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滅亡の長崎

 


 ――――――――――





 腐敗臭と炭の匂いが混じった風、一面に倒壊した数々の建物、炭化した樹木、バラバラに散らばる燃えかすの木材、辺り一面がゴミ捨て場のように広がる残骸の荒野。


 血のように赤色に照らされる夕焼けと腐ったような黄色の太陽が沈みかけるその長崎市に讃良はいた。



「う……ううう……!」



 一体、いつから気を失っていたのか分からないが、彼女はようやくここで目が覚める。


「ここは……?」


 辺りを見回すと、そこは讃良の知っていた長崎市ではなかった。



 爆風によって変形し、部品や機材などが散乱し、鉄骨の残骸と化した数々の三菱重工の工場跡、かつて勉強しに通っていた多くの児童が一瞬にして焼き尽くされ、全焼してしまった国民学校、無惨に内部全焼し、外壁だけが残る廃墟と化した病院と医科大学、キリスト教を象徴する浦上天守堂に立てられた、悲しみに満ち、哀れんでるような表情をする二つの聖女像。



 そして、周囲には、服のように全身の皮膚がただれ、焼け焦げ、ゾンビと化した多くの長崎市民がいた。



「な、何なのここ……!」


 讃良はその生まれて初めて見た世界に恐怖心を抱えた。




 そこはかつて、アメリカの搭乗機、ボックス・カーが原子爆弾、ファットマンを投下して滅ぼされた町である。


 本来、ウランを材料にしていた広島の原子爆弾、リトルボーイに対し、ファットマンはプルトニウムを材料にし、その威力は広島の1.5倍を予想していた。


 しかし、長崎市を囲こう山々が壁となって、その威力を多少は抑えて守られたが、それでも死者7万人以上を出し、地球上の歴史にその爪痕を刻んだ大量殺戮兵器の一つとして数えられた。



 そんな死の世界にいた讃良は辺りを見回すと、



「サララチャン、アーソボッ!」


「ひっ……!」


 気づけば、いつの間にか彼女の後ろに一人の少女が立っていた。


 少女の顔は不気味な能面で顔を隠しており、それを見た讃良はおぞましさのあまりに身震いする。


「あなたは誰? 一体何がしたいの!?」


 怯える讃良に対し、少女は明るい声で答える。



「カクレンボ!」



 ウキウキと笑う少女は讃良に指を差す。



「ワタシハ鬼、十カゾエルカラ隠レテネ」


「鬼ってあなた……」


「見ツカッタラ、ワタシトオ揃イニナロウネ」


 すると、少女は炭と化した木の電柱に頭をつけ、数をかぞえ始めた。



「イーチ、ニーイ」


「いや……!」


 お揃いになろうといった少女の両腕は黒焦げの肌が見えた。焼けただれてズレ落ちかける皮膚と焼き肉のような赤い肉汁が垂れ落ちるのが見え、讃良は恐怖に歪む。


「サーン、シーイ」


「いやぁ!!」


 彼女は遂にその場から逃げた。出来るだけ遠くに。決して見つからないところに。どこまでも遠くに。


 目の前には浦上川があり、彼女は川の向こう岸へ渡ろうと、水辺に近づいた途端、


「きゃあ!」


 川の水面から無数の焼けただれた手が、まるで林が生えるかのように現われる。



 太陽に等しい熱線を浴びて、体内の水分が一気に蒸発し、その渇きと熱さに苦しみ、水を求めて水死した人々の成れの果てである。



 また、そこあったのは人間の屍だけでなく、水の精霊、ミツチ達の変わり果てた屍が、魚の大量死みたいに汚染された水に浮かぶ。



「誰かぁ! 助けてぇ!」



 滅亡の長崎にいた讃良は助けを呼ぶが、ゾンビと化した長崎市民の耳には届かなかった。



 ここでは讃良の声は誰にも届かない。



 原爆の熱線と炎に焼かれ、大地と川は腐り、ゴミ溜めと化したかつての長崎に逃げ場などなかった。



 しかし、この地獄よりも恐ろしい世界を作ったのは、神でも閻魔でもなく、ましてや犠牲者達の怨念でもなく、かつての時代を生きた人間である。



 地球上にいる人類が、この世界を作ったも同然であった。





 モウ、イイカイ?





 もう既に十数えたあの不気味な少女の声が、讃良の耳に過ぎる。


「ま、まーだだよ!」


 そこで、彼女はそう言って、時間を稼いだ。


「そ、そうだ! このままずっと、まーだだよって言えば良いんだ! そうすれば襲っては来ない!」


 讃良は永久に時間を稼ぐ方法を取ろうと考えるが、




 アト、二回。




 その目論みは虚しくも破られてしまう。



「え? 今なんて……?」


 あと2回。不気味な少女は確かにそう言っていた。




 イーチ、ニーイ、



 だが、考えてる場合でもなかった。不気味な少女のまた一から数え始める声が、彼女の耳に過ぎる。


「に、逃げなきゃ!」


 讃良は一刻も早くその場から離れ、走り出した。



 やがて、彼女がやって来たのは、爆風によって崩壊した三菱兵器制作所の工場であった。


 当時、造船や兵器製造に関わっていたその工場は、魚雷の部品や機材が散乱し、変形した鉄骨が周りを覆っており、讃良はその残骸の建物にどこか隠れる場所はないかと期待しながら工場内へと入る。



 モウ、イイカイ?



