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18.二年後(前編)

 村の入り口で、シルフィアたちは待ち受けていた人々に迎えられた。

 リュートが先に馬車から出て、手を差しのべる。馬車から降りる聖女の姿に村人たちは歓声をあげる。

 馬車には色とりどりの花が飾られていた。行く先々で、シルフィアの力に感謝を込め、助けられた人々が捧げたものである。そのおかげで、シルフィアは「花の聖女」と呼ばれていた。

 

「皆さん、お出迎えありがとうございます」

「ようこそお越しくださいました聖女様」

「このような辺境の果てまで。光栄ですわ、聖女様」

 

 シルフィアたちが訪れたのは国の南端に位置する領地だった。国じゅうを旅してすでに二年、聖女の名声はこの上なく高まっている。数か月に一度シルフィアが神殿に戻るたび、王都は祭りのような騒ぎになった。

 精霊たちも、祈る人間が増えたことにより、以前よりも強い力を得ていた。

 とはいえ、ヴァルティスとティティアの態度は、シルフィアと出会ったころからなにも変わらない。

 

『今日はどんなご飯が出るのかな~♪ おっかし、お菓子はなんだろな~♪』

 

 ウキウキと歌うヴァルティスに、無言を貫きながらもそわそわと食事を待っているティティア。

 村人たちの用意した食事が始まると、ヴァルティスとティティアは心ゆくまで味わった。彼らにとっても、シルフィアが神殿にいるよりは、国をまわって旅をしてくれたほうが楽しいのである。

 

 この二年間で国にたまった瘴気の浄化はほとんど終えた。

 これまで隆盛を誇っていたハニーデイル家やマリリアンヌが没落したことで、領主たちはことの大きさを感じとり、シルフィアに恭順を誓った。精霊への祈りは増え、浄化は捗った。これだけはマリリアンヌの功績かもしれない、とリュートは思っている。

 マリリアンヌがあれほど自分勝手にふるまわなければ、シルフィアが神殿を訪れることもなく、ここまでの事態にはなっていなかったのだから。

 

 マリリアンヌは二年経った今も、己の中に残る瘴気と戦っている。シルフィアは「少しずつ回復していますわ」とマリリアンヌを励ましているものの、こればかりは先がどうなるのか誰にもわからなかった。

 マリリアンヌとともに広場でシルフィアを偽聖女だと言い切ったアントニオは、その後、宮殿から出ることができずに暮らしている。外に出ることを禁じられたわけではないが、マリリアンヌと同じく、彼も多くの民たちに顔を見られた。それ以前には王太子として式典などにも参加していたから、マリリアンヌ以上に顔を見知っていた人々は多いのである。

 

 ヴァルティスとティティアの世話を焼くシルフィアを手伝いながら、リュートは顔をあげ、村を取り囲む山々を見つめた。初夏の青葉が空の青に映え、天空と大地とのコントラストを作っている。

 なにかが一つ違っていれば、この景色を見ることはなかったし、シルフィアの隣にもいられなかったかもしれない。

 

(これも、精霊の加護なのかもな……)

 

 シルフィアは村の料理に幸せそうな笑顔を浮かべている。リュートは立ちあがると、そっと彼女に寄り添った。

 

 *

 

 歓迎を受けた翌日、シルフィアたちは村人たちに先導され、村のそばにある山へと入っていった。

 険しい山だが、自然はゆたかだ。生い茂る木々が放つ緑の香りがシルフィアたちを包み込む。

 

「大丈夫か、シルフィア。手を」

「はい、リュート様」

 

 差しのべられた手をとり、礼を言いつつ、シルフィアは頬を染めた。

 二年経ってもリュートの気持ちは変わらない。そのことをリュートはことあるごとにシルフィアに告げてくれる。こうしてエスコートされるたび、リュートを意識してどきどきとしてしまうのだ。

 ちなみに、リュートはそれを見越して手を貸しているのだが、シルフィアは気づかない。

 

(リュート様は純粋に気を使ってくださっているのに……)

 

 と思っていた。

 

「美しい景色だな」

「はい。こんなところに瘴気があるなんて……」

 

 村人たちの話では、この山は恵みをもたらしてくれるありがたい場所なのだが、一か所だけ、人が立ち入れなくなっているところがあるという。植物は根を張ることができず、動物も近寄らない。その場を訪れた人間は必ず体調を崩すそうだ。

 話を聞いたとき、シルフィアはそれが瘴気によるものではないかと思った。

 

 小鹿を見つけて大喜びしていたヴァルティスは、ひとしきり走りまわってはしゃいだあと、ティティアのもとへ戻ってきて首をかしげた。

 

