死に顔となった。

 衝撃が心臓まで伝わり、破裂。即死したのだ。


 三人の仲間が殺されるのを呆然ぼうぜんと眺めていた金田。何が起こったの理解できない彼女は、自分が失禁していた事にすら気づいていなかった。

 そんな彼女の思考が戻ったのは、巨人が彼女の腕を喰いちぎった時だ。


「ギャァァァアアア!」


 激しい痛みにようやく声を上げた金田。

 だが、巨人は我関われかんせずといった風に、彼女の肉体をむさぼり続ける。

 肉が千切れる湿った音や骨が砕ける鈍い感触。そして、生きたまま食われるという苦痛は、彼女が死ぬまで続いた。



 金田が死んだ後も巨人は、彼女の肉を貪った。

 しばらくすると、左腕の銃創がみるみる治癒ちゆしていく。

 左腕が、古い刀傷を残して回復したのは、目の前にいた女性が小さな肉塊になった頃だった。

 その後、巨人は満足したのか、血みどろの工場を悠然と立ち去る。




 なぜ、この巨人が、彼ら四人の冒険者を襲ったのかは不明だ。

 殺戮衝動に駆られたのか。それとも単なる食事目的なのか。はたまた、この巨人が目当てとする匂いの残り香を、彼ら四人から感じ取ったのか・・・。


 確実なのは、ある四人組の冒険者の話がここで終わったという事だ。

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