 不気味な少女の声がまた耳に過ぎる。



「まーだだよ!」



 讃良はまたもそう言って、時間を稼ぐが、



 アト、一回。



 耳に過ぎるその少女の声に、讃良は絶句する。



 早く隠れなくては!そう思いながら、彼女は工場内で隠れそうな場所を探し始める。




 部品や機材が足場を悪くしてる中、下駄を履いていた彼女は非常に歩きにくかったが、それでも彼女はあの不気味な少女から逃れる為に、必死に見つかりそうにない隠れ場所を探し回るが、これがまた、なかなか見つからなかった。


 いくら鉄骨の残骸に覆われている兵器工場とはいえ、屋根や壁が爆風によって吹き飛ばされ、丸出しになっている状態であり、とても身晴らしが良い建物であったからである。



(どうしよう……!)



 讃良はその場で取り乱す中、宣告の声が容赦なく襲う。




 モウ、イイカイ?



 不気味な少女がそう言うと、讃良はもう少し時間が欲しいと言わんばかりに声を上げる。



「ま、まーだだよ!」



 だが……






 モウ、イイヨネ?





 不気味な少女はそう言うと、それ以降、数をかぞえる声はしなくなった。




「え?」



 讃良は訳も分からずにその場で呆然としてしまう。







 タッタッタッタッタ!






 だが、もう既に讃良には時間は与えられておらず、不気味な少女が走る足音が聞こえてくる。


「ヒッ!」


 讃良は呻き声を上げる。不気味な少女は既に自分を探しに来ている。


(どうしよう……どうしようどうしよう!!」


 讃良は頭を押さえながら、またも取り乱すと、すぐに目の前にある巨大な瓦礫を見てしまう!



(もう! ここしかない!)



 讃良はその瓦礫の下に入り、奥の方へと進んで身を隠した。



「サララチャン。ドコニイルノカナ?」 



 すると、まだ五分も経たない内に、不気味な少女が兵器工場にやって来た。



「コノ辺ニイルノハ、ナントナク感ジルンダ! 一緒ニオ揃イニナリマショ?」



 どうやら、不気味な少女は何か人を見つけられる不思議な力を持っていたようであった。



「ア! イイモノ見~ツケ!」



 すると、少女は工場内の散乱した機材の中から、あるものを見つける。それはこの時代に普及した自動式卓上電話機であった。



 少女は受話器を取ると、ダイヤルを指で回した。すると、




 ♪〜 ♪〜




 その時、讃良は絶句した。自分のスマホから突然、着信音が流れたことに。


(な、なんでこんな時に……!?)


 讃良はすぐさまスマホを取り出して着信を拒否しようとすると、そこには19450809という初めて見る電話番号が出ていた。



「サララチャン見〜ツケ!」



 その時、不気味な少女はその着信音がした瓦礫に目を向ける。



「っ……!?」



 讃良は絶句し、口に手を当て、声を漏らさないようにする。



「ソコニイルンダネ? ワタシト一緒ニオ揃イニナリマショ?」



 首を傾げながら近づくその少女に、絶望感を覚える讃良。もう見つかったも同然であった。



(やだ……やだやだ……!)



「大丈夫ダヨ。ワタシ達ミタイナノハ、ナカナカ死ネナイカラ」



 まるで思考を読まれたかのように少女は答えた。



「デモネ。死ヌッテ嬉シイ事ナンダヨ」



 不気味な少女は語り始める。



「怖イ飛行機ニ怯エル事モナイ。戦争ニ苦シム事モナイ。飢エニ苦シム事モナイ。熱ヤ炎ニ苦シム事モナイ。体ガ渇ク事モナイ。コノ世ノ生トイウ名ノ苦シミカラ全テガ解放サレルンダ」




 かつての時代を生きた人類が、地球上の構築と秩序を大きく歪ませてしまった暴走の一つ、第二次世界大戦。


 激動の時代を生きたこの幼き少女は、一体何を思っているのかは分からないが、生前の体験談を平和生まれの讃良に語った。




「讃良チャントワタシノ違ウトコロハネ。讃良チャンダケハ、ワタシヨリモ簡単ニ死ネル事ナンダ!」」



(いやよ……! 死にたくない! どうなってしまうか分からないもの……!)



