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惨劇の真実

 


 ――――――――――









 河原の近くにある自販機前で、獅童翼彦と佐野刑事と杉浦刑事、そして名も分からぬ老婆の四人が立っていた。



 時刻は9時を過ぎ、夏祭りに来た長崎の人々は次々と帰っていく。


 そんな中、佐野刑事はタバコに火をつけて、翼彦に事の事情を話し始める。



「もう十年以上も昔から、この長崎で原因不明の焼死体が毎年、発見されるんだ。犯人はおろか、手がかりも何一つ見つからないどころか、検死の結果は自然発火と来たもんだ」



 すると、杉浦刑事は犠牲者の顔写真を翼彦に見せて説明する。



「被害者は必ず夏祭りの後に発見されるけど、上は自然的な死亡事故という理由で捜査は打ち切られてしまって……」


「俺たち二人はそれに納得出来ず、これまで何度も上の目を盗んで許可なく捜査を続け、祭りの巡回を利用して犯人を探っていたのさ」



 どうやらこの刑事二人は、自分達の正義感で上の許可なく捜査をしてきたようである。



「そして、やっと犯人も見つけた。あの少女の皮を被った化け物だということをな」



「お前さん、化け物なんて事を言うんじゃないよ」



 その時、老婆が口を開くと、佐野刑事が眉をひそめる。



「どう見ても化け物だろ? それとも亡霊と言った方がいいのか?」


「あんたらのような若い世代に、人間を捨てかけたあたしらの気持ちなんて、何一つ分からやしないさ」



 お互い睨み合う二人の間に翼彦が割って入った。



「ちょっと待てよ! あんたら警察は犯人が幽霊だと分かっているのに、捕まえようとしてんのか?」



「おうよ。それが何か問題でも?」



 平然とした表情で翼彦を見る刑事二人。



「例え犯人が化け物だろうと、亡霊だろうと、事件を起こす相手なら、そんなの関係ねえ」


「自分達は事件が起きるなら、それを止めるまで。例え相手が捕まえる事が出来ない亡霊だとしても」


「それが仕事だからな」


 正義感と信念に溢れる二人の刑事のその面構えと覚悟は、翼彦の心にも伝わった。




「ところで婆さんよ。あんたは?」



 杉浦刑事が老婆に話しかける。




「井口リセ、神社の神主をしている」



 リセと名乗る老婆は神職を務める者であった。



「あんたの目的は?」



「……」



 刑事二人の質問に無言になるリセ。



「あんたには分かるのか? アレの正体が?」



 佐野刑事の質問にリセはどこか言いづらそうに答えた。




「あの子の名は斉藤ナミ……。昭和20年の長崎原爆でいなくなった子だよ……」



 その事実を聞いた三人は、先ほどの能面を被った少女が、原爆の犠牲となった亡霊だという事を知る。



「なるほどね。それで? あの原爆被害者の幽霊とあんたはどんな関係なんだ?」


「ナミちゃんはあたしの幼馴染みさ」


 杉浦刑事の質問にリセは答えると、全てを語り始めた。




「今でも思い出すよ。あの日の事を……」



 今や老婆の姿となってしまったリセは、過去の記憶を思い出す。




「あたしがまだ小さかったあの頃、学校の先生の戦争教育に嫌気がさして、こっそり授業を抜け出して、かくれんぼをしていた時の事さ」



 どこか悲しそうな目をするリセ。




「あの時、あたしはおふざけでズルして、後出しじゃんけんで勝つと、ナミちゃんはそんなあたしを許してわざわざ鬼になってくれたんだ。今思えばとても優しい子だったよ」




「そして、あたしは防空壕の中で隠れていたその時だよ」




「突如、外からか何か強い光が現れると、ものすごい衝撃が来て、あたしは防空壕の中で埋まってしまったのさ」




「このまま生き埋めになるのかと思ったら、たまたま近くを通りかかった兵隊さんがあたしを見つけて掘り起こしてくれたのさ」



 すると、リセは怯えるように肩を震わした。



「だが、地上に出てみれば、そこにあったのは正に閻魔様がいるかと思うような地獄だったよ」



 リセは過去のトラウマを思い出す。



「防空壕で炎から守られたあたしは助かったけど、ナミちゃんの行方は知れず、兵隊さんに探すのを頼んでも構ってはくれるような状況じゃなかったよ。あれ以降、ナミちゃんに会うことはなかった」



