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3.精霊降臨

 その日もシルフィアは、赤い文様の壁と青い文様の壁に寄り添って食事をしていた。

 近頃ではシルフィアが外に出ていないことに気づいた神殿周辺の人々が食事を差し入れてくれることもある。ハーヴェスト家ですきっ腹を抱えて誰からも相手にされていなかったときに比べれば格段に幸せだ。

 

 昼前にはまたカーティスが現れ赤い薔薇を置いていった。「またお前か」とイラついた顔で言われたのでどう事情を説明したものかと悩んでいるうちにカーティスは去ってしまった。

 きっとこの薔薇はもうマリリアンヌは受けとらないだろう。マリリアンヌはドレスや宝石など身を飾るもののほうが好きなのだということもわかっていたが、それをカーティスに言うのも憚られた。

 

 いつまでこんなことを続けるのかと言っていたリュートの顔がよみがえる。

 それでもシルフィアは一生懸命に祈った。

 

「ヴァルティス様、ティティア様、精霊の皆様に感謝します。それからアントニオ様とマリリアンヌ様にも……」

 

 リュートは渋い顔をするだろうが、チャンスを与えてくれたことに変わりはない。この役目を全うすれば、ハーヴェスト家の復興もありえるかもしれないのだ。

 

 食べ終わって片付けをすませ、シルフィアはふと首をかしげた。

 なんとなく、呼ばれている気がする。

 

(気のせいかしら、いつもより壁の色が濃いような……?)

 

 赤と青が輝くように色を増している。壁に近寄り、シルフィアはそっと赤い文様に触れた。きらきらと光の粉が飛ぶように視界が瞬く。

 

(どうしてだろう……急に、眠く……)

 

 シルフィアはくずおれるように膝をついた。壁に頬をすり寄せるようにして身体は落ちていく。

 同時に、意識も深く沈んだ。

 

 *

 

『――シルフィア、シルフィア!! 起きて!!』

『起きて、というのは正しくないわ、ヴァルティス。ここは裏側の世界なのだから、シルフィアにとっては夢の中』

『ティティアの言うことは難しくてわかんないよー! とにかくぼくはシルフィアと話したいの!』

 

 耳元で二つの声がする。

 元気で明るい声と、おちついて澄んだ声。なんの話をしているのかはわからないが、自分の名が呼ばれていることだけはシルフィアにも理解できた。

 

(いえ、待って、ほかにも知っているお名前が)

 

 ヴァルティスとティティア。声の主は互いをそう呼び合っている。

 シルフィアが祈りを捧げる精霊の名だ。

 

 気づいた途端、ぐんと意識が引っ張られるようにしてシルフィアは目を開いた。

 あたりは真っ暗闇だ。その中にシルフィアは座り込んでおり、目の前には赤い髪の少年と青い髪の少女が浮かんでいた。二人の着る服はシルフィアの聖衣に似て、裾が風に吹かれたようにはためいている。

 虹彩はそれぞれ深い赤と青で、神殿の壁にあったのと同じ文様がえがかれていた。

 

「ヴァルティス様……ティティア様……」

『そうよ。シルフィア。あなたをここに呼んだのはほかでもない』

 

 ティティアの言葉にシルフィアは青ざめた。心当たりは一つしかない。

 

「ついに精霊の怒りが!? 処刑ですか!? できれば飢饉はやめてください! 罰ならわたしが受けますから、ほかの方に迷惑がかからないような――」

『シルフィア、いつもありがとう。ぼくらは君を真の聖女と認め力を与えることにした』

「えっ!?」

 

 膝をつき、土下座をしようと身構えたシルフィアにもたらされたのは、想定外の感謝の言葉。

 ぽかんと口を開けて見上げるシルフィアにむかい、ヴァルティスは拳をふりあげて熱弁する。

 

『形式にとらわれない素直な祈りの心! 精霊と人間とをつなごうとする姿勢! それになにより、お供えものおいしい! お供えものおいしい!』

『大切なことなので二回言いました』

「お供えもの……」

『ぼくらに届くように祈りながら食べてくれていただろう? ずっと感謝してたんだ。シルフィアがそうやって祈ってくれることで、ぼくらは自分たちが与えた恵みがどんなよいものを作ったのかがわかるんだ』

『昔の供物は石や生きた動物でしたからね……ここ百年ほどは供物などなかったですし』

「え?」


 精霊の思わぬ言葉にシルフィアは声をあげた。

 

「神殿はハニーデイル家が守っていたはずですが……」

『……?』

 

 首をかしげるヴァルティスに、肩をすくめるティティア。

 

『ハニーデイル家?』

「はい。当代の聖女はマリリアンヌ様です」

『え? 誰?』

 

 シルフィアがお飾りの役目を仰せつかる前は、マリリアンヌが祈りを捧げていたはずなのだ。それにマリリアンヌの前にも、ハニーデイル家の者たちが神殿を清め、代々聖女を務めてきた。

 なのに、ヴァルティスもティティアも、彼女たちを知らないという。

 背中に冷たい汗の流れる感覚に、シルフィアは身体をふるわせた。

 

 ヴァルティスは気にせぬ態度でぶらぶらと足を宙に浮かばせている。

 

『聖女はシルフィアだよ。マリリアンヌなんて人知らないし。ぼくらはシルフィアに力を与える』

「そういうわけには……」

 

 聖女はマリリアンヌと決まっている。だから王太子と婚約しているのだ。

 

「それに、わたしは祈りの文句も知らないのです」

『そんなの気にしなくていいよ。人間はいろんな言葉を話すし嘘もつくだろ。言葉にこだわってもしょうがない』

 

 ティティアも頷いた。

 

『ただ、あなたが願えばいいのです。これまでの祈りと同じように』

「これまでと同じように……」

『シルフィアとぼくらの絆がもっと強くなれば、ぼくらも人間界に姿を現せるかもしれない。だからよろしくね!』

「えっ、ちょっと待ってくださ――」

 

 ふたたび、ぐいんと引っ張られるような感覚。止める間もなくヴァルティスとティティアの姿が暗闇の中に遠ざかっている。

 背後から光が迫ってきた。

 

 目覚めたとき、シルフィアは神殿の中央で倒れていた。

 壁に寄りかかって意識を失ったはずなのに、いつの間にか移動している。

 

「……夢……じゃない……?」

 

 ドキドキと心臓が飛び跳ねる。夢を見る前よりもさらに精霊を感じるようになっていた。うまくは言えないが、自分の周囲になにか見えないものが存在していて、力を与えてくれているような気がする。

 

(妄想、なのかな。それとも……)

 

 自分でも信じられないのだ。

 

 シルフィアはぎゅっと目をつむった。

 それからおそるおそる、カーティスが置いていった薔薇に手をかざす。

 

「――精霊の加護を」

 

 その瞬間、ざあっと巻き起こった風が神殿内を吹きぬけていった。

 それが止んだとき、シルフィアは目を見張った。

 

 薔薇は勢いよく蔓をのばして神殿中を覆い、数えきれないほどの花がシルフィアを祝福するかのように咲き誇っていた。

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