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月下美人と月下氷人

作者: 貴志埜舞

親友の勘違いにより、意識不明の主人公が密かに愛していた女性が、実はその女性の親友で、主人公と最愛の女性を結びつける役目を果たすと言う事を表現したタイトルです。

        1

 キャンパス近くの喫茶店まろうど。

 今野岳お気に入りのお店。お目当てはマスターの美登利さん。知的なお姉さんタイプ。アンニュイな雰囲気を漂わせて誘う。岳に誘われて平岡瞬も毎日のようにコーヒーを飲みに通ったお店。

 月日は流れ、岳と瞬の学生生活も残るところあと僅かとなった。

そして、大学の卒業試験も終わったある日のこと。

 「これで、学校の試験ともさようなら、永遠にグッバイだ。就職も決まっていることだし、4月まではリフレッシュタイム!目一杯遊んじゃおう。池野なんか例の彼女とハワイだってさ。羨ましいじゃないか。ところで、瞬は彼女出来たの?何の噂も聞かないけど。もうすぐ卒業になっちゃうよ。アメリカじゃ学生の時に相手を見つけないとヤバいって言ううみたいだよ。」

 岳は、瞬に彼女がいないのを知っていて、わざと冷やかすつもりで言っている。大学に入学した時からの親しい友人。気の置けない間柄。お互いのことを、親よりも良く知っている。

 「彼女がいたら、今頃、岳と一緒にまろうどでコーヒーを飲んだりしていないよ。」

 「そりゃそうだ。ところで誰か好きな人とかいないの?」

 「いることはいる。」

 「ほう、誰?ひょっとして法学部の江嶋さん?彼女、倍率高いぞ。」

 「美人だものね。」

 「押尾とか、林なんかは、登録もしていないのに、彼女が取っている講義をわざわざ聞きに行ってたくらいだもん。そんな連中がやたら多くて、授業のときはあの大教室が一杯になっていたのに、試験になったら受けに来た学生は半分もいなかったっていう科目も結構あったらしいね。」

 そういう岳だって1年生のとき、江嶋さんが取っていた一般教養の生物の講義をわざわざ聞きに行っていたのを瞬は知っている。

 「違うよ。江嶋さんじゃない。有名すぎるくらい有名だけれど、雑誌の表紙になったりして。僕は彼女のことを考えたことはない。僕が大好きなのは、マリちゃんって呼んでるんだけどね。」

 「マリちゃん?誰それ?そんな名前の女子学生いた?」

「うちの学生じゃなくて中学のときの同級生さ。」

 「へー、中学の同級生か。少しは付き合ってたとか?」

 「いや。恥ずかしくて声も掛けられなかった。いつも遠くからただ見ていただけ。」

 「いかにも瞬らしいな。」

 「毎日、今日こそはって思うけれど、結局そのまま。3年生の時はクラスも別になったので声を掛けるチャンスもほとんどなくなってしまって、そのまま卒業。あきらめて忘れかけていたんだけれど。実はね。」

 瞬は、ここで一旦話を止め、何かを頭に描いている様子を見せて、にこやかな笑みを見せながら先を続けた。

 「実は、見つけちゃったんだ。」

 「何を?何時?どこで?」

 「就活で首都海上の本社に行ったときさ。順番待ちの時間つぶしと思って、そばの棚に置いてあった社内報を開いて見ていたんだ。そうしたら去年の新入社員が写真付きで載ってた。」

 「ああ、その写真なら俺も見たよ。いたのか、マリちゃん?」

 瞬は、にっこり微笑んで、そしてコーヒーを少し口にし、そして続けた。

 「そう、いたんだよ、マリちゃんが。知らなかったけれど首都女子大って短大だったんだね。久しぶりに見たマリちゃんは、大人の顔になっていたけれど、相変わらず可愛かった。

 もうすぐ、僕も社会人になる。そうしたら今度こそ勇気を出して交際を申し込もうって思ったんだ。」

「そうか、瞬にもそういう人がいて良かった、良かった。

ん、ちょっと待てよ。じゃどうして首都海上にしなかったんだ。就活うまくいってたじゃないか。瞬が、入りたいって言えばそれで決まったはずだぞ。それとも、会社に入ってもまた僕と一緒は嫌だったとか?」

 「まさか。そんなわけないよ。」

「だったらどうして?そんなに好きな娘がいるって分かってるのに、その会社を選ばないという理由はないだろう。」

「でもさ、考えたんだよ。同じ会社に入っても、また声も掛けられないかもしれない。それでマリちゃんが他の人と結婚するのを指を咥えて見ているだけだとしたら、今までよりもっともっとつらいだろうなって。ひょっとしたら死にたくなっちゃうかも知れない。そう思って首都海上の話進めるの、途中でやめちゃった。会社の人事担当の人、相当怒ってたよ。」

