【書籍発売記念SS】リュートと精霊たち
シルフィアは〝聖女〟を撤廃した。
精霊と心を通じあわせることは、聖女でなくてもできるから。すべての人々に、精霊を身近に感じてほしいから。
聖女という存在が精霊を独占していいものではないと考えたから。
とはいえ、精霊というのは、聖女を愛するものだ。
『シルフィア、はい、あーん』
『シルフィア、今日も元気そうね。わたしたちの加護が要らないくらいだわ』
「そ、そうでしょうか……?」
シルフィアの右にふわふわと浮かび、クッキーを差し出してやるヴァルティスと、左に浮かび、髪をくしけずってやるティティア。
その真ん中で、シルフィアは恐縮して小さくなっている。
ここは王宮の一室で、次期王妃であるシルフィアは、精霊とともにお茶の時間をすごしていた。
精霊たちが突然こんなことを始めた理由はわからない。昨日までは、お菓子を見たヴァルティスは一直線に飛んできて腕に抱え込み頬張っていたし、ティティアも無言ではあるが嬉しそうに食べていた。
それがなぜか今日は、お菓子を持ってきたシルフィアをソファに座らせると、この調子なのだ。
(なんというか……雰囲気が甘い? まるで恋人同士がするみたいな……)
そこまで考え、シルフィアはハッと顔を赤らめた。
タイミングよく、お付きの侍女の「王太子殿下がお越しです」という言葉とともに、リュートが入ってくる。
正式に王太子となり、シルフィアと婚約したリュートは、兄アントニオにかわり毎日を政務で忙しくしていた。
けれどもこのお茶の時間だけは、必ず都合をつけてシルフィアに会ってくれる。
そして精霊たちも含めて楽しい時間をすごすのだが――。
いつものようにシルフィアの隣に座ろうとして、両側が精霊たちで占拠されていることに気づいたリュートは首をかしげた。
精霊たちがシルフィアを大切にし、あれこれと話しかけるのはいつもどおりだが、シルフィアが顔を赤くしてうつむいているのも不思議だ。
「こんにちは、ヴァルティス様、ティティア様」
『やっ、リュート! 今日は君の出番はないからね!』
『そうそう、そこで指をくわえて見ていなさい』
投げかけられた言葉にやはり「?」という顔になってしまうリュート。
精霊たちはそんなリュートを気にせず、シルフィアの口元にケーキをさしだしてやったり、スカートに落ちてしまったクッキーの欠片を払ってやったりしている。
しばらくそれを眺め、
「……あ」
とリュートも気づいて声をあげた。
かいがいしくシルフィアに世話を焼くその姿は……。
「私の真似……ですか……?」
たしかに、この休憩時間、シルフィアのそばにいられるのが嬉しくて、あれこれと菓子を勧めてみたり、茶を淹れてやったりしている。指摘されなければわからないほどの無意識だったけれども。
以前のシルフィアが神殿に閉じ込められお腹を空かせていて、食事を差し入れていた名残もあるのかもしれない。
そのリュートの行動を、精霊たちは求愛の証だと的確に受けとって、自分たちもシルフィアをかまおうとしているのだ。
「ヴァルティス様も、ティティア様も、地上に長くとどまるのは久しぶりで、いろいろなことに興味津々で……」
『リュートには負けないわ』
『シルフィアを一番好きなのはぼくたちだよーっ!!』
リュートと同じ結論に達していたらしいシルフィアが恥ずかしそうに告げるのに、精霊たちが元気な声を重ねる。
リュートとしては、シルフィアと精霊たちが親睦を深めることになんの異論もない。いいことだと思う。
けれど、そのために自分とシルフィアの無意識だった行動を見せつけられるのは、ちょっと、いやかなり……恥ずかしいものがある。
『……シルフィアだけじゃなくて、リュートも赤くなっちゃったんだけど?』
『変ね、いつもは赤くなるのはシルフィアだけなのに』
『リュートがやってるとおりにやってみたつもりなのに、なんか違ってたのかな?』
無邪気に言いあう精霊たちに挟まれながら、シルフィアとリュートはなにも言い返すことができなかった。
お待たせしました! 本作『お飾り聖女のはずが、真の力に目覚めたようです』の書籍が、
明日5月10日(水)に発売です☆
聖女をめぐる過去や、各キャラたちの結末など大幅に加筆修正しまして、さらに盛り上がる話にパワーアップしています!
もちろんシルフィアとリュートのエピソードもたくさん追加しています。
ボダックス先生の素敵なイラストと合わせて、ぜひご覧ください。
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