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11.聖女宣言

 マリリアンヌは上機嫌だった。

 お飾りのくせに聖女を騙ろうとした勘違い女を処刑できると思えば、心は楽しく弾んでくるものだ。

 

 彼女にとって、神殿や婚約者に縛られる〝聖女〟という肩書は邪魔なだけのものだった。唯一のよいところといえば数々の贈りものが届けられ、アントニオも言いなりで、思う存分贅沢ができるところ。とはいえ、アントニオに使わせている金はもとはといえばハニーデイル家が王家に渡してやっているものである。

 

 それぞれの領地に、精霊を祀るため、加護を祈るために必要な金だと通告して金を出させる。または、信心深い者たちから供物として届けられたものを着服する。そうやってハニーデイル家は財を成してきた。

 邪魔なハーヴェスト家を没落させたあとは王太子との婚姻を繰り返し、政治に疎い王家に金を流してきた。ハニーデイル家がなければ、王家も成り立たないのだ。

 そのことを理解している小賢しい領主たちの中にはハニーデイル家に直接贈りものをする者もある。そうやってハニーデイル家はますます栄えていく。

 

(ふふふ……ついに、処刑すらあたしの思うままになったわ)

 

 シルフィアを呼び出そうとすると、神殿に居続けなければならないはずの彼女はリュート王子と外出しているという。シルフィアが増長しているのは明らかだ。

 本当はこのとき、リュートとシルフィアは村を救い、国王と謁見していたのだが、マリリアンヌは知らなかった。

 

 シルフィアが戻ってくるのをただ待つのは面白くない。

 

「アントニオ様、シルフィアがどれだけ罪深いことをしたのか、民人たちに教えてやりましょう」

 

 マリリアンヌはアントニオを伴って王都へ繰り出した。大通りのもっとも栄える場所、広場に陣取ると、ちょうど市が開かれていたその場所で人を呼び始めた。

 

「さあ! 皆のもの、聞きなさい! あなたたちはいま聖女を目にしているのよ。あたしこそが本物の聖女。いま神殿にいるシルフィアは偽物なの!」

 

 広場にいた人々は手を止め、ぽかんとした表情で突然現れた美しい女を見た。

 豪華なドレスをまとい、髪も指もアクセサリーで飾り付け、顔には濃い化粧をしている。その迫力と存在感のある美貌は、たしかにマリリアンヌがただの女ではないことを悟らせた。

 

 だが、人々の反応は悪い。

 

(聖女様には見えねえなぁ……?)

(シルフィア様が偽物って言ったって、あの方のほうが聖女様だと思うが……)

(シルフィア様は奇跡を起こしなすったんだろう? 枯れかけた畑を救ったと、俺はその村のやつに聞いたぞ)

 

 喝采で迎えぬ王都の民たちに、マリリアンヌは眉を寄せた。

 これまでただマリリアンヌ・ハニーデイルという人物であるだけでちやほやされてきた彼女には、シルフィアが人々と育んできた関係が理解できなかった。

 そのうえ精霊を信じようとせず、聖女の地位は自分を高める肩書にすぎないと思っているのだから、シルフィアの奇跡も種のあるインチキなのだろうと思い込んでいる。

 

「なによ、あなたたち! あたしの言うことが聞けないの!? シルフィアは偽聖女! あの女は聖女を騙った罪で、処刑されるのよ!!」

「そうだ!」

 

 アントニオも声を張り上げる。

 アントニオもアントニオで、国王がすでにシルフィアを聖女として認めており、シルフィアとの結婚を画策したなどということは知らない。マリリアンヌに民の気持ちをむけておかなければと焦っていた。

 

「俺は王太子、アントニオ・ギムレットだ! 王太子の名において宣言しよう。このマリリアンヌは本物の聖女! いま神殿にいるシルフィアこそが偽物だ! あの偽聖女は処刑されるであろう!」

 

 処刑、という思いがけない言葉に、人々はざわめいた。

 野次馬気分で見物していた人々も、これは冗談ではすまされないのだと気づき始める。

 

「そんな!! おれはマルデク村からきたんです。おれたちの畑も枯れかけている。聖女様のお力で癒してもらおうと思ったのに、おれたちはどうしたらいいんですか!」

「うちもだ!! いまから神殿に行こうと思って――」

「だからあたしが聖女だって言ってるでしょ!? あんな女よりあたしが聖女にふさわしいのよ!!」

 

 金切り声をあげるマリリアンヌにあたりは水を打ったように静まり返った。

 視線に含まれるのは困惑や不信。

 

(シルフィアのやつ、こんな民にまで媚びを売って……)

 

 はらわたの煮えくり返るような思いをするマリリアンヌであったが、それを顔に出せば人々は離れていく。そのくらいはわかった。

 ならば、シルフィアより自分のほうが聖女にふさわしいと認めさせなければならない。

 

 民の心など軽いものだ、とマリリアンヌは高をくくっていた。

 美しいマリリアンヌが自分たちのために祈る姿を見れば、すぐに心変わりを起こすだろう。シルフィアよりも民の心をつかんで見せると国王に言ったのは、本心だった。

 

「いいわ、あたしがあとで直々に出向いて祈ってあげるわよ。どこの村なの?」

「……マルデク村です……」

「おれは……」

 

 旅の装いをした男は言いかけたまま口をつぐんでしまう。

 マリリアンヌに村の名を明かしていいのかという逡巡が彼の口を濁らせたのだ。その態度に笑顔を装っていたマリリアンヌの頬がぴくりと引きつる。

 

(シルフィアを処刑しないかぎり、こいつらはシルフィアに縋りつづけるわ)

 

 怒りに歪みそうになる顔をなんとかこらえ、よりやさしげな笑みをはりつけると、マリリアンヌは彼らの手を取った。

 

「あたしは騙されているあなたたちを哀れに思っているのよ……シルフィアの薔薇は別の人間が用意したもの。あなたたちを利用しようとしているだけ」

「そんな……」

「証拠を見せてあげようじゃないの。これから神殿に行くわよ」

 

 シルフィアが神殿にいないのなら、逃亡したと言えばよい。神殿にいるのならその場で処刑を宣言する。昨夜のように暴力をふるわれたらそれこそがシルフィアが聖女にふさわしくないという証拠になる。

 自らのふるまいは棚に上げ、マリリアンヌは笑みを深くした。

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