『う~ん、ここ、なんか見覚えがあるなぁ……』

『……覚えてないの? ヴァルティス』

『んえ?』

「もうすぐです」

 

 案内の村人が指し示す。

 その先には、崩れかけた建物があった。山の中にもかかわらず石造りの建物で、ずいぶん昔には立派なものであっただろうと思わせる。

 いまはくすんで土に薄汚れているが、白い石を使ったその建物のかたちにリュートもシルフィアも覚えがあった。

 

「これは……」

「神殿……?」

 

 だが、近づこうとしたシルフィアは息を呑む。

 崩れた壁の隙間から、黒い靄が漏れ出しているのだ。

 

「こんなところに神殿があって、瘴気が生まれているなんて……? とにかく、瘴気を祓いましょう」

 

 シルフィアはヴァルティスとティティアをふりむいた。精霊たちも頷く。

 指を組み、シルフィアは祈った。隣でリュートも祈る。二人を見習い、案内してきた村人たちも膝をついた。いまごろ村でも、残った村人たちが精霊のために祈っているはずだ。

 

「どうか、ご加護を……! 瘴気を祓い、恵み溢れる山へ、お戻しください」

 

 シルフィアが願うと、ヴァルティスとティティアは瘴気へ近づき、風を起こす。小さな竜巻のように渦を作る風に吹き煽られ、瘴気は天空へと運ばれてゆく。

 散り散りになった瘴気を見据え、シルフィアはほっと息をついた。

 

「これで、この場所はもう安全ですわ」

 

 シルフィアの言葉に村人たちが笑顔になる。

 

「けれどどうしてこんなところに神殿があるのでしょうか……」

「その昔、国を守るために東西南北の国端に神殿を作ったという話を聞いたことがある。百年前の飢饉と混乱で打ち捨てられてしまったのかもしれない」

 

 崩れた石壁をのりこえ、シルフィアは中をのぞいた。やはり王都にある神殿とつくりは似ている。壁には赤と青の文様がえがかれていた。

 

『あ……』

 

 ふとこぼれたヴァルティスの呟きに皆がふりかえった。

 

「どうしたのですか?」

『いやー? なんでもないよ! あそこに鳥がいるなあって』

 

 へへへと笑うヴァルティス。ティティアはその隣でため息をついている。

 

「この神殿や、ほかにもあるはずの神殿を修復すれば、近隣の人々がここを訪れることができますね」

「そうだな。王都の神殿はもう手いっぱいだ」

 

 シルフィアのおかげで精霊を信じる者は格段に増えた。彼らは神殿に祈りや捧げものをしにくるのだが、連日神殿を訪れる参拝客のために王都の人口は増え続けていた。

 さすがに分散させなければまずいとリュートも考えていたところだったのである。

 

「近隣の村や町にも手伝ってもらわねば……」

 

 リュートとシルフィアが話し合っている横で、ヴァルティスは神殿の中を飛びまわった。

 ヴァルティスは思い出していた。かつてここに、ハーヴェスト家の聖女がやってきた。人々と祈るため、聖女は国をめぐる。いまのシルフィアのように。

 

 参拝の人々が途切れたとき、夜闇にまぎれて一人の女が入ってきた。女はハニーデイル家から遣わされた者だった。飲み物に毒を混ぜて聖女に飲ませると、そしらぬふりをして彼女を看病し、祈りの言葉を聞きだした。

 それを知ったヴァルティスの怒りは国を満たし、精霊の怒りを恐れた木々はうなだれて萎れ、作物は実らなくなった。

 

⦅……思い出しちゃったな……⦆

 

 飢饉は聖女を害したために引き起こされたものだったが、ハニーデイル家の姦計によりそれはハーヴェスト家の祈りが足りなかったことにされた。

 毒を盛られ弱った聖女は祈りを捧げることができなくなっていたのである。

 噴き出した瘴気に引き込まれ、ヴァルティスとティティアは地上にとどまれなくなってしまった。

 

 次に地上を訪れるとき、そのときの怒りを思い出さぬよう、ヴァルティスは自身の記憶から悲しい思い出を消し去った。

 シルフィアの伝える美しいもの、おいしいものは、ヴァルティスが地上に戻ってからも地上のものたちを愛する手助けになった。だから、もういい。悲しい思い出は胸にしまっておくのだ。

 

⦅それで、あとは、シルフィアが幸せになるだけなんだけど⦆

 

 リュートと並んで歩きながら、ときおりリュートを見つめては頬を染めているシルフィアを見、ヴァルティスはぴこぴこと尖った耳を動かした。

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