 讃良が恐怖に怯える中、少女は優しく呟く。



「死ッテ、イツカ皆ニモ突然ヤッテ来ルモノデ、常日頃カラ私タチノ身近ニ潜ンデイルモノナンダ。タダ、ドウ死ヌカ、ドウ死ニキレナイカダケ。デモ、最期ハ必ズ守護霊ミタイニ、オ迎エニヤッテ来テクレルンダ。ワタシニモイツカ。ダカラ、全然怖クナイヨ」



 だが、まだ生存欲求を抱えていた讃良はその言葉を信じたくなく、何も答えないまま押し黙っていると、不気味な少女は残念そうに呟く。



「ソウ、残念。夏子チャンノトコロニ連レテッテ上ゲレルノニ」



(え……? なっちゃんが……?)



 その時、讃良はついその少女の言葉に耳を傾けてしまう。



「私ニハ分カルヨ。夏子チャン。長クハイラレナイケド、今モズット讃良チャンノ傍ニイルンダ。デモ、モウスグオ盆ガ終ワッチャウカラ、遠クヘ行ッチャウンダケドネ」



(なっちゃんが、遠くに……?)



 かつての愛犬が今も自分の傍にいる。だが、お盆が終わるとすぐに讃良から離れて、何処か遠くへ行ってしまう。


 その少女の言葉に讃良は嫌でも心が突き動かされてしまい、自らの生存欲求から愛犬に会いたいという欲求へと変わっていく。



「ワタシガ一緒ニ連レテッテアゲルヨ」



 不気味な少女は、目の前の瓦礫に手を差し伸べると、最後に告げる。







 ダカラ……モウ、イイカイ?









 宣言をするように告げるその言葉に、讃良は自らの心が折れかける。



 ――私、何を恐れる必要があるんだろう……?



 小学三年生の時から飼っていた愛犬の笑顔と、楽しかった思い出が走馬灯のように頭に過ぎる。そして……



「もういいよ……」



 遂に讃良は、愛犬の夏子に会いたいという思いに負け、不気味な少女の宣言を受け入れてしまう。



「もういいよ! もうこの際、私を見つけていいよ! そして、なっちゃんとずっと一緒にいられるのなら、遠くへだろうと、どこへでも連れて行って!」



 彼女は頭を押さえながら、まるで全てを諦めるかのように叫ぶ。


















「良い訳ねえだろ!」

















 その時、讃良の耳にとある男子生徒の声が過ぎる



「七瀬! 助けに来たぞ!」


 最初、讃良は幻聴ではないのかと疑ったが、やがて、その声は紛れもない人の声だという事を自覚する。


 同じクラスの男子生徒、獅童翼彦であった。



「その声は……獅童くん……!?」


「七瀬を先に見つけるのはこの俺だ! 連れて行くのはこの俺だ!」



 そして、その声は讃良が隠れている瓦礫の奥底にある地下から聞こえてくる。


 だが、死を受け入れようとしていた讃良はそれを拒絶する。



「もういいよ! もういいって獅童くん! 私を探さなくていいよ! このまま私は、なっちゃんの下に行くから!」


「そんなのクソ喰らえだ! 俺は絶対諦めねえぞ! 七瀬を見つけるまでは帰らねえからな!」



 瓦礫の下を必死で掻い潜る翼彦は、讃良の言葉に聞く耳を持たなかった。



「どうして!? どうして、わざわざ私を助けにきたの!? こんなめんどくさい女の為に!」



 讃良は、普段そんなに親しく接してるわけでもない男子が、わざわざこの恐ろしい世界にまで単身で来てくれた事に全く理解できず、彼に問い詰めると、本人は強く答える。















「好きだからに決まってるだろ!」




「え?」












 讃良は彼のその突然の告白に固まってしまう。





「七瀬! 俺はお前が犬の散歩をしているところを、初めて見たあの時から好きだ!」


「や、やめて……!」



 一刻も早く愛犬の下に行きたかった讃良はそれを拒絶しようするが、翼彦は尚も告白を連発する。



「お前が犬と一緒に遊んでいて、楽しそうにしてたあの笑顔がとても可愛くて好きだ! 犬の話ばかりして、写真を鬱陶しく見せつけて、自慢してきたあのしつこくウザかったところが好きだ! 犬の事ばかりしか見ず、俺なんか全然見てくれようとしないその性格が腹が立つほど好きだ! 俺が怪我をして陸上部を辞めざるを得なくなって落ち込んでいたあの時も、犬の話題で慰めるという下手くそな気遣いをしてきたが、その不器用で思いやりのあるところが、たまらないほど好きだ! 好きだ!! 全部大好きだ!!!」


「もうやめて……!」


 翼彦のその強い想いは、嫌でも讃良の心を突き動かしてしまう。



「お前の全てが好きすぎるんだよ! 毎日胸が苦しいぐらいに! 初恋だったんだ! だから、いなくなるなんて言わずに、俺の下に戻ってこいよ!!」



 彼の本気を込めた叫び声が、滅亡の長崎市に響く中、讃良の中にある暗くなった心が、なぜか嫌でも浄化させる。





「七瀬、みーつけ!」



「獅童君……」



 瓦礫の奥から現れた翼彦はようやく讃良の手を取り、二人はようやく再会する。




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