「そりゃそうだろうな。無駄なお金と時間を使わせやがって、って感じなんだろうね。でも、瞬はそのマリちゃんのこと、今でもそんなに好きなんだ?」

瞬は、この質問には顔を赤らめるだけで答えずに話を変えた。

「僕は、4~5年会社勤めをしたら親父の会社に入ることに決めたんだ。だから、修行するならコンピュータ関係の会社のほうがいいと思った。」

「そうか。そういうのもありだね。」

確かに、瞬の父親の会社はコンピュータソフト関係だから、戻ると決めているのなら瞬の選択は頷ける。でも、それでいいのかな、とも岳は思った。

「それにしても親父さんの会社のソフト、注目されているね。ハッピーライフシステムだったかな。」

「うん。ネーミングはひどいけれどね。機能を素直に表現していると言えば言える。

親父から、新しいシステムの名称は『ハッピーライフシステム』だと聞かされて、ついに親父の会社もHな分野に進出したのかと誤解しちゃったんだ。」

瞬は、そう言いながら、つい思い出し笑いをしてしまった。

「親父は怒ったけれど、そのうち、自分でもそう言われてみればそうだと思ったって、後になって、苦笑いしながら言ってたよ。」

「ハッピーライフって言葉のとおり、事故なんかで頭を打って意識がない状態になっていても、あのシステムを使えば、幸せな人生を味わうことができるらしいね。」

「最初聞いたときは、患者が幸せな人生を味わうって言っても、そんな状態になっているのかいないのか、それをどうやって判別できるのか、どうして分かるのか、それが不思議でならなかった。」

 「言われてみればそうだな。本人は意識を失った状態で言葉を話せないからね。」

 「そうしたらね。ああいう状態になっても意識を取り戻す場合もあるんだって。今まであのシステムを使って意識を取り戻した人は全員ずっと現実の世界で暮らし続けているつもりだったって、意識が戻った後で言ってるんだって。それで記録に残っているその人達の脳の反応と、意識を取り戻していない人たちの脳の反応を比較すると全く違いは見られないから、あのシステムが有効なのは間違いないって、親父の会社の技術担当の人が言ってた。」

 「そうか。それにしてもその時々で複雑に変化する現実の生活と全く同じに脳に認識させるって、すごいよね。予め映画を作っておいて、それを脳に認識させるっていうのとは違うもんね。」

 「やっぱり、ここ数年のAIのものすごい進化があって、はじめて可能になったみたい。最初に基本データを入力するだけで、その後の社会の動きとか何から何までコンピュータのほうで自動的に新しいデータを取り入れてプログラムしていくんだって。」

 「ふうん。会社員の昇進とか結婚なんかも基本情報さえ入れておけば、あとはコンピュータが細かいところまでプログラミングしてくれるわけか。」

 「うん。勿論、仮想世界の中では失敗は起きないようになっているらしい。いくら現実に即していると言っても悲劇が起きてしまっては、あまりにも可哀想過ぎるものね。だから、例えばA社に入社していたのに、現実の世界でA社が倒産したり、そこまで行かなくても傾いたりした場合、調子のいい会社にすぐに転職できるようになるとか、結婚については、ハラハラドキドキがあっても、最後にはハッピーエンドになるように作ってあるんだって。」

 「そりゃいいね。瞬はそっちのほうがいいんじゃないか。そのマリちゃんでプログラムしてもらって。」

 「縁起でもないこと言わないでよ。」

 「ごめん、ごめん。とにかくこれからも仲良くやっていこう。」

 瞬は、岳と別れた後、岳が一時付き合っていた西野さんという女性を思い出していた。美登利さんと似たタイプの美人で知的な女性だった。岳の好みなのだろう。でも、結局二人はうまくいかなかった。

        2

平岡瞬は、昼寝でもしているかのように安らかな顔をして横たわっていた。

但し、そこは病院のベッドの上であり、頭を含め体の何箇所かはコンピュータを内蔵した装置から出ている配線と繋げられていた。

「状態はどうなのですか。」

岳は、装置を指しながら質問した。

「今朝から動かし始めたのだけれど、いたって順調。ちゃんと機能しているそうだよ。」

瞬の父親はほっとした顔をしている。

「それじゃあ、仮に瞬の意識が戻らなくても、幸せな人生を味わえるわけですね。」

 「その通りです。プログラムされたすべてのことについて、瞬君は現実の出来事として認識することになります。もっとも、食事などは別途点滴等で補う必要があることは勿論ですが。」