 リセは寂しそうな目をする。



「それから終戦が訪れた後、あたしはあの地獄と化した長崎を恐れ、故郷を捨てて逃げたのさ。その後、代々神主の血を引き継ぐあたしは、各地を転々としながら修行をして育ち、やがて、霊媒師としての力にも目覚め、戦争で死んでいった多くの霊を成仏させる日々を長年送っていたのさ」




「しかし、そんな時、すっかり年老いたあたしはかつての故郷に帰りたくなり、何十年ぶりにこの長崎に再び足を踏み入れると、たまたまナミちゃんの霊を見かけたのさ。まさか、あの優しかったナミちゃんが悪霊となって、人々を殺し続けてる事にあたしは驚いたよ」



 リセは怯えながら呟く。



「ナミちゃんの目的は、人々にかくれんぼを押しつけて遊び続け、そして最後は用済みとなったら殺すのさ」



「なんでまた?」



 杉浦刑事が怪訝な表情を浮かべると、リセは答えた。



「そこまでの理由は分からない。だけど、あの子の痛みと熱さの苦しみは、現代に生きる人々にも味合わせたいという思いを抱えている」




「そして今もあの子は、壮絶な苦しみを抱えながら、この長崎を彷徨っているのさ。かくれんぼの為にね」




 その時、リセは今にも泣きそうな声を出す。




「本当ならあの時、あたしが鬼になるべきだったんだよ! ズルして後出しなんてしなければ、こんな事にはならなかった!」



「だったら、今こそ霊媒師のあんたが、そのナミさんを止める為に祓うべきだろ!?」



 翼彦はリセに迫り、その肩を掴む。



「やめてくれ!」



 すると、リセは怯えながら翼彦を突き飛ばしてしまう。



「あたしはナミちゃんが怖いんだよ!」



 佐野刑事はリセのその動揺が尋常ではない事を察した。



「霊媒師のあんたでも、亡霊は怖いんだな」



「あんた達、何か勘違いしてないかい?」



 その時、リセの口からある言葉が出た。






「ナミちゃんは亡霊じゃないよ」




「「「は?」」」




 その場にいた三人の男達は静止する。




「亡霊じゃないだって? 亡霊じゃないならなんだ? 妖怪とでも言えば良いのか?」




 怪訝な表情を浮かべる杉浦刑事が問い詰めると、リセは答えた。






「あれはナミちゃんの生き霊だ」




 その瞬間、三人の男達は唖然とした。




「何を言ってんだ? 生き霊だって? 生き霊って、あの生きてる人間が霊に……」



「そうさ。だからあたしはナミちゃんが怖いんだ」



 翼彦の質問に淡々と答えるリセ。しかし、目の前にいる老婆には一つの矛盾点が生まれた。



「だって、ナミさんはもうとっくの昔に原爆で死んだはずじゃ……」


「あたしは死んだと言った覚えはないよ」



 リセのその言葉にその場にいた三人は絶句する。




「ま、まさか……!」



「冗談だろ……?」



「せ、戦後、七十年以上も経ってるんだぞ……? あれから……!」



 三人の男達のその表情は凍り付くが、リセはあっさりと真実を伝えた。










「そう、ナミちゃんは今もどこかで生きてる。原爆を受けた黒焦げの状態でね」








 その場にいた三人は底知れぬ恐怖を抱いた。




 まだいたのだ。




 戦後七十年以上も経ったこの現代に、原爆を受けて、今も尚、重傷を負って苦しんでいる人間が、まだこの長崎のどこかで生きていたのだ。




 誰にも見つけてもらえないまま。






 この場で衝撃を受けた三人にリセは告げる。




「この惨劇の夏祭りを止める方法はただ一つ、この長崎のどこかにいるナミちゃんを見つけることさ」




 それが、夏祭りの怪死事件を解決する方法であった。




 誰にも見つける事が出来ずに、置いてけぼりにされた黒焦げ少女を探す。それが戦時中、最後のかくれんぼの続きである。








「今のナミちゃんは、もう目の前にいる人間を殺すことしか頭にないよ。もし、見つけられたとしても、惨劇は止められるけど、同時にあんたらの誰かは、死ぬかもしれないね。それでも、あんたらはナミちゃんを探すのかい?」




