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15.シルフィアの安堵

 マリリアンヌ逃亡の報を受け顔面蒼白で神殿へ飛び込んだ人々は、そこでシルフィアから精霊を紹介され、床に額をこすりつけて平伏した。

 聞けばアントニオは王太子の座を追われ、その決定を下した国王も憔悴しきっている。ハニーデイル家やマリリアンヌへと売ってきた媚びは、一切の効力を失った。

 

 だが、いったい我が身はどうなるのだろうかと案じている彼らにも、希望の光はあったのである。

 

『あっ、ぼく知ってるよ! カーティスは薔薇をくれた人』

『セドリックは宝石やドレスをくれた人ね。……精霊には意味のないものだけど、まぁ美しかったわ』

 

 精霊たちの言葉に彼らは冷や汗でびしょぬれの顔をあげた。

 

『シルフィアが見せてくれたから!』

『そうね、シルフィアに感謝することね』

 

 カーティスやセドリックから驚いた視線をむけられ、シルフィアはどぎまぎとしながら苦笑いを浮かべた。

 

「あ、贈りものは、皆さんの名前といっしょに祈っていたので……」

『シルフィアは、人間界にあるきれいなものや美しいものを、わたしたちにおすそわけしてくれた』

『シルフィアの心を通して眺めることができたから、楽しめたよー!』

「それはよかったです」

 

 にこにこと会話するシルフィアと精霊。精霊たちの信頼を得ているシルフィアを見、たしかに彼女こそが本物の聖女であったのだと貴族たちは理解した。

 一応、自分たちの贈りものは無駄にはならなかったらしい。それらはマリリアンヌに捧げたものであったが、シルフィアによって精霊たちにとりつがれていた。

 

『贈りものは、ちゃんとぼくたちに届いたよ』

 

 ほっと胸を撫でおろす貴族たちに、けれど、ヴァルティスとティティアは冷たい視線を向けた。

 

『で、なんで君たち自身の〝祈り〟は届いていないんだろうね?』

『あなたたちからも感じるのよね、精霊を欺く瘴気を……いまこの場で吹き飛ばしてあげましょうか』

「……!!」

 

 ふたたび床に額をこすりつけ、貴族たちは声にならない悲鳴をあげる。

 

「申し訳ございませんでしたあああ!!!」

「これからは毎日祈りを欠かさぬようにします!!!」

「ですから、どうか我々の領地にもご加護を……!!!」

 

 ひいひいと泣きわめく貴族たちにシルフィアも頭をさげた。

 

「ヴァルティス様、ティティア様、わたしからもどうかお願いします」

『まっ、シルフィアはそう言うと思ってたよ』

『シルフィアが国をめぐるならわたしたちも行くわ。民に罪はないもの』

『シルフィアといっしょにいろんなものが見られるんでしょー? 楽しみだなぁ』

 

 楽しげに声をあげる精霊の様子にシルフィアも貴族たちも安堵する。

 

(マリリアンヌ様も、どこかで心を改めてくだされば……)

 

 瘴気が晴れ、いずれ精霊たちと通じあう日がくるのだ。

 貴族たちにかけられた言葉を、シルフィアはそのように受けとった。シルフィアは間違っていない。長い時を生き、様々な事態に遭遇してきた精霊たちはあまり個々の人間に思い入れを寄せることはない。だからこそシルフィアは特別な存在なのだ。

 マリリアンヌの横暴も、これ以降精霊たちを煩わせることなくつつましく暮らしていけば、精霊たちはすぐに忘れる。

 その後に、きちんとマリリアンヌが祈れば、精霊たちは彼女を許すだろう。

 

 *

 

 果たしてそのころ、マリリアンヌはといえば――。

 

 残念ながら、己の行いを悔い改めようという気はいっさい起こしていなかった。

 瘴気が沁みついてしまったマリリアンヌの心には、他者の言葉は届かなくなっていたのだ。

 

 わずかに残っていたドレスを飾る宝石を引きちぎり、馬車を借りて王都を抜け出したマリリアンヌは、野生の獣たちに怯えながら森の中をさまよった。

 心の中ではシルフィアに対する憎しみが募ってゆく。

 

(どうして……どうしてシルフィアばかり。どうしてあの女のせいであたしが惨めな目に遭わなければならないの)

 

 聖女の座も、王太子の婚約者という地位も、それに付随して得られるはずだった王妃の冠も。

 すべてマリリアンヌの手からこぼれ落ちてしまった。

 その原因となったのはシルフィアだ。

 

(精霊の力を得たなら、まずあたしに言うべきだったじゃない。そうすればあたしが聖女としてシルフィアの力を使うこともできた……それをリュート様に伝えたのは、あたしを陥れるためだったんだわ。そうよ、あの女のせいで……)

 

 シルフィアの心配そうな表情がよぎる。

 

 ――マリリアンヌ様が罪を認めてくだされば、きっとお許しに……

 ――お願いします、マリリアンヌ様!! 精霊を信じてください! このままでは、あなたが――

 

(そうよ。あの女はあたしがどうなるかわかっていた。こっちの身を案じるようなふりをして、内心ではあたしのことを嘲笑っていたに違いないわ)

 

 靴のない足に、生い茂った植物の棘や、鋭い葉先が傷をつけた。

 痛みに顔を歪めながら、狼の遠吠えに身をすくめながら、眠ることもできずに極限状態の中マリリアンヌは必死に歩く。

 

 生き延びるために死に物狂いで働いていた脳が、とある記憶を紐解いたのは、そのときだった。

 

 ハニーデイル家に代々伝わる、秘宝とされる呪文。

 何代も前に精霊と結んだ約束の証であるというそれは、王家にも知らされることなく、言い継がれてきた。

 精霊を信じず、神殿にもよりつかなかったマリリアンヌは、いまのいままでそれを忘れていたのである。

 

(そうよ……そうだわ。あたしにだって聖女になる資格はあったはず)

 

 マリリアンヌの胸に希望が湧きあがる。

 まるでその感情に応えるかのように、突然、明るい光が差し込んだ。

 

「ここは……」

 

 目の前に広がるのは鄙びた、質素な集落。

 森が終わり、月の光がマリリアンヌを照らしていた。

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