 担当の技師も動き出しが順調なので、安心した様子で説明した。

 「しかし、すごいですね。最近の技術の進歩は。」

 「そうです。直接脳に情報を伝える方式ですから眼や耳などの五感を掌る器官が痛んでいたりしても全く影響を受けません。」

 「プログラム上、時間の流れ方や存続期間、つまり生存期間は決まっているのですか。」

 「基本的なところは予め決まっています。寿命は平均寿命を参考にしています。患者さんが脳内で経験する人生の経過の大きな流れはそれで決められています。しかし、固定されたものではなく、装置に送られるその時々の患者さんの体調等のデータにより、随時細かな修正が行われていきます。患者さんの体に何らかのアクシデントがあった場合には、このシステムだけではどうしようもないのです。できるだけ健康を害さないように注意する必要があります。

 「瞬は、大学を卒業して、入社した会社で一生懸命仕事を覚えているって段階ですね、今は。」

 「そういうことになる。ああ、それから今野君のおかげで瞬の一生のパートナーとなる女性として南野真理さんを入力することができた。だいたい瞬が私の会社に来る頃にウェディングする想定でプログラムしてある。息子の瞬は、その方面は晩熟だったから、事故に会わなければ最愛の人と結婚するなんて無理だったろう。今野君、本当にありがとう。君の話だと瞬は南野さんを熱愛していたようだからね。」

        3

 瞬が会社からの帰り、事故に会って、意識が戻らないと聞いた時、岳は、あんなことを言わなければよかったと後悔した。あれが親友瞬との最後の会話になるかもしれない、いや、まずそうなるのだろう。意識を取り戻すことがあると言っても、その確率は低い。それにしても瞬をホームで突き飛ばした奴を許せない。酒を大量に飲んで無茶苦茶な行動をしていたということだった。岳は、煙草についてはあんなにうるさく言うくせに酒に対しては寛容すぎると思った。煙草を吸って人を殺したなんて聞いたことはないけど、酒を飲んで人殺しの罪を犯した奴なんて掃いて捨てるほどいるぞ。犯人に対する怒りは収まらなかった。

 しかし、こうなってしまった以上、瞬には南野真理さんとの幸せな生活を仮想の世界ではあるが実現してもらうしかない。瞬の父親から瞬のパートナーにふさわしい女性を尋ねられたとき、岳の頭にすぐに「マリちゃん」が浮かんだ。岳はすぐに行動を開始した。

 瞬からは、氏名については「マリちゃん」としか聞いていなかったが、自分が勤める首都海上勤務で、一昨年入社の首都女子大出身と分かっているので、探すのは簡単だった。本社の総務部勤務の女性の中に条件にピッタリのマリちゃんこと南野真理を見つけ出すのにほとんど時間を要しなかった。

岳は、すぐに真理と面会の約束を取り付けた。話す内容が内容なので、会社の近隣の店は避け、瞬と最後に会話をした喫茶店まろうどで会った。実際に会ってみると、南野真理は、社内報に載っている写真よりも美人だ、岳はそう思った。さすがに瞬が大好きだと言う女性だな、この女性が承諾すれば、現実の世界では女性に縁のなかった瞬が、仮想世界とは言っても、こんな素敵な人と幸せな人生を味わえるのかと思うと羨ましかった。

 美登利さんの目を意識しながら、南野真理に席を勧め、いつものようにブラジルを2杯注文した。予め、平岡瞬に関することで話をしたい旨伝えてあった。中学で同級だった平岡瞬の件で、というと、ああ、あの頭の良かった平岡さんね、と真理のほうでも覚えていた。その平岡瞬が事故にあって、継続的意識障害の状態にあるという話をすると、真理は驚き、あの平岡さんがと言って、泣き顔になった。岳は真理が少し落ち着くのを待って、瞬の父親の会社が開発したシステムの説明を始めた。それから、このシステムを使って、意識障害となっている瞬と仮想社会の中で交際してハッピーエンドを迎え、そのまま永遠のパートナーとなる役割を担うことを依頼した。

真理はすぐに快諾してくれた。

 「とにかく瞬は、中学生のときから南野さんが好きで、好きでたまらなかった、って言っていたんですよ。この春に、丁度、この店で話をしているときです。」

 「えーっ、平岡さんが私のことをそんなに好きだったなんて、今まで思いもしなかったわ。でも私でお役に立つならば遠慮なく映像や資料をお使い下さい。」

 「ありがとうございます。では、今度の日曜日に写真や資料をお預かりに伺います。同性の友人やら何やらプログラム作成に必要な南野さんに関する質問等は、この書類に記載されているそうなので、記入できるところはあらかじめ記入するなどしておいていただければ幸いです。」

