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16.精霊の怒り

 マリリアンヌを迎え入れた村人たちは、夜遅くにぼろぼろの格好をして現れたマリリアンヌを丁重に介抱した。悪い者に追われ命からがら逃げてきたのだという言い分も信じた。彼らの目から見れば土に汚れて引き裂かれたとはいえマリリアンヌの着るドレスは十分に高級品だったからだ。

 翌朝、介抱してくれた老人にも食事の支度をしてくれた女性にもマリリアンヌは礼を言うこともなかったが、彼らは気にしなかった。ショックでそれどころではないだろうと、とにかくマリリアンヌを労わった。

 

「大変な目に遭われましたね。なにもない村ですが、ゆっくりとお休みください」

「ここはマルデク村と申します」

「マルデク村?」

 

 その名には覚えがある。たしか、広場で、聖女の加護を乞いにきたと言っていた青年の村の名だ。

 青年はマリリアンヌとともに神殿へ行き、そこで宴に参加して一晩を明かしていた。だからまだ村には戻っていなかった。

 己の運のよさにマリリアンヌは顔を輝かせた。

 

(ここでならあたしが聖女だと認めさせることができるわ)

 

「では、あなた方があたしの助けを借りたいという方々なのね。実はあたしは、聖女なのです」

「聖女様……!?」

「ではあなたが、シルフィア様ですか?」

 

 シルフィアの名を出され一瞬眉が寄るものの、マリリアンヌは殊勝な表情をとりつくろって首を振った。

 

「いいえ、シルフィアは偽の聖女。あたしが真の聖女、マリリアンヌです。この村にも助けが必要だというのは聞いていました。でもシルフィアがあたしの邪魔をして、村に行かせないようにしようとしたの」

「そんな……!?」

「シルフィア様は、奇跡を起こされたのではないのか?」

「しかし、マリリアンヌ様のこの姿……」

 

 たくさんの傷をつくり、憔悴したマリリアンヌの姿を見ては、まさかお前のほうが偽物だろうと言う者はいなかった。

 思いがけない情報に村人たちは困惑の表情を浮かべる。

 

「では、いったい我々はどうしたら……」

「わたしたちの村の畑も、痩せていっているのです。家畜に食べさせる餌も作れない」

「大丈夫よ」

 

 そんな彼らの手を取り、マリリアンヌは笑った。

 

「あたしが真の聖女だと言ったでしょう。あたしが祈って畑を元気にしてあげるわよ。さあ、ゆきましょう」

 

 彼らの中にはシルフィアと直接会って話したことがある者もいる。マリリアンヌのもたらした、シルフィアが偽聖女であるという話は、信じがたいことだった。

 けれど、ボロボロの身なりをしたマリリアンヌが自分たちのために祈ってくれるというのである。それを止めるわけにもいかない。

 立ちあがるマリリアンヌに、村人たちは不安げな顔をしながらも付き従う。

 

 やがて一同は村の端にやってきた。以前にシルフィアが訪れた村と同じように、一面には畑が広がり、ところどころに道具を置く小屋などが建っている。

 マリリアンヌには見えなかったが、この畑にも瘴気がうっすらと積もっていた。

 王都周辺に領地を持つ領主たちは、マリリアンヌに贈りものを捧げ、いずれ自分たちに何かしらの利益が返ってくることを期待していた者たちが多い。彼らは神殿に通いながらも精霊を信じず、利益のための道具と思っていたから、瘴気が生まれていたのであった。

 

 畑を見まわし、マリリアンヌは首をかしげた。

 

「芽は出ているじゃない」

「はあ、そうなのですが、数も少ないし勢いもない。このままではすぐに枯れてしまうのです」

「そうなの。面倒ねぇ」

 

 ぞんざいな口ぶりに村人たちはぎょっとした顔になるが、マリリアンヌは気づかない。

 

(あたしがこの畑をよみがえらせれば、あたしの力を認めさせることができるわ。そうなれば神殿に戻れる。シルフィアはまだいるでしょうけれど、アントニオ様と結婚して、あたしのほうが王妃になれば――)

 

 漏れそうになる歪んだ笑みを押し殺し、マリリアンヌは手をかざした。

 昨夜思いだした祈りの言葉を口にする。

 

「我らが守り手、我らが導き手、精霊たちよ、謹んで我が願い聞き届け給え。我こそは汝らの愛し子。結ばれた誓いを果たし、力を与え給え――……ッ!?」

 

 どくん、とマリリアンヌの心臓が跳ねた。

 なにかが身体の内から湧きあがってくる。内臓を満たし、血管を満たし、骨を軋ませるような力――。

 

(これが精霊の力なの……!?)

 

 耐え切れず、マリリアンヌの目から涙がこぼれた。

 

「あ゛ぁ゛……っ! 痛い痛い!! 誰か助けて!!」

「マリリアンヌ様!?」

「聖女様、どうなされましたか!?」

 

(こんなの聞いてない! シルフィアは、全身が光って風が吹いたって聞いたのに! それも作り話なの!? それとも――)

 

「ぎゃああああ゛あ゛あ゛!!!!」

 

 喉が裂けるほどの絶叫を迸らせ、マリリアンヌは背をのけぞらせて苦しんだ。大きく開いた口からごぼりごぼりと瘴気が漏れだす。村人たちにそれは見えないが、ぞっとするような悪寒が周囲を取り囲んだ。

 

「おい!! 王都に――神殿に誰かを走らせろ!! 聖女様が苦しんでいらっしゃる!!」

「どういうことだ!! 聖女様、聖女様!! 大丈夫ですか!?」

 

 瘴気はマリリアンヌから溢れ、しかし彼女に戻ろうと彼女に這いよった。手足にまとわりつき、肌から体内へ戻ろうとする。

 全身の激痛にのたうつマリリアンヌの肌に、やがて焦げたような痕が出始めた。

 

「なんなんだ……これは……俺たちはなにを村に入れちまったんだ!?」

「まさかこいつが偽聖女なんじゃないのか? これが精霊の怒りでは……」

「でも俺たちを助けてくれると言ったぞ!? 苦しんでるじゃないか、早くどうにか……」

 

 一人の青年がマリリアンヌに触れようと手をのばすが、その手がマリリアンヌに触れたとたん、焼けるような痛みが走る。

 

「ぎゃっ!!」

 

 見れば、触れた手にも焦げ付いたような痕が移っている。

 

「……!! 触るな、やはりこれは呪いだ!!」

「いやあ!! 助けて、助けてええ!!!」

 

 村人たちは徐々にマリリアンヌから距離をとり、この恐ろしい光景を立ちすくんだまま眺めた。やがて彼らの目にも見えるほど、マリリアンヌの身体から瘴気が溢れ始めた。

 

「ああ……もう終わりだ、この村も――」

 

 老人がうなだれた、そのときだった。

 

「マリリアンヌ様!!」

 

 絹を裂くような悲鳴とともに、一人の少女が現れた。

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