【コミック①巻発売】番外編.その先のお話
執務室で政務に励んでいたリュートは、不意に顔をあげた。
シルフィアの気配を身近に感じたような気がしたのだ。
一週間ほど前から、シルフィアは精霊たちを連れて王都周辺の街や村をまわっている。種まきの春の時期には各地で祭りが行われるので、それにあわせて加護を祈りに行くのだ。
シルフィアが戻るのは早くとも今日の夕暮れ。まだ帰路にもついていないはずだが、勘違いというわけでもない。
(私のことを祈ってくれているのだろう)
国王という重責にあるリュートのために、シルフィアはたびたび精霊に加護を祈ってくれる。最初のころはそれに気づかずヴァルティスに怒られもしたが、最近ではわかるようになってきた。
心にあたたかな感情が満ち、思考が晴れて、悩んでいた判断も道すじが見えてくる。
今も、外交に新たな選択肢が浮かんだ。
そんなときはリュートもシルフィアのことを考え、彼女のために祈りを捧げる。
(ありがたい。シルフィアはいつも私を助けてくれる)
それが彼女の真心から出るものであると理解しているからこそ、いっそうリュートも善政を敷かねばと思う。
目を閉じればシルフィアの笑顔が瞼の裏に映る。
(早く会いたい。抱きしめて、寄り添いながら旅の話を聞きたいものだ)
たった一週間のことなのに、離れている時間はやはりどこか切なさをおびている。リュートの心を慰めるかのように、そよりとやさしい風が吹いた。
ため息をつき、目を開け――、
「! ヴァルティス様、ティティア様」
いつの間にか現れていた精霊に、リュートは小さな驚きの声をあげた。
ヴァルティスとティティアは大きな目でリュートの顔をまじまじと覗き込んでいる。
『あのね、シルフィアがね』
「シルフィアが?」
何かあったのだろうかと不安が胸をよぎったが、ヴァルティスの態度からしてそうではないらしい。
『今から帰るから。寂しいから、早く会いたいって!』
「!?」
告げられた言葉にリュートは思わず口元を押さえた。それはついさっき、彼自身が願っていたことと同じ。
じわじわと頬が熱くなる。
「それを伝えるためにきてくださったのですか?」
『うん!』
『まあシルフィアは止めていたけれどね』
『えっ、そうだったの!? ぼく聞いてなかった……』
その光景は容易に想像がついた。きっとシルフィアはリュートのために祈りを捧げたあと、ほんの少し、本音をこぼしてしまったのだろう。
それをヴァルティスが伝えに行ってしまい、今ごろ顔を真っ赤にして待っているに違いない。
『えーっ、じゃあ早く戻らなきゃ! バイバイ、リュート!』
『またあとでね』
「お待ちください。私からもシルフィアに伝えてほしいことがあります」
入ってくるときに開けたのだろう窓から飛びだそうとする精霊たちを呼び止め、リュートは耳打ちする。『オッケー!』と元気よく答えたヴァルティスは、ティティアとともに、今度こそ王宮を去っていった。
その自在な移動にわずかな羨ましさを覚えつつ、リュートはふたたび書類に向き合ったのだった。
*
『ねーっ! リュートもね、早く会いたいってー!』
颯爽と空を横切って現れた精霊の、開口一番の大音声に、シルフィアは卒倒してしまいそうなほど顔に血をのぼらせた。
一週間かけて王都周辺をめぐり、最後の村で帰り支度をしていたシルフィアは、リュートへの加護を祈りながら、ついうっかり考えてしまったのである。
(こんなに短いあいだでも、リュート様がいらっしゃらないと寂しく思ってしまうわ。早くお会いしたい)――と。
気づいたときには、『もう帰るってリュートに伝えてくるね!』と飛びだしたヴァルティスの背中しか見えなかった。
「あ、ありがとうございます、ヴァルティス様、ティティア様……」
真っ赤な顔で声をふるわせ、それでも礼を口にするシルフィア。
見送りに出ていた村人から護衛の面々まで、周囲の者たちはシルフィアの照れが移ったかのように顔を赤らめている。
国王と王妃の、そうとは思えないほど初々しく仲睦まじい様子は、人々の憧れにもなっていた。
近ごろ王都では、ヴァルティスとティティアが縁結びの精霊であるという噂がまことしやかに囁かれている。
実際、リュートとシルフィアを結びつけたのは聖女という役割や精霊の加護を広めるための祈りの旅であった。建国の伝説でも、精霊は初代国王と王妃が出逢うきっかけとなっているため、それも精霊の働きなのだと解釈をする人間が増えてきたらしい。
『こういうことをしてるから縁結びの精霊だと思われるのよね……』
ティティアのもっともな呟きは、残念ながら誰の耳にも届かなかった。
『お飾り聖女のはずが、真の力に目覚めたようです THE COMIC』1巻がいよいよ明日3/14発売です!
武田みか先生がキャラたちを生き生きと描いてくださっています…!
リュートとシルフィアのやりとりがめっちゃかわいいです!
単行本限定の描き下ろし短編もありますのでぜひご覧ください。
電子書店さんでは0時から配信が開始されるかと思います。
本屋さんにお立ち寄りの際もお手にとってみてくださいませ~!