異界①
フライパンで炒め物をしている音がする。意味不明の言語が飛び交う。
まるでレストランの調理場の喧騒だ。
音量がひどく大きい。頭の中でぐわんぐわんと響く。
「ぬちゃぁ」
音を立て、ピンクのどろどろから私の体はつまみ出された。どろどろが体から落ちるにつれ、膜を破ったように音がクリアになる。一方視力は落ちた。世界がぼやけている。
縁が盛り上がった銀の板に落とされる。
料理番組で見るやつだ。バット、と言ったはず。
身動ぎすると、私の頭から足先までなにかがすぅっとなぞった。
途端に手足が動かなくなる。筋肉がすべて電源を切られたみたい。全ての感覚が鈍くなる。
次に顔をつかまれ、ぎょろりとした巨大な目と向き合う。
口に何か押し込まれ、抜き取られた瞬間、私の舌はなくなった。
体が持ち上げられ、湿った熱い生地に寝かせられる。顔だけ残されて包まれる。
今度は白くて固い床に寝かされる。皿だ。
だとすれば、私の行き着く先は……。
想像したところでもう遅い。されるがまま。逃げられない。
本当なら恐怖におののくところだけど。
目がひとつしかない紫色のゲジゲジが私を盛り付け、赤くただれたナメクジが皿をチェックするようにのぞきこんでも。
さっきまでピンクのどろどろで過ごしていた私は、すべてが急激にどうでもよくなっていった。
私は、私はそんなことより。
あの幸せな世界の続きを見たい。




