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12.マリリアンヌ帰還

 意気揚々と神殿に戻ったマリリアンヌを出迎えたのは、憔悴しきった国王と彼を守る兵士、寄り添うように並ぶリュートとシルフィアだった。

 国王は俯いてマリリアンヌと視線を合わせようとしない。そのことに違和感を覚えながらも、マリリアンヌはまだ国王がシルフィアを処刑するつもりであると考えていた。

 

「国王陛下がいらっしゃるのなら話は早いわ」

 

 国王もアントニオもリュートもシルフィア自身も、シルフィアがお飾りであったことはわかっている。

 本物の聖女が神殿へ戻ってきたのだ。自分は堂々としていればよい。シルフィアの居場所はもうないのだから。

 事実、シルフィアはマリリアンヌをうかがうようにおそるおそると視線を向け、青ざめた顔をしている。

 

 シルフィアの目にはマリリアンヌにまとわりつく瘴気がはっきりと見えていた。先ほどの国王のものよりも黒い。それは全身を覆い、マリリアンヌの顔すら見えなくなりそうだった。

 瘴気に対する怯えを、マリリアンヌは自分の立場が危うくなったことに対する怯えだと勘違いした。

 

(でも、いまさら怖くなって反省しても、もう遅いわ)

 

 マリリアンヌは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「さあシルフィア、あなたはもうお払い箱よ。その聖衣を脱ぎなさい。お飾りにはもったいないくらいだったわ」

 

 シルフィアが聖衣を脱ぎ、ただの少女に戻るとき。そのときこそ、聖女を騙った罪でシルフィアが処刑されるとき。

 だが、怯えた様子のまま、シルフィアが口にしたのは、マリリアンヌの想像をはるかに裏切るもので。

 

「いえ、あの……どうやらわたしが真の聖女みたいで……」

 

 びしり、と空気が凍りついた音が聞こえたように、周囲にいた人々は感じた。

 数秒の沈黙。

 

「――は?」

 

 しぼりだされるようなマリリアンヌの声は怒気を孕み、ぞっとするほどに冷たかった。

 シルフィア以外の者たちにも見えた。怒りを通りこした憎しみがマリリアンヌの身体じゅうから立ちのぼっているのが。

 

「精霊の……ヴァルティス様と、ティティア様が、わたしが聖女だと認めたのです」

 

 ざわめく周囲にマリリアンヌは歪んだ笑いを浮かべる。

 

「まだそんなことを言っているの? あたしの身代わりのくせに図々しいのよ……」

「聞いてください、マリリアンヌ様。精霊は本当にいるんです。人の心を見抜いておられます。マリリアンヌ様が罪を認めてくだされば、きっとお許しに……」

 

 シルフィアの言葉は本心からマリリアンヌを心配してのものだったが、マリリアンヌにとってそれは侮辱にしか聞こえなかった。

 

「罪って、なんの罪よ!!」

「お願いします、マリリアンヌ様!! 精霊を信じてください! このままでは、あなたが――」

「あたしがなんだっていうの!!」

 

 腕をふりあげ、シルフィアの頬を打つ。一度だけではおさまらず、神殿に何度も乾いた音が響く。

 

「やめろ、マリリアンヌ!!」

「離しなさいっ!!」

 

 シルフィアの髪をつかみ引き倒そうとするマリリアンヌを、駆け寄ったリュートが押さえつける。

 つかまれた腕を離そうともがくマリリアンヌに、シルフィアは頬を腫らしたまま涙ながらに訴え続けた。

 

「マリリアンヌ様。世界にはたくさんの美しいものがあります。ただ、感謝の気持ちを忘れてしまえば、それらは人を惑わすものになるのです。気づいてください、手遅れになる前に――」

「説教なんてたくさんよ!!」

 

 髪を振り乱し、目を血走らせてマリリアンヌは叫ぶ。

 

「聖女を騙り、本物の聖女を侮り、人々を惑わせ、以前には聖女であるあたしに手をあげた!! さあ、国王陛下――」

 

 マリリアンヌは国王を見た。だが国王は絶望的な顔でマリリアンヌを睨みつけるだけ。

 マリリアンヌには意味がわからなかった。たった数時間前に、シルフィアは処刑すると合意したはずだ。

 

(リュート様がなにか言ったんだわ……)

 

 もう国王も役に立たない。

 激しい憎しみのままマリリアンヌはアントニオをふりむいた。

 

 兇相を浮かべた婚約者の姿にアントニオは逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、自分たちがひきつれてきてしまった人々がそれを許さなかった。彼らはいま、ことの行く末を固唾を呑んで見守っている。ここで行われたことは王都中に広まるだろう。

 シルフィアを処刑するのは嫌だった。だが、いまさらシルフィアを許すなどとは言えない。それは自分たちが誤っていたと認めることになる――板挟みになったアントニオは、考えることをやめた。

 

「アントニオ様!!」

「あ、ああ、我々はここに、偽聖女シルフィアの処刑を宣言する!!」

「そんな……!!」

 

 マリリアンヌの怒声に押され、アントニオも声を張りあげた。

 シルフィアが崩れ落ちるようにうずくまる。涙を流すシルフィアの肩をリュートが抱き寄せるが、その顔にも沈痛な表情が浮かんでいた。

 見れば、国王も魂を飛ばしてしまったかのように天井を見上げ、「もうおしまいだ……」と呟いている。

 

(いったいなんなんだ、これは)

 

 リュートとシルフィアの哀れな姿にマリリアンヌが高笑いを響かせる。

 だがアントニオは、不可解な国王の態度に不吉なものを感じとっていた。だいたい、シルフィアが薔薇を生い茂らせてからというもの、すべての歯車が狂ってしまったのだ。

 

(まさか、本当に――)

 

 アントニオの不安に応えるかのように。

 ふわり、と一陣の風が吹く。風に紛れて、かわいらしい子供のような声が届いた。

 

『ティティア~、難しくてわかんなかったよう』

『ヴァルティス、あなたはもう少し人間の言葉を勉強したほうがいいわ』

 

 そして風が去ったあと、そこには異形の存在が姿を現わしていたのである。

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