完.二年後(後編)
ふと気づくと、リュートの周囲にはシルフィアしかいなかった。案内の村人たちは神殿に入ることを憚っているらしい。そこらを飛びまわっていたはずのヴァルティスとティティアも、いまはしんとしてどこにいるのかわからない。
日は傾きかけていた。
「もう戻ろうか。あまり遅くなっても迷惑だろう」
差し出した手を、シルフィアがとる。
けれど、引こうとした手を、逆に引き寄せられた。包み込むようにシルフィアの両手が重ねられる。
「シルフィア……?」
「お返事を、リュート様」
不思議そうに名を呼ぶリュートの視線と、真剣なシルフィアの視線がぶつかる。
夕日のためでなく頬を赤らめながら、それでもまっすぐに、シルフィアはリュートを見上げた。
「お返事を申しあげます」
「――……」
一瞬、頭が真っ白になってしまったことを、のちにリュートは照れくさそうに明かした。
シルフィアを急かす気はなかったから、この二年間、好きだと伝え続けてはきたが返事を求めたことは一度もなかった。まずは国をめぐりたいという聖女としての意志を尊重したかったからでもあり、突然与えられた地位にシルフィアが困惑していることもわかっていたからだ。
シルフィアなら時間がかかっても返事をくれるであろうという、信頼のためでもあった。
だから、この時がくることはわかっていたはずなのに、きてみれば自分でも驚くほどに心の準備はできていなかった。
「リュート様、わ、わたしは、リュート様のことが……好きです。でも、いままで自分に自信がなく……だってわたしはお飾りでしたから、まさかおそばにいられるなんて思っていなかったのです」
「シルフィア……」
「でも、国をめぐり、ヴァルティス様やティティア様ともなかよくなって、〝聖女〟の役割に自信が持てました。わたしがこの先なにをしていくべきかも見えたつもりです。だから、そのときに……」
シルフィアの頬が茹だったように赤くなる。頬だけではなく、額から耳の先まで。
真っ赤になりながらも、シルフィアは一生懸命に言葉を紡いだ。
「リュート様の、おそばにいたい、です。いっしょにこの国を守っていきたい……」
握られた手がふるえていることに気づき、リュートは思わずシルフィアを抱き寄せた。
「ありがとう。シルフィア。……私と、結婚してほしい」
「――はい、リュート様。よろこんで」
潤んだ目でほほえむシルフィアにほほえみを返し、リュートは抱きしめる腕に力を込めた。
重なる二人の影を――神殿の柱の影から、興味津々な精霊たちが、見守っていたとかいないとか。
***
王都に戻り、リュートは正式に王太子となった。
リュートとシルフィアの結婚式は、国じゅうから祝福され、それは盛大なものとなった。
その後のシルフィアは、打ち捨てられた神殿を復興し、また、自分自身も機会があれば王都から出て様々な領地をまわった。
やがて子どもたちが生まれると、彼らにも精霊の加護を説き、ともに祈ったが、シルフィアの娘である王女を聖女にしてほしいという貴族や民からの希望は丁重に断った。
「聖女というものはもう必要ありません」
というのが彼女の理由だった。
「聖女がいても精霊は忘れ去られ、祈りは途絶えてしまう。ならば逆もあります。聖女がいなくとも精霊はこの地にとどまってくださるでしょう。皆が感謝の気持ちを忘れなければ」
精霊が力を与える対象を、聖女に限定する必要はないのだ。
聖女の血筋だとか資格だとかいったことは、人間の側が決めたこと。祈りの方法だって、シルフィアの自己流が受け入れられた。
しかし意外にも、このことに一番反対したのは、当の精霊であるヴァルティスだった。
『でも、ぼくらは好きな人間には力を貸してあげたいし、大切にしてあげたいんだよ』
唇を尖らせるヴァルティスにシルフィアはやさしい笑みを浮かべる。
「ええ。でもそれを一人だけに限定することはないと思いますし、わたしは聖女よりももっとなりたいものがあるのです」
『もっと、なりたいもの……?』
「ヴァルティス様と、ティティア様の、お友達です」
『オトモダチ……』
『……まさかそれも知らないの? ヴァルティス……』
微妙な表情になるティティアを、ヴァルティスはムッとしてふりむいた。
『わかってるよ! ……びっくりしただけ……だって、友達だよ?』
『うん、気持ちはわかるわよ……』
そんなヴァルティスとティティアの様子にシルフィアはくすりと笑う。
「自分の好きなものを共有して、いっしょに旅をして、みんなに会って……それって友達でもいいと思いませんか。そして、国じゅうの人々とおふたりが友達になってくださったら、こんなに素敵なことはないと思うのです」
『シルフィア……』
ぱちくりと見開いた赤い目が、やがてきらきらと輝きだす。
『うん――そうしよう。ぼく、それがいい』
『シルフィアはヴァルティスの機嫌をとるのがうまいわね。ヴァルティスがほしがりそうなものをちゃんとわかってる。わたしにも異存はないわ』
ティティアも笑うと、頷いた。
『じゃあ、いまからぼくらとシルフィアは、友達ね!』
「リュート様や子どもたち、城のみんな、王都のみんな、国じゅうのみんなです」
『うん。……たまには喧嘩することもあるかもしれないけど、友達なら仲直りできる。ああそうだね、なんていい考えだろう』
くるくると宙を飛び跳ね、ヴァルティスははしゃいだ。ティティアはおちついたまなざしでそんな彼を眺めていたように見えたが、彼女の耳もまたぴこぴこと嬉しそうに揺れていた。
シルフィアの想いは長く受け継がれ、精霊たちは〝聖女〟のいない国にとどまり続けた。
精霊と人間の橋渡しをする存在、そんな自分自身の目標を、シルフィアは叶えたのである。
国王に即位したリュートの善政もあり、国は栄え続けた。
やがていつかシルフィアたちの暮らす国は、精霊に守られ、花とおいしい食事を愛する民のいる国として名を馳せ、他国の者たちをも虜にしたという。
大規模な改革を行った最後の聖女、彼女が以前〝お飾り聖女〟と呼ばれていたことを知っているのは、いまではもう精霊たちと、シルフィアとリュートだけである。
おしまい
ここまでお読みいただきありがとうございました!
閲覧&ブクマ、評価等の応援もありがとうございました! とっても励みになりました。
久しぶりの連載で、完結まで書きあげることができてほっとしております。週をまたがなくてよかった。。
書きたいと思っていた聖女ものが書けて大満足です。
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(追記)
皆様の応援のおかげで書籍化が決定しました…!ありがとうございます!