 瞬と真理が中学の同級生なら、岳と真理も同い年ということになるし、それに同じ会社の社員でもある。しかし、この日は、初対面の上に南野真理のほうが、入社が2年早いというようなこともあって、まだ岳の話し方はよそ行きのそれである。

        4

 「ねえ、岳。そこのお醤油取って。」

 「うん、分かった。それにしても真理の作る料理はどれも美味しいね。」

 知り合ってから、1年。今野岳と南野真理の関係は、真理の手作りの朝食を今野が住むマンションのダイニングで一緒に食べるほどになっていた。

 「平岡君も、今頃、仮想世界で、私とこんなことをしているのかしら。そうだとしたら不思議な感じね

 「でもそれは最初から分かっていたはずじゃないの?」

 「でも、あのときは、まさか、岳とこんな関係になるなんて、思いもしなかったんだもの、仕方ないわよ。」

 「それはそうだね。でも僕は真理とこんな風になって、ただただ嬉しいよ。恥ずかしいけど、仮想世界とは言え、こんな美人で優しそうな人と一緒になれるなんてって、瞬に焼き餅を焼いていたんだ、実は。」

 「あら、男の親友って、女性が絡むとそんな程度なのね。」

 「女性だって、同じだろう。例えば、真理と真理の親友とで僕を取り合うことを考えてみて。」

 「実際はありえない想定と思うけれど。でも、そうね、私の親友と言えば、何と言っても同じ大学から一緒に首都海上に入社した経理のひーちゃんだけど。どうだろう。難しいわね。だいたい、私が言ったのは、現実世界と仮想世界の話よ。岳が持ち出した例は現実世界で同じ男性に同時に恋をするという場合でしょ。比べられないわ。」

 「それもそうだね。ひーちゃんって、最初の資料作成の時、真理が言っていた人だね。

まだ会ったことがないなあ。同じ会社にいるけれど。」

 「ものすごく可愛いわよ。あのとき一緒に撮った写真を何枚か出しているわ。私とひーちゃんはだいぶタイプが違うけど、かえって馬が合うっていうの?中学の時から親友で、高校も大学も二人で話し合って同じ学校を受けたのよ。」

 「へー。そりゃ相当仲がいいね。」

 「そうね。私に言わせれば瞬君にはひーちゃんのほうが断然お似合いよ。」

 「ふーん。そのひーちゃんって好きな人とかいるのかな。」

 「駄目よ、二股掛けようとしても。許さないんだから。」

 「いやそうじゃないよ。そうじゃない。ただ、ふとそう思っただけさ。それはそうと、最初の真理の話に戻るけれど、仮想世界では真理と瞬の関係が問題になってくる。そこでは患者に可哀想な展開、例えば、瞬が真理に振られるということはないけどさ、現実の世界での僕、即ち、今野岳と南野真理の関係のようにはスピーディーに進まないと思うよ。瞬の性格なんかからプログラムされるんだから。今頃、やっと瞬が真理に声を掛けたくらいじゃないかな。」

 「それもそうね。私が作った朝食を一緒に食べるなんて、きっと結婚してからね。」

 真理は何となくほっとした気がした。

       5

「瞬が意識を取り戻すかも知れない。」

瞬の父親から岳に連絡が来たのは、それから間もなくだった。

「平岡君の意識が戻ったら、私たち少し恥ずかしいわね。」

「そりゃあ確かに二人が親密になるのが早すぎたからね。親父さんに瞬が大好きな人はこの人ですって言って、もう俺は真理とこういう関係になっちゃてるんだものね。いくら、向こうは仮想の世界、こっちは現実の世界とは言ってもすこし気まずいね。」

 「それでも平岡君の意識が戻ったら嬉しいわよね。」

 「そりゃあそうさ。何より嬉しいよ。それに、僕たち何か悪いことしているわけじゃないんだし。」

 「そうよね。平岡君の意識が一日も早くもどりますように。二人でそう祈りましょう。」

 「いや、ちょっと待って。やっぱりまずいんじゃないか。」

 「何が?」

 「瞬は真理のことを死ぬほど好きだと言っていたんだ。それなのに瞬が意識を失っている間に俺がちゃっかりいただいちゃったって知ったら瞬はどう思うだろう。現実の世界と現実の世界の話だからね、これは。」

