防空壕の中で◉
――――――――――
一方、原爆により、荒廃した紅き滅亡の長崎では、未だに終わりなき、かくれんぼが続いていた。
「アレ? サララチャン、ドコニ行ッタノ?」
変形した三菱兵器工場で、瓦礫の下を確認する不気味な少女。
「確カニ、コノ辺ニイタト思ッタンダケド。モウ逃ゲチャッタノカナ? 規則違反ダヨ!」
不気味な少女は、プンスカと怒りながら悔しがるが、
「デモ、モウ一人、仲間ガ増エタミタイダシ、イッカ!」
そう言い残すと、不気味な少女は、そのままどこかへと去っていった。
「行っちゃったみたい」
「ああ、そのようだな」
一方、瓦礫から抜けて三菱兵器工場から出た二人は、近くにあった小さな防空壕の中で身を潜め、遠くからその少女の姿を覗いていた。
「だが、どの道、ここにずっといても、いずれ見つかってしまうだろう」
「でも、とりあえずは、スマホの電源は切ったから、もうさっきみたいな事は、多分起きないと思うよ」
一体、どういう原理でこの時代の電話と讃良のスマホが繋がったのかは分からないが、もう二度と着信音で隠れている場所を探られるなどという卑劣な手段を取られないように、スマホの電源を切って、使えなくした。
「それにしても……」
その時、讃良はしゃがんだ状態で俯きながら小さく呟くと、
「ふふ〜ん」
突如、彼女は猫みたいな口調をしながら、ニヤけ始める。
「なるほどね〜。獅童くんが、私にね〜」
まるで、面白いおもちゃを見つけたかのように翼彦を見つめると、彼は焦り出す。
「バ、バカッ! あれは、言葉のあやというやつで……」
「あんなに熱い告白を連発して、言葉のあやだけで済むの〜?」
悪戯心に満ち溢れた讃良は、彼を困らせようとその横に迫り、弄り始める。
「あ、あれは、何というか……そ、その……!」
「その〜〜〜?」
さっきまでとは、まるで別人のようにキャラが変わった讃良は、にょほほ〜んとニヤけながら、面白そうに赤くなった彼の顔を覗き込む。
というか、別人も何も、彼女の本来の性格はこっちの方であったりもする。
「ほ、ほら! あれだ……人間追い詰められた時、思ってもない事を、つい口に出してしまう時だってあるだろ……?」
「じゃあ、私に告白したのはウソだったんだ」
「ち、違……!」
「やっぱり」
もはや、言い逃れが出来なくなった翼彦は、羞恥心と後悔のあまりに頭を抱える。
「うわああああああああああああああああああ!!」
遂に彼は叫び出すと、讃良は慌てながらそれを止める。
「し、獅童くん! そんなに大声を出したら、見つかっちゃうでしょ!」
「ご、ごめん……!」
翼彦は、未だにあの不気味な少女から逃げている身である事を改めて自覚し、咄嗟に自らの口を塞いだ。
その様子を見た讃良は、流石にやりすぎたかと思い、弄るのをやめて上目遣いで彼に問い詰める。
「私のこと、そこまで想ってて、わざわざ助けに来たの?」
「わ、悪かったな……!」
「別に悪いとは思ってないよ?」
讃良は今まで生きてきた人生の中で、男子に告白された事は何度かあったが、いつも、愛犬と一緒にいることを優先して、ほとんど振ってきた。
しかし、この目の前にいる獅童翼彦という男ほど、本気で想いをぶつけて、命を賭けてまで自分を助けに来てくれる人に会ったのは、彼女にとっても初めての経験であった。
讃良はそんな翼彦を見て、興味深くなる思いを抱いた。
「それで、私と付き合いたい?」
「い、いや、そ、そそそ……そこまでは……! お、俺はお前を助けた事、伝えたい事を言えただけで、それで十分満足さ……!」
「はぁ〜!? あれだけ言いたいこと言って、なに今更逃げ腰になるの!?」
「ア、アレ……!? ココハドコ? 俺ハダレ!?」
顔中、汗を流しながら否定するどころか、必死に告白をなかった事にしようと、何故かカタコト口調で誤魔化そうとする翼彦に、讃良は怒りを露わにする。
「プッ! あはははは!」
だが、その時、讃良は彼のヘタレっぷりに、もう我慢出来ないと言わんばかりに腹を抱えて笑ってしまう。
「獅童くんって、面白いんだね!」
ここまで自分を笑わせてくれたのは、愛犬が生きていた頃以来であった。
「七瀬、お前……」
翼彦は、そんな彼女の無邪気な笑顔を見て、優しく呟いた
「良かった。やっと笑顔が戻ったな」
「え……?」
まるで、一安心するかのように呟いた彼のその言葉に、讃良はキョトンとする。
「俺、お前のそういう笑ってるところを見るのが一番……やべっ! 俺は一体、何を……!?」
その時、つい口に出してしまいそうになった翼彦は、すぐに正気に戻り、自らの顔を赤くしながら、手で口を押さえてしまう。
「〜〜〜バ、バカ! こういう時にいきなり素直に言われたら、困っちゃうでしょ……!」
またも告白しようとしてきた翼彦に、つい顔を赤くする讃良。
二人はお互いドギマギしながら、横目でチラッと見つめ合う。
その時、翼彦は彼女が持っていた、あるものに目が入る。
「それ、まだ持っていたんだ」
讃良が手に持っている水袋に指を差す翼彦。
「これ? だって、さっき獅童くんから貰った物だし」
先ほど、夏祭りの屋台で、翼彦から貰った小さな金魚を水袋の外から覗き込む讃良。
「だったら、尚更帰らなきゃいけないだろ? そいつもここに置いて行ってしまったら、可哀想だろ?」
彼のその言葉を聞くと、讃良はようやく目を覚ました。先ほどまで、愛犬の元に行こうと考えていた彼女は、自分だけでなく、この金魚もまた、神隠しに巻き込まれている被害者である事を自覚した。
「うん」
彼女は小さく頷いた。
滅亡の長崎で唯一、取り残された二人と一匹の金魚、彼らはお互い現世に帰ることを誓う。
「あ〜あ、獅童くんのせいで、なっちゃんに会える機会を逃しちゃった。この落とし前は、元の世界に戻ってからだよ?」
讃良は両手を頭の後ろに回して背を向け、後ろ目で翼彦を見ながら呟く。
「落とし前って、何をだ?」
軽く首を傾げる翼彦に、讃良は小さく呟いた。
「もし、私たちが、無事に元の世界へ戻れたら、さっきの告白のこと……考えてあげてもいいよ?」
その時、彼女のその言葉に翼彦は、一瞬静止する。
「え? それって、つまりどういう……」
「それ以上、言わせようとしないで!」
顔を赤くした讃良は、素っ気ない態度を取る。
「さ、もう行こう!」
彼女はそのまま何事もなく足を進めた。
「お、おい七瀬……!」
翼彦はそんな態度を取る讃良に、慌てながらも後を追いかける。彼女をちゃんと元の世界へ帰すために。