 リセは未だに絶句して言葉を失っている三人に問う。





 その時、




「やるとも!」



 その中で、翼彦が勢いよく前に出た。




「死ぬかもしれないだって? だったら、七瀬はどうなるんだよ? あいつは今も死ぬかもしれないんだぞ!?」



 翼彦のその勇ましい姿に刑事二人は注目する。






「正直、滅茶苦茶怖いけど、七瀬を助ける為なら、俺は何だってやってやる!」



 翼彦のその振る舞いにリセは問い詰める。



「さっき、ナミちゃんは、あんたまで連れて行こうとしたんだよ? さっきは飛行機が飛んでいたおかげで命拾いしたけど、今度は原爆で死んだ人達と同じような殺され方をするかもしれないんだよ? その覚悟はあるのか?」



「あるとも! 七瀬がそんな風に死ぬくらいなら、俺が代わりに焼き殺されてやるよ!」



 翼彦のその覚悟に、側にいた刑事二人も頭を掻きながら前に出た。






「全く、こんな若い奴に一本取られるとはな」


「同感ですよ佐野さん」



 翼彦を見習いながら苦笑する刑事二人。




「俺たちの肝は据わったぜ。リセさん」



 三人の男はリセに自らの思いを伝えた。



「怖かったら、俺たちが守る。ナミさんを見つけるぞ!」



 リセは彼らを見て、押し黙ってしまう。よほど怖がってるのか、その身は震えている。




 しかし、




「分かったよ……」




 リセは小さく呟いた。




「あたしも、そろそろ体にガタが来てる。だけど、この世から旅立つ前に、最後にやっておきたい事があって、この長崎に戻ってきたわけさ。なかなか、決心がつかなかったけど」






 リセはこの場にいる三人に告げた。



「あたしの戦争とかくれんぼを終わらせる為にね」




 彼らはリセのその言葉を聞いて、ようやく思いが一つになる。




「いくぞ、リセさん」




 佐野刑事はパトカーの鍵を持ち、杉浦刑事はリセと翼彦を駐車場まで案内する。






「その前にちょっと待った」




 しかしその時、リセは一旦立ち止まった。




「そこのお若いの」




 リセは突如、翼彦に指差した。




「あんたには、別の人を探してもらう」



「俺に……?」



 翼彦は疑問な表情を浮かべながら首を傾げる。






「あんた、あの娘の彼氏なんだろ?」



 すると、翼彦は途端に顔を真っ赤にする。



「ばっ……! か、彼氏じゃねえよ!」



 彼は全力で否定するが、リセはそんなのお構いなしに淡々と話しを続ける。



「まあ、それはさておき、あんたにはもっと、ふさわしい役目がある」



 すると、リセはバッグから、なにやら奇妙な麻袋を手に取り、その中から黒いものを取り出した。



「それは?」



 翼彦は物珍しそうな目でそれを見る。



「ナミちゃんの指さ」



 その瞬間、三人の表情がまたも凍り付く。



「なんでそんなものを……!」



 リセは原爆の熱線で炭化した人間の指を、手のひらに乗せながら語った。



「原爆が落ちたあの日、ナミちゃんを探したあたしが、唯一手がかりを見つけたのが、これだけだったのさ」



 リセはその指を翼彦に見せた。



「これを使って、ナミちゃんが彼女を連れて行った場所へ繋げて、あんたを送ってあげる」


「そ、そんな事が出来るのか……!?」


 翼彦はリセのその言葉に驚愕した。



「長くはいられないよ。もって、五分ってところさ」



 つまり、タイムリミットが限られているという事であった。



「あんたの彼女はナミちゃんに連れて行かれたが、運が良ければ、まだ生きてるかもしれない」


 その言葉に翼彦は一つの希望を抱き始めた。



「良いか? ナミちゃんはかくれんぼをしている。鬼がナミちゃんさ。あんたの彼女が鬼に見つかるよりも先に、あんたが見つけ、彼女を連れて帰るんだ」


「俺が七瀬を……?」



 翼彦は一瞬戸惑うが、すぐに自らの胸に手を当てて、覚悟を決めた。



「願ってもない事だ! やってくれリセさん!」



 翼彦は讃良救出の為に、リセのその提案に乗った。




 その様子を後ろで眺める佐野刑事は、浮かない顔をしながらポケットからタバコとライターを取り出す。



「どうしたんです? 佐野さん?」



 隣にいた杉浦刑事は佐野刑事のその浮かない表情を見て、問いかける。



「ふと、忘れてたんだけど、今日、8月15日のお盆で夏祭りだったな」


「それが何か?」



 タバコを咥えて火をつけた佐野刑事は、フゥーと煙を吐き出して答えた。





「今日、終戦記念日だった」



「皮肉ですね……」



 その言葉を聞いた杉浦刑事は、どこか寂しそうに小さく呟く。








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