 「確かにそうね。」

 「ま、仕方ないか。こうなってしまったものはこうなってしまったので、今更どうしようもないものね。」

 「うん、そうよ、そう。だいたい私は平岡君から好きだなんて一言も言われたことはないもの。」

 翌日、瞬の父親から岳のところに瞬が意識を取り戻したという連絡が入った。

 「どんな顔をして瞬と会えばいいかな。」

 「普通でいいわよ。私も一緒に行くわ。大丈夫よ。」

 真理のほうが落ち着いている。そりゃそうだ。岳とは随分と立場が違う。もっとも、瞬が意識を取り戻すのがうんと遅くて、仮想世界で真理と関係を持ったりしているのではないかと心配になるような場合だったら話は違っていたけれど。岳が想像したように、せいぜい声を掛けたくらいだろう。

 「便利なシステムだけれど、患者が実際に認識している仮想世界の内容は確認できないそうだ。以前、会社の担当の人からそう聞いている。」

 「この短期間で私と平岡君が関係を持つなんてありえないわよね。

 「うん、そうそう。」

 そんな会話をしているうちに、二人は病院に着いた。

 「今野君良く来てくれた。南野さんもありがとう。早速、瞬と会ってくれ。意識を取り戻して、すごく喜んでいるよ、二人のお蔭だって。」

 「やあ岳、久しぶり。やっぱり南野さんも一緒か。お似合いだぞ。」

 岳と真理は互いに顔を見合わせた。瞬は一体、仮想の世界でどんなふうに暮らしていたのか、岳と真理はどんな形で表れていたのか、瞬の話を聞くまでは二人には見当も付かなかった。

 「全部覚えているわけじゃないけどね。」

 そう言って瞬は自分が経験した仮想世界について話し始めた。

 「社会人になって、しばらく経ったとき、岳から話したいことがあるので会いたいという連絡があった。それで『まろうど』で会うことになったんだ。

 お店に行ってみると岳と南野さんが待っていた。岳は両手を合わせて、ごめんマリちゃんと仲良くなっちゃったって謝るんだよね。

僕が何も謝る必要なんかないよと言っても岳は恐縮しっぱなしなんだ。

 そこで僕は岳の勘違いに気が付いて、笑い出しちゃった。岳も南野さんも狐につままれたような顔をしているので、笑いながら説明してやったのさ。僕が『マリちゃん』って言ったのは南野さんのことではなくて麻里村東さんのほうなんだということをね。中学のとき、皆は『ひーちゃん』や『あずまっち』ひどい奴は『とんちゃん』とか呼んでいたけど僕はどの呼び方も好きになれなくて、勝手に麻里村さんのことを『マリちゃん』って呼んでいたのさ。あの日岳と話をしたときに『マリちゃん』って言ったのはそういう訳さ。まさか、あのときは、親父のシステムのお世話になるなんて夢にも思わなかったもの。

 そういう説明をしたら岳も南野さんも急に元気一杯になってね、僕と麻里村さんが仲良くできるようにしてあげると張り切りだしたんだ。

 それでね、僕とマリちゃんが会ってゆっくり話ができるようにって、南野さんがマリちゃんに声を掛け、4人で会食する場を設けてくれたのさ。

 当日、僕は緊張しながら思い切ってマリちゃん、つまり麻里村さんに、中学の頃から大好きだったと告白したんだ。そうしたらね、さすがに父の会社のプログラムはよくてきているよね。そう、マリちゃんも僕のことをずっと好きだったって。こういう日が来るのをずっと待っていたって言ってくれたのさ。

 僕はうれしくなってその場で飛び上がって喜んだら頭を柱にぶつけてしまったんだ。痛いって思ったら意識が戻っていた。」

エピローグ

 岳は、南野真理をマリちゃんだと勘違いして写真や資料をそろえて瞬の父の会社の担当者に提出したのだが、結果的に親友の麻里村東の写真や資料も一緒に提出されていたわけである。

 コンピュータはデータを分析し、その患者に最適なストーリーを作るから、瞬のケースでは、瞬のパートナーには、南野真理ではなく麻里村東が選ばれ、岳と南野真理が現実と同じようにお似合いのペアとなり、瞬と麻里村東を結びつける役を演ずることになったというわけである。

 その後、岳と真理、瞬と本当のマリちゃん麻里村東が結婚したのは言うまでもない。

        「了」


筆者は、昨年、実際に心肺停止状態で病院に緊急搬送され、助からないだろうし、仮に助かっても植物人間になるだろうと言う当初の医師の見立てにも関わらず、こうして小説を投稿できるまでになりました。自分の経験も踏まえて、こんな装置があったらいいだろうなと言うつもりで書いています。

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