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17.今度こそ

 少女の周囲には見慣れぬ姿のものが浮かんでいる。そのうち村人の一人が少女に気づき、声をあげた。

 

「シルフィア様!!」

 

 シルフィアは集まった人々のあいだを抜け、マリリアンヌへと走り寄る。

 

「危ない、シルフィア様! その者は呪いを受けているのです! 触れてはいけません!」

「マリリアンヌ様、大丈夫ですか!」

 

 制止する声をふりきり、シルフィアの手がマリリアンヌの頬に触れる。瞬間、顔を覆っていた瘴気はさっと拭われたように散った。荒い息をつくマリリアンヌが薄く目を開く。

 

「……シルフィア……あんた」

「マリリアンヌ様! いまお助けします。だから、マリリアンヌ様も……どうか、今度こそ精霊を信じて、心から祈って」

 

 マリリアンヌは虚ろな目でシルフィアを見上げた。

 なにか重くて冷たいものが心臓にまで食い込んでいるのがわかる。手足は温度も感覚も失い、もはや動かすことはできない。そんな状態で祈ったところで何になるのか、とマリリアンヌは自嘲した。

 

『ほんと、シルフィアはお人よしなんだから……』

 

 耳元で精霊の声がする。

 かすんだ視界では彼らがどんな表情をしているのかはわからなかった。

 

『マリリアンヌ、君、()()()()()を使ったね。精霊に対して最大の裏切りだ』

『せっかく忘れててあげたのに、思い出してしまったじゃない。ハーヴェスト家を陥れたハニーデイル家。百年前、そのときもあなたたちは当時の聖女とわたしたちの絆を引き裂いた』

「……どういう……」

『ぼくたちは自分たちが認めた聖女に対してだけ、ぼくたちを呼ぶための祈りの言葉を教える。それは聖女とぼくたちの約束であって、ほかの誰かが使うことは許されない』

『聖女以外の者が唱えれば、その祈りは呪いとなる。でもあなたの先祖は、ハーヴェスト家の聖女に毒を盛り、約束の祈りを奪いとった』

「――!!」

 

 ハーヴェスト家没落の原因となったのは、ハーヴェスト家が聖女を務めていたときに起きた飢饉が、精霊の怒りだとみなされたからだ。

 けれどもその怒りは本当は、ハニーデイル家にむけられたものだった。

 

「ひ……」

 

 マリリアンヌの心にじんわりと恐怖が染みわたってくる。

 何代にも渡り過ちを繰り返したハニーデイル家を、人間の世界を訪れた精霊たちはどう感じているのだろうか。

 

『大丈夫、シルフィアには内緒にしていてあげるよ』

『ええ。わたしたちもリュートと同じ。シルフィアに悲しい思いはさせたくないわ』

『だからね、君のことも助けてあげる』

『シルフィアが望むから……生きていくだけ足りるくらいには、瘴気を祓ってあげましょう』

 

 くすくすと耳元で笑い声が響く。

 いや、それはもしかしたら、耳で聞いたのではないのかもしれなかった。マリリアンヌの感覚はすでにほとんど失われている。精霊たちが彼女の心にだけ、直接語りかけた声だったのかもしれない。

 

 ふつりと声が途切れる。真っ暗闇の中にマリリアンヌは横たわっていた。

 

(いや……怖い……誰か助けて……!!)

 

 どうしてこんなことになったのだろうかと後悔が胸を塞ぐ。

 ハーヴェスト家の人間であったシルフィアをお飾りとはいえ聖女に据え、神殿に入れてしまったからか。シルフィアの心があまりにも綺麗でありすぎたためか。

 

(あたしが――シルフィアを身代わりなどにしなければ――)

 

 これまでハニーデイル家からやってきた聖女たちと同じように、ただもたらされる贈りものだけで満足し、態度だけでも神殿を大切にしているようにしおらしくしていれば、こんなことにはならなかったのだ。

 そのことに気づいた瞬間、マリリアンヌの心は粉々に砕け散った。

 

(だって……そんなこと知らなかったもの。誰も教えてくれなかったじゃない。あの祈りの言葉がハーヴェスト家から奪いとったものだということも、精霊が本当にいるということも――)

 

 ふたたび、マリリアンヌの記憶をシルフィアの姿がよぎっていく。

 精霊はいる、と訴え続けていたシルフィア。

 

(……なに、これ……)

 

 感覚のなくなっていたはずの手に、あたたかな熱が伝わる。それにふれあう感触も。ぎゅうぎゅうと痛いくらいに手を握りしめられている。

 

「マリリアンヌ様……!! お願いします。ヴァルティス様、ティティア様。どうか、精霊の加護をマリリアンヌ様に……」

 

 シルフィアの声がした。

 握りしめられる手から、生命の息吹が流れ込んでくる。それは最初、小さなそよ風のようで、徐々に育って身体じゅうを吹き渡り、枯れかけていた生気をよみがえらせてゆく。

 

(これがシルフィアの力なんだ……)

 

 自分が持っていた瘴気とは大違いだ。

 

「マリリアンヌ様……!! お願い、みんなも、マリリアンヌ様のために祈って――!!」

 

 切実な声がマリリアンヌを救おうと呼びかける。ざわめく人々の声がしたが、やがて村人たちもシルフィアの願いに応えてマリリアンヌの名を呼び始めた。祈ってくれているのだ。

 

 そんなことはしなくていい、と言いたかった。

 でも声は出ないし、いまさらそんなことを言ってももう手遅れであることをマリリアンヌは理解していた。

 精霊はすでに、マリリアンヌの身体をよみがえらせようとしている。彼らがひそかに伝えたように、生きるために支障のない程度に瘴気を祓ってくれる。シルフィアを喜ばせるために。

 

(あんたに助けられるなんて……)

 

 ぽたぽたとマリリアンヌの頬にあたたかいものが落ちる。

 その正体に気づいたとき、マリリアンヌの目からもまた、一筋の涙がこぼれ落ちた。

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